表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いのパシリ  作者: めらめら
第1章 キミのための魔法
4/11

キミのための魔法

忘却(アムネジア)!」


 お師匠さまは、この世界に魔法をかけました。

 今ではもう、お父さんも、お母さんも、この街の誰もわたしのことを覚えていません。

 わたしが「一人前」になって、この世界に戻ってくるまで、世界はわたしのことを忘れてしまったのです。


 いえ、2人だけ。

 わたしが忘れて欲しくないと願った人を除いては。


 1人は学校に行けなくなったわたしを心配して、親身に話を聞いてくれた、わたしの叔父さん。

 

 そしてもう1人はあの子(・・・)……時城コータくん。


転界(トゥエンヤ)!」

 お師匠さまが杖を振り、神池に光が満ちてゆきます。


 こうしてわたしは、お師匠さまと一緒に深幻想界(シンイマジア)に渡りました。

 クルルの森の奥にある、お師匠さまの屋敷に住み込んで、魔法の修行を始めたのです。


  #


「エナさん。いけない!」

 わたしは、コータくんとエナさんのところまで駆けよります。

 頭から流れ出す血が止まりません。

 学生服が、ベッタリ赤い血で濡れていきます。


「コータくん。エナさんはわたしが見てる。表通りまで走って、誰か呼んできて!」

「え、でも……」

「いいから、早く!」

「……わかった。ナっちゃん」

 わたしの声に気圧されるように、コータくんがその場から立ち上がりました。

 エナさんの体は、わたしが支えます。

 コータくんが何度もこちらを振り返りながら、表通りまで駆けていきます。

 コータくんの姿が見えなくなると、わたしはエナさんの頭に自分の手を添えました。


治癒(ヒーリア)!」

 わたしはそう唱えます。

 シュウウウ。

 エナさんの体が、水色の穏やかな光に包まれます。

 流れ止まなかった血が止まりました。

 なんとか傷は塞がったみたいです。


 コータくんには、いったんこの場を離れてもらう必要がありました。

 この世界の人間に見られてしまうと、半人前のわたしの魔法は大きく効果をそがれてしまうからです。


「うう……」

 エナさんが、苦しげな声を上げました。

 息がある。

 よかったあ。

 わたしはホッと息をつきます。


 でもまだ安心できない。

 治癒(ヒーリア)の魔法は、わたしのレベルでは傷を塞いで血を止めることは出来ます。

 でも体の内側に負ったダメージまでは、癒すことができないのです。

 病院に運んで、検査してもらわなければ。


感覚拡大(センシア)!」

 わたしはそう唱えます。

 目で見るモノ、耳で聞くモノの範囲が急に広がっていくのを感じます。

 わたしの感覚が、道端を走るノネズミやネコたちの目や耳と次々に同期(リンク)していきます。


 救急車。

 コータくんの呼んだ救急車。

 わたしは目をこらし、耳をすまします。


 いた。

 1台。

 ネコの目が目標を捉えました。

 サイレンを鳴らしながら、こっちに向かって走って来る救急車。

 でも遠い。

 道路工事で大きく迂回している。

 こっちに着くには、あと20分はかかるでしょう。


 風の精(シルフ)の力を借りて、病院までエナさんを運ぼうか。

 いえ、駄目です。

 わたしの風の精(シルフ)では、エナさんとわたし2人を一緒に運ぶ力はありません。


 それならば……。


「エナさん。ごめん、ここで待ってて」

 わたしはエナさんの手を握り、そう呼びかけました。

 わたしはエナさんの手をはなして、立ち上がりました。


飛翔(フライア)!」

 わたしは小枝を振って、そう唱えました。

 ビュウウウウウ……。

 次の瞬間、風の精(シルフ)たちの巻き上げた風に乗って、わたしの体が夜空に舞い上がります。


 救急車、救急車……。

 あそこだ!


 わたしは風の精(シルフ)にお願いして、コータくんが呼んだ救急車まで飛んでいきました。

 この世界で、あんなに大きい、しかも動いているモノにあの魔法(・・・・)を使うのは初めてです。

 上手く行くでしょうか。

 失敗したら大事故かも。

 でも、やらなければ。

 わたしはギュッと、自分の唇をかみました。

 道路に向かって、風の精(シルフ)とわたしは降下していきました。


 トン。


 わたしは風の精(シルフ)の腕を降りました。

 そして、道路を直進する救急車の前に立ちました。


 ギギー!

 けたたましいブレーキ音とクラクションの音が、わたしの体を叩きます。

 救急車が、わたしのすぐ目の前まで迫ってきました。


 いまだ!

 わたしは右手の小枝を振りました。


跳位(トランサ)!」

 わたしがそう唱えた、次の瞬間。

 シュウウ……

 わたしと、そして救急車の車体を、銀色の眩い霧が包みこみました。


  #


「ナっちゃん。やっぱダメだ。救急車は来ないし誰もいないし……あ?」

「コータくん。よかった! 今、到着したよ」

 エナさんのところまで戻って来て、わたしに何か言おうとしたコータくんが、目を丸くしています。

 救急車はもう、エナさんの倒れた通りまで到着していました。

 

「あれ? あれ? なんでこんな所に?」

 車から飛び出してきた救急隊の人たちも、首を傾げていました。


「まあいいや。この人ですね。早く搬送の準備を!」

「はい!」

 隊員の人たちが慌ただしいです。

 そして頼もしいです。


「よかった……」

 わたしは胸を撫でおろして、右手の小枝をポケットに隠します。

 「跳位(トランサ)」の魔法は、わたしが使える魔法の中でも1番凄いレベルなのです。

 でも「空間移動」させたいモノに、ギリギリまで近寄らないと使えない、アブナイ魔法なのです。


  #


「全く不思議だ。これだけ出血しているのに。わずかな裂傷しかない。骨にも異常なし。病院でスキャンをとるけど、たぶん軽い脳震盪だろう……」

 救急隊の人が、ベッドに寝かされたエナさんを検査しながら不思議な顏。

 どうやら傷は、たいしたことないようです。


「う、うーん……」

「エナ? エナ!」

「エナさん?」

 エナさんが、うっすらと目を開けました。

 身を乗り出すコータくんとわたし。

 その時でした。


 ギュッ!


