表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いのパシリ  作者: めらめら
第2章 けだものフレンズ
10/11

カタワレの魔女

「ルゥゥゥゥゥウウウウウウウウ!」

 その人が立ちあがって、ルゥの方を向きました。


 緑の目をギラギラさせて、恐ろしい顔でルゥをにらみつけています。

 引き裂かれたローブの間からむきだしになった体から、パチパチと紫色の火花が飛び散っていました。


「グ……ガ……」

 オオカミのルゥは苦しそうな息をしながら、床板に倒れていました。


「なんだその目は……! なんだその顏は……!」

 ルゥの銀色の目はそれでも恐れることなく、その人の姿をまっすぐにらみつけていました。

 その人は、苛立たしげに頭をふりました。


「ずっとあたしのモノでいたなら、これからもずっと、ずっと、愛してやったのに……!」

 その人の指が、ピッタリとルゥの体をさしていました。


 ギシギシギシギシ……

 何かの軋むような音が、小屋全体を揺らしていました。


「うそっ!?」

 わたしは悲鳴をあげました。

 その人の指さした先、倒れたルゥの体の真上で、何かが膨らんでいきました。

 それはさっきルゥの前脚に突き刺さったものと同じもの。

 蒼黒く光った、大きな氷のカタマリでした。

 

「あはははははぁ! もういい。お前はもういらない(・・・・)。このまま潰れちゃえ!」

 その人が、ルゥを見下ろしてヒステリックな笑い声。


 空中のカタマリが、ルゥの体の何倍もの大きさに膨れていきます。

 カタマリが動けないルゥを……押しつぶそうとしている!


「だめ! やめて!」

 わたしは必死で身体をくねらせて、わたしを縛り上げた草の蔓を引きちぎりました。

 どうにか自由になった右手で、床に転がる銀色のオタマを拾い上げました。


「『絡み蔓(テンドリラ)』!」

 わたしはオタマで床を叩いて、そう唱えました。

 さっき、あの人が使ったものと同じ魔法でした。

 

 ミシミシミシミシ……

 ルゥが倒れている床板から、みるみる草の蔓が伸び上がります。

 蔓が、黒い氷に絡みつきました。

 氷に食い込み、これ以上大きくならないように押さえつけます。

 と同時に、ルゥに巻きつきた蔓がルゥの体を引っ張って、引きづっていきます。

 わたしは、どうににかその場からルゥを助け出そうとしました。


 でも……


「無駄よ!」

 その人がニヤリと笑いました。


 バチンッ!

 黒い氷がひときわ大きさを増しました。

 わたしの伸ばした蔓が千切れて床に落ちていきます。


 だめだ。

 あの人の魔法は強すぎる。

 氷を止められない。

 ルゥを……助けられない!


「いや! ルゥ!」

 わたしは引きつった声で、ルゥの名前を叫びました。


 その時でした。


 ボオオオオオオ……


 何かの騒めくような音がしました。

 同時に、黒い氷のせいで凍てついていた小屋の空気が、急に暖かくなっていくのがわかりました。

 暖かい……というか、暑い……いえ熱い!


「なにが……!?」

 わたしは呆然として目をみはります。

 ルゥの真上の黒い氷が、真っ赤な炎で包まれていくのです。


「これは……『業火(ヘルファイア)』!」

 その人も、緑の目を見開いて戸惑った顏をしています。

 

 炎に包まれた氷に、細かいヒビが走っていきます。

 ヒビが大きな亀裂になって、氷全体に広がると、次の瞬間。


 バキンッ!

 

 その人の放った魔法が、黒い氷が粉々になりました。

 いくつもの細かい氷片になって、床に散らばっていきます。


「『メイローゼ・シュネシュトルム』! なぜおまえがココにいる!?」

「お師匠さまぁ!」

 小屋の入り口から、聞きなれた厳しい口調。

 わたしは自分も知らないうちに、泣いていました。

 涙交じりの声で、入り口に立つお師匠さまを呼びました。

 お師匠さまの両手から、真っ赤な炎がたぎっていました。


「あら久しぶり。アンカラゴン・ミストルティリアス……」

 その人が、お師匠さまの方を向いてそう言いました。

 桜色の形のいい唇の片端が、キュッとつり上がっていました。


「ルゥ!」

 わたしは、倒れて動けないオオカミのルゥに駆け寄りました。

 ルゥの銀色の毛皮にしがみつきました。

 前脚を氷で引き裂かれた、酷い傷のルゥ。

 でも……


「グルル……」

 ルゥが顏を上げて、わたしの頬をペロリと舐めてきます。

 よかった。命に別状はないみたいでした。

 

