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魔法使いのパシリ  作者: めらめら
第1章 キミのための魔法
1/11

再会はトツゼン

「ぬがーっ! 材料が全然たらーん!」

 お師匠さまが、頭を抱えて大きな声をあげています。


「あー。またかぁー」

 わたしはお師匠さまを見下ろして、ため息をつきます。


 色々な器具に囲まれて、煮立った大きなお鍋の前で、たくさんの材料を混ぜ合わせていたお師匠さま。

 長い鼻先から勢いよく湯気を噴きだして、トゲトゲの生えた頭をかきむしってる。

 イライラしている時のお師匠さまは、まるで湯沸かし中のやかんみたいです。


「ナナオ! ちょっと来いナナオ!」

「はーい。お師匠さま」

 思った通り、お師匠さまがわたしを呼びつけます。

 わたしは手に持っていた魔法薬学の参考書を本棚の20段目に戻します。


 今日の勉強は、いったん中止です。

 わたしがお師匠さまの声に応えて、書架にかかったハシゴを急いで駆け下りようとした、その時。


「わっ! わっ!」

 わたしは思わず声を上げます。

 慌てて下りようとしたせいで、ハシゴを一段、踏み外しちゃった。


 景色がグルリとひっくりかえりました。

 天井まで積み上がった書架のハシゴから、わたしの体がお屋敷の床まで、まっさかさま。

 と思ったその時です。


 パチン。


 お師匠さまが、爪を鳴らす音。


 すると、ビュウウウウ。

 わたしの体のまわりで、風が巻き上がります。

 集まった風がクッションみたいに、床にぶつかる寸前のわたしをフワリと抱き止めてくれました。


「まったくナナオ。このオッチョコチョイめが……」

 風の精(シルフ)たちに運ばれて、わたしの体がお師匠さまの方まで流れていきます。

 お師匠さまが、わたしを覗きこんでいる。


 長く伸びた2本の角。真っ赤な鱗。頭にはたくさんのトゲトゲ。

 耳まで裂けた口からプスプス煙を上げながら、わたしをにらんで難しい顔。


 竜人(ドラゴ)のお師匠さまの顏は、間近で見るとやっぱり少し怖いです。

 わたしは風の精(シルフ)たちの手から降りて立ち上がりました。


「書架の上り下りには気をつけろと、何度言ったらわかるんじゃ。注意散漫。無防備軽率。まったくなっとらんわい」

「そ、それを言ったらお師匠さまだって……」

「なんじゃと?」

「いえ、なんでもないですぅ……」

 わたしを叱るお師匠さまに、小さい声で言い訳しようとします。

 でもギロリと光る金色の目ににらまれると、その声も途中で消えてしまいました。

 急にわたしを呼びつけた、お師匠さまだって悪いのに。


 この人は、いつもこうなのです。

 まわりのみんなから尊敬される、この世界(・・・・)でも指折りの魔法使いのはずなのに。

 その日、自分が仕事で使う材料や道具や薬が、あとどれだけお屋敷に残っているのか。

 全く気にもかけていないのです。


 だからいつもこうやって、仕事の途中でわたしを呼びつけて、足らない材料を集めて回らせる。

 そんな、子供っぽいところのあるお師匠さまなのです。


「ふん。まあいいナナオ。今日はネムリバの葉を木箱いっぱい。メルモアの実をこの瓶に入るだけ。それとイチョウの種も木箱いっぱいじゃ。今すぐ森で集めてこい。明日までに猫人(ミアウ)の村で流行っとる猫流感(ニャンフルエンザ)の薬を届けねばならんのに、まるで間に合わんわい!」

 お師匠さまが、セカセカした様子でわたしにそう言いつけます。

 猫人(ミアウ)のみんなから頼まれて、お薬を作っていたようです。


「わかりました。お師匠さま」

 わたしは今度は素直にそう答えました。

 お師匠さまの仕事場を離れて、森に出る準備をしないと。


  #


 お師匠さまのお屋敷を出てから歩いて20分くらい。

 クルルの森に辿り着いたのは、ちょうど日も暮れかかってくる頃でした。

 夕闇がせまった森のそこら中で、トモシビガエルやホタルヤモリが赤や緑のきれいな光を瞬かせています。

 樹々の間を楽しそうに飛び回っているのは、虫みたいな翅をパタパタさせた、何人もの小妖精(ピクシー)たち。

 こっち(・・・)の世界で暮らすようになってからもう3年たつけれど、この時間の森の景色は、何回見ても息を飲むくらいきれいです。


「葉っぱと実は、どうにか集まったか。あとはイチョウの種よね。でも……」

 わたしの足元に置いてあるのは、箱いっぱいのネムリバの葉と、瓶いっぱいのメルモアの実。

 でも、わたしは森を見回してため息をつきます。

 お師匠さまも考えなしに無茶なことを言いつけます。


 この世界……深幻想界(シンイマジア)では、今は春です。

 それにこの森で、イチョウの樹なんて見たことがありません。


 仕方ない。

 やっぱり「向こう側」で集めるしかないか。

 わたしは森を見回して、地面に落ちている適当な大きさの小枝を拾い上げました。

 上着の胸ポケットから、月女神(ルーナマリカ)の香水をとりだして、小枝にひと吹きします。


 小枝が、ボンヤリとした銀色の光に包まれていきます。


「入り口、入り口……と……これだ!」

 わたしは適当な「入り口」を探してあたりを見回しました。

 

