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いつまでも君とともに

作者: 優雨月

むかしむかしあるところ

3人の少年少女がいました。


明るく、冒険が好きな田舎育ちの少年、リック。

茶色い髪にくりっとしたブルーの瞳は好奇心に満ち溢れていて、よくイタズラをしては街の人に追いかけられています。人々はそれでも好意的で、彼はそういった魅力を持ち合わせていました。


内気だけど、努力家で真面目な商家の少年、アレックス。

黒い髪に、茶色い瞳はここら辺の国には珍しく、からかわれる事もありますが、友人以外に何を言われても気にしない、強い心の持ち主でした。


優しく、愛情深く、とても世話焼きな漁師の家の少女、ケイト。

赤毛の長い髪をひとつに縛り、近所の小さな子供たちを相手にしている姿は、母親そのもの。近所では小さなお母さんと呼ばれいました。そんなケイトは3人でいる時だけは、子供らしく、甘えたり、わがままを言ったりする事が出来る、可愛らしい少女でした。


3人はそれぞれ全く違う性格でしたが、とても仲良く、いつも一緒に遊んでいました。

みんなを知らない冒険の旅へと連れ出していくリーダーであり最年長のリック。

冒険の旅にさらなるスリル加えてくるが、しっかりサポートもする、ケイト。

色々な事を考え、どんな事も乗り越えてる、3人のブレイン、アレックス。

ときにケイトが無茶な願いをして、2人がそれを叶えてあげる為に奮闘する事も、1つの遊び。

毎日が新鮮で満ち足りていました。

互いに信頼し、深い絆で結ばれている3人の世界はとても輝いていたのです。




やがて、少年達は青年に、少女は娘となりました。

それでも3人は仲が良く、こっそりと街の外に出て、丘の上で待ち合わせては、お昼を一緒に食べたり、おしゃべりを楽しんだり、ケイトの歌を静かに聴いてみたりと、少年時代とは少々異なりますが、穏やかで、それはそれは幸せな日々でした。



そんなある日、リックとアレックスがケイトに結婚を申し込んだのです。

2人は以前からケイトの事を愛していました。

しかし、リックとアレックス同士もまた、深く想い合っていました。

例え、友人から恋人や夫婦に変わろうと、3人の関係は変わりません。

かけがえのない相手だからこそ、抜け駆けなどせず、ケイトにこれからの事を託したのです。


リックとアレックスの突然の求婚にケイトは困惑しました。

今までと同じように3人では駄目なのか、どちらかを選ばなければいけないのか…

ケイトは選ぶ事が出来ませんでした。

兄のように慕い、いつもイタズラされては怒り、一緒に笑いあったリック。

端正な顔立ちに似合わず、ケイトには様々な表情を見せくれるアレックス。

2人共、大好きで、もう家族同然なのです。

三日三晩悩んだ末に、ケイトは条件を出しました。


「海で一番、綺麗な物を私に持ってきて。

但し、自分で取りに行く事。

より綺麗な物を持って来た方が勝ちよ!」


ケイトは2人との懐かしい思い出の遊びを条件にしました。

この勝負はいつも決着がついた事が有りません。

リックは、自分の身体を武器に駆け回り、沢山の人々を頼りに自分の一番を見つけてきました。

アレックスは、自分の知識を武器に素早く物事を調べては、誰もが納得する答えを導き出してくるのです。


2人の選んでくる物はいつも見事で、ケイトは驚いてばかりでした。そして、リックとアレックス、彼らの選択に間違いは無いのです。

つまり、今回も決着はつかない事でしょう。

ケイトは、この勝負のついでに2人の冒険話が聞ければと考えてもいたのです。

まだまだ、3人仲良く過ごしていたいと娘は思いました。


リックとアレックスはそれぞれ悩みました。

決着のつかない勝負。それはある意味2人とは結婚したくないという返事にも思えたのです。

しかし、リックとアレックスはそれぞれ真剣に勝負をしようと決めました。

2人はケイトの驚く姿が好きなのです。

驚いて、感心して、最後にはくしゃくしゃな笑顔を見せる彼女が愛しくて堪らないのでした。


リックとアレックスが海へ向かう日、ケイトは船出を祝う歌を歌いました。無事と早い帰りを願って。


こうして船出を見送ったケイトは、リックとアレックスが戻るまで、毎夜毎夜、浜辺へ行き、祈りの歌を捧げました。



1週間が過ぎ、2週間が過ぎ…

ひと月が経ったある日、ケイトにある報せが届いたのです。



リックが航海の途中で海へ落ち、行方不明になったと…


ケイトは頑なに信じようとはしませんでした。

自分がどんな願いを言っても、傷だらけになっても笑いながら叶えてくれたリック。

イタズラ好きが、また遊んでいる、からかっているのだと。


報せを聞いた次の晩もその次の晩も、ケイトは浜辺で歌い続けました。

その声は夜毎に叫びへと変わっていきます。

とうとうケイトは泣きながら歌うようになりました。



その数日後、アレックスが帰ってきました。

しかし、ケイトは会おうとしません。


「リックが!彼がいないと!

