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魔法使いのパシリ  作者: めらめら
第2章 けだものフレンズ
6/11

月の夜のケモノ

「ナナオ。今日の予定を変更じゃ。修行は休みにしてトロールの村に行くぞ」

「トロールの村……ですか?」

 朝食に用意したトーストとスクランブルエッグを綺麗に食べ終えたお師匠さまが、いきなりわたしにそう言いました。

 わたしは首をかしげます。


 森の西、トロールの村には、先週お祭り用の花火と傷薬を届けたばかりです。

 来月までは、もう大きな用事はないはずなのに。


「うむ。この前トロールたちから聞いた話で、少し気になる事があってな。ちょっと確かめたいことがあるんじゃ」 

 食後の紅茶を飲みながら、お師匠さまがしきりに鼻先を爪でこすっています。

 何か考えごとをしている時の、この人のクセなのです。


「わかりましたお師匠さま。風の精(シルフ)たちに手伝ってもらいますか?」

 テーブルの上のお皿を重ね合わせてキッチンに運びながら、わたしはお師匠さまにそう訊きます。


 トロールの村へは歩けば5時間はかかります。

 わたしの飛翔魔法(フライア)ではそんなに長く飛べないし、お師匠さまに助けてもらわないと。


「いや、ナナオ。今日は暖かくて日よりもいい。『馬車』を使おう」

 お師匠さまが、窓の外を眺めながらそう言います。


 5月の朝でした。

 窓の外では森を渡る風が、若草色の樹の葉をざあざあと揺らしています。

 日差しも穏やかで、イイ感じです。


「『馬車』……ですか。わかりました……」

 わたしはお師匠さまの声をきいて、ちょっと顔がこわばります。

 飛翔魔法(フライア)なんかより、よっぽど緊張してきました。

 キッチンで洗い物を済ませると、わたしは目の前にぶらさがっている銀色のオタマを手に取りました。


  #


「はー。今日は上手くやるぞ。やさしーく。やさしーく」

 朝食のあと片付けを終わらせると、わたしはお師匠さまといっしょにお屋敷の馬車小屋にやってきました。

 『ルーナマリカの香水』を右手のアタマに1吹きして、目の前に大きな馬の銅像にかまえます。


自動人形(オートマタ)!」

 わたしはそう唱えて、オタマの先でコツンと人形をつつきました。

 ギギギギギ……

 馬の銅像が、きしんだ音をあげました。


「ブルルルル……」

 そして、ゆっくり首を振り歩き始めます。。


「ふむ。だいぶ上達したなナナオ。前にやらせた時はとんだ暴れ馬でホネを折ったからな」

「えへへへ……」

 お師匠さまが手綱を取りながら、ギロリとわたしを睨みます。

 わたしはホッと胸をなでおろしました。


 自動人形(オートマタ)の魔法はかけた人のメンタルや力かげんで人形の性格が変わってしまう、微妙で難しい魔法なのです。


「よし。行くぞナナオ、出発じゃ」

「はい。お師匠さま!」

 お師匠さまが小さな馬車に乗りこんで、馬の手綱を引きます。

 わたしも続けて乗り込みます。


 パカパカパカ……

 馬車が小屋を出て、お屋敷の門にむかって進み始めました。

 

 森からながれて来る緑の匂いのする風が、わたしの頬をサラサラ撫でていきます。

 おだやかで、気持ちのいい初夏の朝です。


  #


「それで、その後はどうじゃね。やっぱり出た(・・)かね?」

「はい、アンカラゴン先生。あいかわらずでさあ……」

 森を抜けてトロールの村に着いたのは、ちょうどお昼を回った頃でした。

 空にのぼったお日様が、緑の農場にサンサンと降り注いでいます。


 村の農場で、お師匠さまとトロールのザックさんが、何かを話し込んでいます。

 馬車の上で昼食に用意してきたサンドイッチをかじりながら、わたしは2人のお話に耳をかたむけていました。


「もう4度目でさあ。毎月毎月、満月の近くになると必ず出て来る。明かりも炎もまるで怖がらない。どんなに厳重に鍵をかけても、いつも食い破られちまう。農場のニワトリが粗方(あらかた)やられちまった。まったく困ったもんでさあ」