「『治癒(ヒーリア)!』」

 私はルゥの傷に手を添えて、治癒の魔法をかけました。

 これで、少しでも傷が良くなれば……。


「言え。なぜココにいるのかと訊いておる!」

「すいぶんなご挨拶ねアンカラゴン。あたしの玩具(オモチャ)がお城から逃げ出したから、探して取り戻しに来ただけのことよ?」

 その人が……メイローゼと呼ばれたその人が、お師匠さまにそう答えました。

 

「あんたのシラセ花火がパチパチうるさいから、何をしているのかと覗いてみたの。そしたら、あんたの弟子があたしの玩具(オモチャ)遊んで(・・・)いるじゃない。それで返してもらおうと思ったら……あら大変。もう情が移っちゃった? それともあたしの玩具(オモチャ)がヨすぎて、離れられなくなっちゃった?」

 メイローゼがわたしとルゥの方を見て、ニヤリと笑いました。

 本当に、本当にいやらしい顔でした。

 気がつくと、ルゥは人間の姿に戻っていました。

 わたしはもう1度、ルゥの体をギュッと抱きしめました。


「なるほど。獣人(ライカン)を……人の子を捕えて自分の城に。自分の欲望を満たすため……相変わらず度し難いヤツじゃ」

 お師匠さまは、メイローゼをにらみつけて、厳しい声でそう言いました。


「メイローゼ。この者(・・・)はわしが預かる。時期を待ち人の世に還す。イヤとは言わせぬぞ。人の世の子供を『誓約』無しで自分の城に捕えておくなど、魔法使いにあるまじき大罪じゃ。どうしてもときかぬならば、このわしが直々に相手になるぞ……!」

「あーヤダヤダ。人の玩具(オモチャ)の1つや2つで、何をそんなに深刻ぶって。いーわよ分かった。あたしももう、そんなモノに興味はないわ……」

 有無を言わせないお師匠さまの声。

 その両手には、炎がたぎっていました。

 メイローゼは両手を上げて首を振りながら、大きくため息をつきました。


「その子はあんたに預けるよアンカラゴン。好きに使えば? あたしの使い古した玩具(オモチャ)で、せいぜい楽しむ(・・・)といい。ナナオちゃん(・・・・・・)……!」

 メイローゼが、再びわたしを向いてそう声をかけてきました。

 わたしは、吐き気をこらえるので精一杯でした。

 でもその時でした。


「去るがよい。哀れな片割れ(・・・)の魔女め。今のお前をアイツが見たら……お前のシュ」

「やめろ!」

 お師匠さまはメイローゼをにらみつけて、厳しい声で何かを言いかけました。

 彼女は氷の刃物みたいな声で、お師匠さまを止めました。

 エメラルドのような緑色の目が、ギラギラ光ってお師匠さまをにらみ返しています。


竜人(ドラゴ)のクソ魔法使い。次にその名を口にしたら、長い顎を引き裂いてやる!」

 メイローゼがお師匠さまから後ずさりながら、苛立たしげにそう言いました。


 面長の綺麗な顏に心なしか……寂し気(・・・)な影がさしていました。

 ボロボロのローブに覆われた身体が、紫色の霧に包まれていきました。

 彼女の体が、だんだん揺らいで、薄まっていきます。


「じゃあね老いぼれ竜人(ドラゴ)。じゃあねナナオちゃん(・・・・・・)。また近いうちに会いましょう……!」

 遠ざかってゆく声と一緒に、メイローゼの姿が小屋の中から消えました。


「はあああああああ……」

 魔女の気配が小屋から消えると、わたしは全身の力が抜けていくのを感じました。

 緊張の糸が、いきなり切れました。


「ナナオ。無事か!」

「お、お師匠さま……怖かったですぅ……!」

「だいたいの事情はわかった。よく耐えたな……!」

 お師匠さまは私に手をさしのべて、そう声をかけてきました。

 わたしは震える足で、どうにか床から立ち上がります。

 