リックとアレックスと…3人であの丘で…」


ケイトには、3人でなければいけなかったのです。

あの幸せな日々を思い出し、毎日自分の行いを悔いていました。

そして、アレックスに好かれる資格は自分には無いと、遠ざけていきました。


アレックスが戻ってからも、毎夜浜辺へ向かい、涙を流しながら海を見つめて歌うケイト。

その姿を遠くから見守るアレックスの手には綺麗な真珠のピアスと首飾りが握られていました。


「ケイト、君はいつだって“リックとアレックス”と呼ぶんだ。

最初から、わかっていたはずだけど…」


ケイトとアレックスの距離が近づく事はありませんでした。




アレックスが戻ってから、数週間が経ったある日の晩。

ケイトは歌に合わせて揺れている影を見つけました。

それは遠く沖の方でゆらゆらと、ケイトの歌が終わるまでずっと揺れていました。


次の日の晩、ケイトが歌い出すと、また影がゆらゆらと揺れています。

昨日より近づいてきているそれは、月明かりに照らされながらも正体が掴めませんでした。


また次の日の晩、ケイトの歌に合わせて、影は大きく泳ぎます。

影が大きくぱしゃんと水面を揺らします。

ケイトは、はっとしました。

リックの姿を、彼を見た気がしたのです。

会いたいと想う気持ちが見せた幻覚かもしれません。

夜の海は暗くてはっきりとは見えていないはずなのですから。その一瞬の出来事をケイトは信じる事が出来ませんでした。

この晩、影はもう姿を現しませんでした。


また次の日の晩、ケイトが歌い始めると同じく歌う声が聞こえてきました。

ケイトは少しだけ歌うとその場に泣き崩れました。

リックが、彼が帰ってきたのです。

彼の歌う声を聞き間違えるはずがありません。

ケイトは声が聞こえる方へ駆け出しました。

海に飛び込み岩場を目指します。


すると、アレックスが駆け出てきました。

毎晩心配でケイトを側で見ていたのです。

着の身着のまま海に飛び込んで行くケイトを見て、慌てて押さえ込み、岸へと戻しました。


「彼が!リックが帰ってきたのよ!会わせて!」


歌が途切れた事に焦りケイトは暴れました。

ケイトの気迫に驚きながらも、アレックスは泣きそうな顔でケイトに言います。


「あれはリックではないよ…よく見て…」


岩場から覗く彼は月明かりに照らされて、姿をようやく確認出来る程度でした。

それでも、以前のはつらつとした表情はなく、肌にも生気が感じらないことがわかります。

間違いなく、正真正銘、彼の声、彼の顔なのです。

ケイトは涙が止まりませんでした。

海に沈んでいるリックの顔をしたそれの足は、間違いなく尾ヒレだったからです。

リックは海で死んでしまったのです。

もう…戻る事は無いのです。


ケイトはアレックスに縋りつき、大きな声で泣きました。

リックの顔をしたそれはケイトの泣く姿をじっと見つめていました。


ケイトはアレックスに連れられ、家に戻りました。

泣き疲れて眠り、朝が来た時、ケイトは声を失っていました。

ケイトは、毎夜、歌いに行く事も無くなりました。

涙は枯れはて、かつては生き生きとした赤毛は日に日に艶を無くし、痩せこけていきます。


ケイトは家に閉じこもり、またアレックスを遠ざけました。

安らかに死を迎え入れているようで、アレックスは遠くから見守る事も限界を感じました。

しかし、家に入れてもらえません。

ケイトの為に出来る事をしなくては…


アレックスは、ありとあらゆる著書を読み調べました。

リックの顔をしたあれ、人魚について結論を出す為に。


調べてみるとなかなか詳しいものはなく、童話や絵本にある程度でした。

しかし、共通して言えることがありました。


海で死んだ人の姿を象るという事。

生きた人間を惑わすという事。

人間を海へ引き摺り込むという事。


リックの顔をしたそれは、リックの声で歌を歌ってみせた。ケイトは誘われるように海へと飛び込んだのだ。


つまり、あれは邪悪な化け物だと。

アレックスは残された友人であり、最愛のケイトを奪われるところだったのだ。

あれは…処分しなければならない。

アレックスは覚悟を決めたのでした。



ケイトが寝ていると、街中が落ちつかない雰囲気で騒がしい事に気が付き目を覚ましました。

夜も更けて、普段なら人など出歩かない時間、なんだか嫌な予感がします。

何か、遠くから叫んでいる声が聞こえてきました。

それはゆっくりとこちらへと向かっているようでした。


家の前まで、その声がやってきた時、ようやく誰かわかりました。アレックスの声です。

松明が掲げられて、窓の外が明るくなります。

赤く揺らめく光は、ケイトを不安にさせていきます。

普段は物静かなアレックスが、大きな声で叫びました。


「あの恐ろしい化け物は捕まえた!

