表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三十と一夜の短篇

うちのお店、メニューはございませんの。(三十と一夜の短篇第22回)

作者: ひなた




 一枚の紙が、私の手に舞い込んできた。


『強風レストラン、是非、いらしてくださいませ。』


 何かと思って見てみれば、そうとだけ書かれていた。

 薄気味悪い女の絵と、店の場所が示されているであろう地図。


 いたってシンプルな広告だ。


「変わった名前だな……。」


 昼時で腹が減っていたのもあって、なんでだか、行ってみようなどと思ってしまった。



 この街に住んで長いけれど、そんな店があるとは聞いたこともないので、噂になるほどのものでもないのか、それとも新しい店なのか。


 地図を見ながら探すけれど、そう見つからない。

 そうそう見つからなかった。


 見つからないと思うほどに、見つけたいという気持ちが大きくなるのだから、不思議なものである。

 偶然。なのだから、執着するところなど少しだってない。


 そのはずだが、せっかくここまで来たのだから、という気持ちが強いのかもしれない。


「こんにちは。今日、お店やっていますか?」


 漸くそれらしき店を発見したのだが、客が入っている様子はない。


「いらっしゃいませ。ふふっ、久しぶりのお客様で、あたくしとっても嬉しいですわ。」


 笑顔の女性が受け入れてくれる。

 広告に映っていた、薄気味悪い女とは別人なようだ。


 いきなり、あれに出迎えられては、気味が悪くて逃げてしまいそうだ。


 なんだって店の顔となる広告にあれを採用したんだか。


「メニューをもらえるかい?」


 席に座ればお冷は持って来てもらえるけれど、どこを見たってメニューらしきものは見つからないし、レストランと書かれている以上、決まった料理があるというわけともわからない。


 尋ねてみたらば、意味深な笑みを浮かべられる。


「ごめんなさい。うちのお店、メニューはございませんの。運次第といったところですけれど、今日は……運がいいみたいですわ。」


「それじゃあ、何がもらえるんだい? メニューがなくっちゃわからないじゃないか。」


 私の言葉にも、変わらない意味深な笑みで、そのまま女性は厨房に消えていってしまう。

 はて、どういうわけなのだろう。


 ほかに客もいないのだし、どうしたものかと悩む。


 周りを見る。見回してみる。

 けれど、だれもいなかった……。


 だれもいないのはわかっていたことだし、いたはずの人が消えたわけでもないのだから、不思議がるところなど少しだってない。

 それなのに、不気味に思えてならない。


 どこを見たって、どこを見たって、だれもいなかった。


 名前も知らないというのは、あまり魅力的な店ではないのだと、やはりそういうわけなのだろうか。


「強、中、弱、どれになさいますのかしら?」


 オシャレなグラスに少量注がれた、実に美味しそうな赤ワインを運んでくれて、女性はそのようなことを言う。


「どういうわけだかわからないよ。それが何だか説明もせずに、何を選べというのだか。」


「強、中、弱、どれになさいますのかしら?」


 質問の意味が伝わっていないのか、それとも聞こえてもいないのか、同じことを繰り返される。

 何の強弱を聞いているのだろう。


 酒の度数ということだろうか……?


 そう考えたけれど、運ばれてから変えるなどできるものだろうか。

 けれど赤ワインしか情報がないわけだしな。


「それじゃあ、強をもらえるかな?」


 わからないが、酒には強い方だから、強でいいだろう。


 それに、何にしたって、強さというのは強い方がいいに決まっている。

 短絡的なそういった考えで私はわけもわからず頼んでしまった。


「ふふっ、ふふふふっ、今日がオススメですの。今日は、いいえ、今日も強がオススメですのよ。さすがはお客様、わかっていらっしゃいますわね。ようこそ、強風レストランへ。」


 女性の笑顔が歪んでいく。

 見る見る、歪んでいく。


 歪み、崩れ、壊れていく。その中に響く笑い声。


 広告に映っていた薄気味悪い、あの不気味な女は、彼女と同一人物であったというわけだろうか。



 笑い声に、交ざり込む強い風。

 吸い込まれていって、私は漸く、メニューがないのだと、運次第なのだという意味を理解した。


 理解すると同時に、消えたのは私。



「ごちそうさまでした、っと。ありがとうございました、お客様。是非、お友達も連れて、いらしてくださいませね。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  変だと感じながらも、最後までどうなるのと座っている主人公が寓話めいて面白かったです。
[気になる点] お店の女主人の最後の台詞…… 主人公は、もはやお友だちを連れて来ることはできないと思うのですよ。 そこが、『人間』とは違う常識の持ち主らしいところなのかも知れませんが。 [一言] 連…
[一言] わたしも「注文の多い料理店」を思い浮かべました。 だんだん不気味な態になっていく描写が良かったです。途中から、逃げて、今すぐ逃げて。と告げたくなりました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