 絡み蔓(テンドリラ)の魔法のせいで、わたしの服はズタズタでした。

 わたしもルゥも、何も身に着けていません。


「ナナオ。これを……」

 トロールさんから貰って来たのでしょうか。

 お師匠さまは、わたしとルゥの肩に、優しく毛布を羽織らせてくれました。


「お師匠さま……あの人は……アイツはいったい……!」

 わたしはお師匠さまを見上げて、アイツのことを尋ねました。

 メイローゼと呼ばれた魔法使いのことを。


「うむ。あやつはメイローゼ・シュネシュトルム。此処よりはるか北。吹雪の山の孤城に住む魔法使いじゃ……」

 お師匠さまが苦々しい顔でそう答えます。


「その魔法の腕は深幻想界(シンイマジア)でも指折りの実力。だがその性は邪悪。人を堕落させ破滅させることに喜びを覚える。もともとは調和を尊ぶ、勇気と慈愛に満ちた者じゃった……。だがとある事件で最愛の存在を失ってからは、心の平衡を失ってしまってな。今ではあのような魔女に堕ち果ててしまった……」

 お師匠様の声が、どこか悲しげでした。


「ナナオ。さっき言った通りじゃ。この子はしばらく屋敷で預かる」

「……あひゃ?」

 お師匠さまの言葉に、わたしは変な声を上げました。

 さっきは緊張しすぎて、お師匠さまの言葉の意味が、頭に入ってきませんでした。


「あの魔女は執念深い。この子を放っておけば、いつまたおぞましい害悪をなしてくるとも限らぬ。ナナオ。人の世に還すことが出来るその日が来るまで、その子の面倒はおまえが見ろ!」

「え! わたしがぁ!?」

 お師匠さまの言いつけに、わたしは驚きました。

 自分の屋敷にこの子を預かって、そのお世話をわたしが……?


「そうじゃナナオ。仕事が増えるぞ。風呂、トイレ、食事のマナー。全部お前が教えるのじゃ。人間の言葉と、文字の勉強もじゃ!」

「あ……ああ……わかりました」

 有無を言わせない調子のお師匠さまの言葉。

 わたしは戸惑いながら、お師匠さまにうなずきました。


「ナナオ……ダイジョウブ?」

「ルゥ……」

 気がつくと、ルゥが不安そうにわたしの顏を覗きこんでいました。


「ありがとうルゥ。さっきはわたしを守ってくれて。これからもよろしくね!」

 わたしはニッコリ笑って、ルゥの銀色の髪を撫でました。


  #


「よし。出発するぞ!」

「アンカラゴン先生。本当にありがとうございます!」

 すっかり日が昇りました。

 銅像の馬が引っぱる馬車に乗ったお師匠様が、手綱を手にして号令します。

 馬車の横からは、トロールのザックさんが手を振って、お師匠さまにお礼を言っています。

 

 わたしとルゥは、トロールさんたちから借りたブカブカの作業服をかぶって、荷台に腰かけていました。


「ハアアアアア……ッ」

 わたしは大きく息を吐きます。

 わたしの肩に頭をもたれさせて、ルゥはあどけない顔で眠っていました。

 お師匠さまから、大変な仕事を言いつかってしまいました。

 この子のお世話をするなんて。

 食事、お風呂、トイレのマナー。それに読み書き。

 この子を「人の世に還すこと」ができるように、色々教えてあげないといけません。


 超重い。

 超責任重大。


 でも……


 わたしはその子の髪を撫でて、クスッ笑いました。

 なんだかがぜん、やる気がわいてきました。


 ガランガラン……。

 軋んだ車輪の音といっしょに、馬車が動き出しました。


「メイローゼ……吹雪の山の魔女……」

 わたしはサンサンと太陽の降り注ぐ緑の農園を眺めながら、あの人の顏を思い出していました。

 この世界にも、深幻想界(シンイマジア)にも、あんな人(・・・・)がいるなんて。


 あんな悪意(・・・・・)があるなんて。

 

 わたしはうなじの産毛が、かすかに逆立つのを感じました。


 でも……


「負けない……!」

 わたしは眠ったルゥの顏をもう1度覗き込み、小さくそう呟きました。


 わたしが一人前の魔法使いになるまでは。

 そしてこの子を立派にして人間の世界に還すまでは。

 どんな人にも、どんな悪意にも、負けるわけにはいかないのです。


 パカパカパカ……

 わたしとルゥとお師匠さまを乗せて、馬車は屋敷に向かっています。

 農場をわたる緑の匂いのする風が、わたしとルゥの髪をサラサラ撫でていきます。

 昨日と変わらない、おだやかで気持ちのいい初夏の朝でした。 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