 ありました。


 おとなの男の人でも3抱えくらいありそうな、立派なケヤキの樹。

 その樹の幹にポッカリ空いた、大きな洞。

 この大きさなら、ちょうどいいです。


 わたしはケヤキに近づきました。

 そして右手の中で銀色に光った小枝を、樹の洞に向けてかざします。


転界(トゥエンヤ)!」

 わたしはそう唱えました。


 すると、黒くて深い洞の奥から、緑色の光がまたたきはじめました。

 光の流れが、洞からあふれ出します。

 今では洞は、緑の不思議な光をたたえた、ちいさな池の水面みたいです。


「よーしよしよし。行くよ!」

 わたしは一人でウンウンうなずきました。

 そして、その水面にむかって頭から飛びこみました。


  #


 ザパーン。


 水音がしました。

 何か冷たいものが体の周りにぶつかる感じ。

 

 わたしは立ち上がって、目をあけました。


「うわー!」

「オバケだ!」

「カッパだ!」

 まわりから聞こえて来るのは、騒がしい子供たちの声。


「出口はココだったのね……失敗した……」

 わたしはビショ濡れになった自分の体を見て、ちょっとへこみました。

 

 森で作った「入り口」とつながっていたのは「一之宮緑地公園」の広場の噴水でした。

 噴水のまわりで遊んでいた子供たちが、驚いた声をあげながら、わたしの方を見ています。


「はー。わたしのレベルだと、まだ出口まで選べないからなー」

 バチャバチャ水音をたてて噴水から出たわたしは、気を取り直して右手の小枝を振りました。


乾燥(ドライヤ)!」

 わたしは元気にそう唱えます。


 シュウウウウ……


 巻き上がった暖かい風が、わたしの服と全身を乾かしていきます。


 いつも急に、お師匠さまに言いつけられる材料集め。

 「転界(トゥエンヤ)」はその材料集めで「こっちの世界」に来るために、わたしが覚えた最初の魔法でした。

 そして「乾燥(ドライヤ)」は2番目です。


 そう、わたしの生まれ故郷である「この世界」に移動するために。

 夕暮れの公園を吹く風が、ヒンヤリわたしの体を通りぬけていきます。

 今、こっちの世界は秋なのです。


「さてと、仕事仕事。でもその前に……」

 わたしはイチョウの種を集める仕事の前に、ある場所にむかって歩き始めました。

 自分のほっぺがゆるむのが、自分でもわかります。


  #


「あら。いらっしゃい、久しぶり!」

「えへへ。どうも……」

 聖ヶ丘駅前の商店街。

 アイスクリーム店「グラシアス」のお姉さんが、わたしにそう声をかけてくれます。

 こっちの世界に来た時には、わたしは必ずこの店にくるのです。


 わたしが深幻想界(シンイマジア)で暮らすようになって3年。

 お師匠さまのお屋敷に住み込んでの修行。

 魔法も、料理も、そしてお菓子作りの腕も、けっこう上達してきました。

 

 でも、このお店の、このアイスクリームの味だけは、どうしても作ることが出来ません。

 絶対に、このお店でしか食べられない至高のアイスクリームなのです。


「今日は何にする?」

「あの、じゃあ、ストロベリーと、チョコクッキーで!」

 わたしは大事にためていた、こちらの世界のお金を握ってそう答えます。

 お姉さんが、慣れた手さばきでアイスをすくってコーンに乗せてくれました。


「いつも可愛いね。お仕事がんばってね!」

「あ、ありがとうございます……」

「近くでステージがある時は教えてね。CD出したら言ってね。みんなに宣伝するから!」

「は、はい。がんばります!」

 アイスを渡しながら、応援してくれるお姉さん。

 わたしはなんとか、お姉さんの言葉に合わせます。

 この人はわたしのことを、売り出し中のアイドルか何かだと勝手に思い込んでいるのです。


 お師匠さまのお屋敷で修行するときのわたしの服装は、こっちの世界ではどうもメイドさんのコスプレに見えるみたいなのです。


  #


「さてと……場所はこのへんでいいかな?」

 お店を出て、アイスクリームを食べおえてからお仕事開始。


 わたしは聖ヶ丘公園の中にある雑木林を見回します。

 

 たくさんのイチョウの樹から落ちた葉っぱ。

 地面に一面しきつめられて、まるで金色の絨毯(カーペット)みたいです。


 山の向こうに落ちかかった夕日が、あたりの景色のいっさいを真っ赤に染め上げています。

 樹の枝が地面に落とした影が、急に濃くなってきました。


 暗くなる前に、早く仕事を終わらせて向こうに戻らないと。

 わたしは用意していた布の袋を取り出します。


 いつもお師匠さまの言いつけの時に使う袋です。

 ちょうど木箱いっぱい分を詰めこめます。


 わたしがイチョウの葉っぱをガサガサさせて、種を拾って集めようとした、その時でした。


「ナっちゃん? もしかしてナっちゃんか?」

 わたしの背中から、そうきいてくる声。

 男の人の声でした。

 聞き覚えのある声でした。


「…………!!」

 わたしは息を止めました。

 種をつまみあげていた指先が震えます。

 金色の葉っぱの上に、種がポロリとこぼれて落ちました。

 心臓が、バクバク音を立てています。

 顔がほてって、たぶん真っ赤になっているのが自分でもわかりました。


「コータくん……?」

 わたしは小さく、その人の名前を呼びました。

 

 わたしは葉っぱの絨毯から立ち上がって、声の方を振り返りました。







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