「ふうむ。明かりも炎もダメか……」

 まるで岩山みたいな身体を揺らして、ザックさんが困った顔。

 お師匠さまも、しきりに鼻先を爪でこすっています。

 2人はどうやら、農場に入りこんでくるキツネの話をしているみたいでした。


「アッシらだけで何とかしたいんですがね。なにせ体がこんなでしょう? 夜になるとまるでダメなんでさあ。お願いしますよ先生……」

 ザックさんが、ゴツゴツした石みたいな両手をながめて、ため息をついています。

 トロールのみんなは、夜になって月の光に照らされると、本物の石みたいに固まって深い眠りに落ちてしまうのです。

 夜の見張りは出来ません。


「わかったわかったザックくん。わしらで何とか考えてみよう。ナナオ、荷台から材料の一式を取ってこい。あそこの小屋を借りて今夜は夜なべじゃ」

「はーい。お師匠さま」

 お師匠さまの言いつけに、わたしは元気よく返事をして荷台のトランクを馬車から下ろしました。

 周りの村のみんなから頼られて、いつもバタバタしているお師匠さま。

 でもそういう時のお師匠さまは、なんだかとてもカッコイイのです。


  #


「あー。広い。遠い。足がいたい。つーかーれーたー」

 山々の向こうに、日が沈みかけてきました。

 わたしは1人でブツブツ言いながら、トロールの農場を歩き回っていました。

 夕方までかけてお師匠さまが作った、小さな花火の玉を農場の周りにまくのがわたしの仕事でした。


  #


「いいかナナオ。これはシラセ花火と言ってな、夜になって、獣の体に吸い付くと、音と光でその場所を教えてくれる道具じゃ。なるべくたくさん、農場のまわりにコイツを撒いてこい!」

「こんなにたくさん……ですか?」

 夕方、バケツ一杯たまった花火の玉を手渡して、お師匠さまはわたしにそう言いつけました。

 わたしは体がかたまります。


「うむ。そうじゃ」

風の精(シルフ)たちに手伝ってもらっても?」

「だめじゃ。この花火は不安定で、精霊たちの体に触れるとその場でハジけてしまうんじゃ。お前が歩いて撒いてこい」

 お師匠さまが、厳しい顔で首を振ります。

 

「わ、わかりましたですぅ……」

 わたしは渋々うなずきます。

 こういう時、肉体労働はわたしの担当なのです。


「でもお師匠さま。タダのキツネなんかにどうしてこれだけ? 罠かなにか使えば一発なんじゃないですか?」

「ふむ。タダのキツネならいいんじゃが。どうにも気になるのじゃ。満月の近く、満月、月……」

 お師匠さまは再び首を振って、ブツブツなにかをつぶやいていました。


  #


「よし。これだけまけば、もういいでしょう。さー帰ろ」

 農場を歩き回って、どうにかバケツ一杯を空にしたわたしは、お師匠さまのいる小屋に向かって歩いていました。

 気が付けば、あたりはすっかり暗くなっています。

 お師匠さまの小屋から、ずいぶん遠くまで離れてしまいました。

 黒い空にのぼった満月の銀色の光だけが、いまのわたしの道しるべでした。


 その時でした。


 パーン……


 農場の向こうで、何かがハジける、カン高い音がしました。


「キツネ……もう引っかかった……!?」

 わたしは音の方を向きます。

 夜の空に、色とりどりの虹色の火花が上がっています。

 獣の体に花火が触れたシルシでした。


 パーン……パーン……パーン……


 カン高い音が続いて、農場に次々花火が上がっていきます。

 

「農場を……まっすぐ進んでいる!」

 わたしは胸がドキドキしてきました。

 このまま花火の方角を追いかけた方がいいのでしょうか。


 でも。


 ――タダのキツネならいいんじゃが……


 お師匠さまの言葉が気にかかります。


「大丈夫、大丈夫、タダのキツネに決まってるよ!」

 わたしは首を振って、自分にそう言い聞かせました。

 それに、今の花火はお師匠さまの目にも届いているはずです。

 危険なんて、あるはずありません。


 はやくこのトラブルを解決して、ザックさんや村のみんなを安心させてあげないと。

 お師匠さまにも認めてもらえるかも知れないし。


飛翔(フライア)!」

 わたしは銀色のオタマを振って、そう唱えました。

 ビュウウウウウ……。

 風の精(シルフ)たちの巻き上げた風に乗って、わたしの体が夜空に舞い上がりました。


 わたしはまっすぐ、つぎつぎ上がっていく花火のあとを追いました。


「あそこだ!」

 花火が止まりました。

 わたしは目をこらします。

 農場のニワトリ小屋の周りを、煙に包まれた黒い影がウロウロしているのが見えました。


「降ろして!」

 わたしは風の精(シルフ)たちにお願いしました。


 そして……


  #


「これは……!?」

 ニワトリ小屋の前に降り立ったわたしの体が、一瞬でこわばりました。


「グルルルル……」

 何かのうなる声がしました。

 ニワトリ小屋をウロついていた影が、ゆっくりわたしの方を向きました。


 それはキツネなんかじゃありませんでした。

 もっと大きく、もっと恐ろしいモノでした。

 耳まで裂けた口に、小屋の鍵がかじり取られていました。

 花火の煙を上げた銀色の毛皮が、月の光を反射して白く輝いていました。


 わたしの前にいたのは、1匹の大きな、銀色のオオカミでした。



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