君を奪う奴はもう居ない!

ケイト!君は自由になったんだ!」


ケイトはアレックスの言葉を声にならない声で反芻した。

身体中の血の気が引く。

彼が捕まってしまったのだ。

ゆらゆらとケイトを励ますように遠くを泳いでいた彼が。


リックではないと言われても、ケイトは居ても立っても居られない気持ちになった。

動き辛くなった身体を引き摺り、家を出る。

アレックスは化け物の姿を一目見れば、ケイトが現実を見つめなおしてくれると信じていた。

ケイトを支えながら、アレックスは騒ぎの中心へ向かう。

動き出したケイトを見ては、自分が正しいとますます確信した。

街の広場までくると、人混みを掻き分けてそこを目指す。

夜はだんだんと明けようとしていた。

ようやくたどり着いたケイトは膝をついてその場に座り込んだ。


陸で見るそれは、海で出会った時よりもより生々しく、人ではないその姿をケイトの瞳に映し出す。

逆さまに吊られ、手枷をつけられた姿は魚でも人間でもない。

化け物とは相応しい言い方にも見える。


それでもケイトは気づいてしまったのだ。

彼がケイトを見つけた時、今まで無表情の顔が少しだけ動いたのだ。ケイトはリックの優しい笑い方だと思った。


そして彼は静かに歌い始めた。

吊されてから今まで、死んだように反応がなかったのに…

街の人々のざわめきが一瞬にして静まり返る。


「呪いだ!災いを呼ぶぞ!」

誰かが声を上げました。

すると、人々は叫び、耳を塞ぎながら急いで逃げて行きました。


広場に取り残されたのは彼とケイト、そしてアレックスでした。

ケイトは穏やかに微笑みながら、彼に触れました。

肌は冷たく、血の気はありません。

でも何故か暖かいのです。


ケイトは優しく彼の頬にキスを贈りました。

驚いたのか彼の歌が途切れました。


広場が朝日に照らされます。

すると彼に変化が訪れました。

淡い光に包まれたかと思うと、尾ヒレが泡になって、みるみるうちに溶けていきました。

鎖からするりと抜け落ちてきたのはリックでした。


リックはケイトのもとへ帰ってきたのです。

手枷が着いたままの手をケイトは慈しむように握ります。

…おかえりなさい…

呟きは誰の耳にも届きません。

ケイトはリックの手の中にあるものに気付きました。

握られた手には珊瑚の指輪とピアスが…。

彼女は指輪を手に取り、空にかざします。

…世界で一番綺麗だわ…

声にならない声でそう呟きました。

そっと左手の薬指に指輪はめます。

やせ細ってしまったケイトの指には大きく感じます。

ケイトは、リックの左手の薬指にも指輪をはめました。

そして、彼の手をしっかりと握りしめ、振り返りました。


ケイトはアレックスに手を伸ばします。

1人佇んでいたアレックスはどうすれば良いのかわかりませんでした。

ケイトはリックにも見せた穏やかな微笑みを浮かべ、リックの隣に横たわると静かに、動かなくなりました。


残されたアレックスは、動くことも、話すことも出来ませんでした。

化け物は、人魚は間違いなく、あのリックだったのです。

リックが歌っていたのはケイトが歌っていた浜辺の祈りの歌ではありませんでした。

今は遠く思える、幸せな日々…

丘でケイトが歌っていた、あの時の歌でした。

それは、3人の絆の歌でいつまで一緒にと互いが互いに想いあっていた証でした。


リックの変わり果てた姿に惑わされ、ケイトの変わりゆく心を繋ぎ止めたくて、気づけたはずの事に気付く事がアレックスは出来ませんでした。

自分を恥じ、後悔し、冷たくなっていくケイトと、冷たいリックを抱きしめました。


声を殺してアレックスは泣き出しました。

そして、動かなくなった友人達を浜辺へ連れて行き、小舟に乗せます。

ケイトが伸ばしていた手を開いてみると、珊瑚のピアスが。

アレックスはいつでも渡せるようにと持っていた、真珠のピアスをケイトの右耳、リックの左耳につけました。

本当は、2人を祝いたかったのです。


そして、人知れず、3人は海の底へと沈んでいきました。




何百年もたった今、この街の浜辺では端正な顔立ちの黒髪の男の人魚が度々見られるといいます。

真珠のネックレス、珊瑚のピアスを身につけて、美しい歌声を響かせていると…


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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