 エナさんの手が、わたしの右手を強くつかみました。


「……エナさん?」

「……………! …………!」

 エナさんが、声にならない声でわたしに何か言いました。

 

 わたしは、ドキッとしました。

 エナさんの震える唇が、確かにわたしに、こう言っていました。


 アリガトウ。

 ゴメンネ。


 エナさんは、わたしがやった事に、気づいているのでしょうか……?


  #


「本当にありがとな、ナっちゃん。世話かけてさ」

「ううん。こういう時は、みんなでがんばらないと」

 夜の病院。

 わたしはコータくんと2人並んで、廊下の腰かけにすわっています。


「送っていくよ家まで。もう遅いだろ?」

「ううん。大丈夫。1人で帰れるから。それよりエナさんの家族が到着するまで、あの人のそばに居てあげて?」

 コータくんの言葉がうれしい。

 でも、わたしは首を振って腰かけから立ち上がりました。

 まだ仕事は終わっていません。

 公園に残してある荷物を回収して、お屋敷に持って帰らないと。


「あの……ナっちゃん!」

「うん?」

 コータくんの声にわたしは振り向きます。


「また……また会えるよな?」

 コータくんがわたしを見て、不思議そうに言いました。


「うん。また会えるって絶対。またすぐに!」

 わたしはニッコリ微笑んで、コータくんにそう答えました。


  #


「はーヤバイ。お師匠さまになんて言おう……」

 クルルの森を歩きながら、わたしはブルーな声でそう呟きます。

 両手には布の袋と、木の実をつめた瓶。

 お師匠さまに言いつけられた材料です。

 「転界(トゥエンヤ)」の魔法で、深幻想界(シンイマジア)に戻って来たのです。


 でも、もう完全に日が暮れています。

 てゆうか、深夜です。

 お屋敷を出てから、いったい何時間たつのでしょう。


「まずい! まずい! おーこーらーれーるー!」

 わたし首を振って、絶望の叫びを上げました。

 明日までに猫人(ミアウ)の村に届けないといけない。

 ってそう言ってたし。

 お師匠さまは、きっとカンカンです。


  #


 お屋敷に帰り着きました。


「あのー。今帰りましたー」

 わたしは小さな声でそう言いながら、お屋敷の玄関口を開けました。


「ムッ! ナナオか……!」

 仕事場の大鍋の前に座ったお師匠さまが、ギロリと金色の目でわたしの方を睨みます。


「すいません、お師匠さま! めちゃくちゃ遅くなって」

「…………」

 頭を下げるわたしに、無言のお師匠さま。


 あれ?


「ウム。言いつけた材料は揃ったんじゃな?」

「は、はい! それはもちろん!」

「ならばよし。今夜は徹夜じゃ。ナナオ、お前は早く寝ろ。明日もイロイロ、材料が要るかもしれん」

「あ……あえ?」

 お師匠さまの、カミナリが落ちない。

 いつもだったら、小一時間は怒鳴られまくるのに。


「あの、お師匠さま?」

「ん、なんじゃ」

「いえ、なんでも。おやすみ……なさいですぅ」

 お師匠さまも、何かに気づいているのでしょうか?

 わたしは小さな声でお師匠さまに挨拶します。


 わたしは自分の部屋への階段を上りはじめました。


  #


「はー。疲れたー!」

 自分の部屋に辿り着いたわたしは、ベッドに転がって大きく息をはきました。


 なんだか今日はいろんなことがありました。

 頑張り過ぎて、もうヘトヘトです。


 でも……


 わたしは天窓からのぞく月を眺めながら、自分のペタンコな胸をおさえます。

 

 なんだか素敵な1日でした。


「コータくん……」

 わたしは銀色の月の光を浴びながら、そっとあの人(・・・)の名前を呟きました。


 いつか、コータくんにも打ち明けたい。

 わたしが魔法を使えることを。

 そしてわたしの本当の心を。

 コータくんへの気持ちを!


 でも、それは今ではありません。


 それはわたしが「一人前」になった時。

 お師匠さまから「魔法使い」の称号を許された時。

 そして「転身(トゥマイヤ)」の魔法を修めて、本当の女の子(・・・・・・)になれた時。

 その時コータくんは、わたしを好きになってくれるでしょうか?


 それは誰にもわかりません。


 さあ、早く眠らないと。

 明日も魔法の勉強と、お師匠さまの次の言いつけが待っています。

 猫人(ミアウ)の村に、お薬を届ける仕事。

 それにきっと、新しい材料集めもいっぱいです。


 静かで穏やかな夜でした。

 森を渡る夜風が、樹の枝をサラサラ鳴らすのが聞こえます。

 天窓から覗いた満月が、とても大きくて、綺麗な夜です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