第37話【月が綺麗】
俺はそんなことを思い夜空を見上げた。
夜空に浮かぶつきは綺麗な丸を描いていた。
今日は満月なのか……?
深い藍色の夜空にポカリと浮かぶ孤高とした光を放っている朧月は自らの回りを明るく照らしている。
ずっと見ていると、まるでどこかへと吸い込まれていくような感覚になる。
回りにも光を放っている星はいくつもあると言うのに、なぜか俺には月はどこか一人寂しげに光っているように見えて……。それでもその光はどこか眩しくて。
手を伸ばしたところで決して届くことはない。いや、届かないものだから、届かないところにあるからこそ、綺麗に見えるのかもしれない……。
そう……手を伸ばしたところで届かない。そうやって、今まで色々なことを諦めてきてしまった気がする。どうせ自分には無理だからと……。そうやって自分を言い聞かせて、そしていつしかそれを諦める言い訳に使うようになって、そしてそれが当たり前になってしまって。諦め癖がついてしまった。
すぐに諦めないで悩んでいたこともあった。でも今思えば落ち込んで、悩んでいたかっただけなんじゃないかと思う。そうすれば自分は何もやってない訳じゃないって自分への言い訳になるから。
でも所詮そんなの自己満足だから……。そもそもがそれだけのものだったのかもしれない。
そんなことを考え出したら自分って空っぽな人間なんだと思う。
俺はそんな自分が嫌いだ。だから、少しずつでも変わっていければ……。
「はー」
俺は深いため息をついて歩き始めた。
**********
特どこへ向かうでもなくただ何となく歩いていた。
どれくらい歩いただろうか。ポケットからスマホを取り出して時刻を確認するとまだ、家を出て15分ほどしか経っていなかった。
気分転換程度にはなったが、やはり問題を解決しないことには根本的には意味がないのだ。歩いてこのモヤモヤが0になってくれることはない。まあ、そんなことは当たり前のことだけど。
200メートルほど先にはコンビニの明かりが見える。
何か飲み物でも飲むかな。
その光に向かって歩いていくとガードレールにもたれ掛かっているピンクのパーカーを着た見覚えのある一人の人影が見えた。
誰だ……?
コンビニの光に照らされてはいたが誰だか分からない。
だが、一歩、一歩と近づいていくにつれ段々とその姿もはっきりと、見えるようになってきた。
星宮だ……。
それが確認できた瞬間ドキっと大きく心臓が鼓動を打った。
星宮はまだ、俺に気がついていない。ただ、ニコニコとしながら自身の正面にあるコンビニを見つめている。
せっかくだから話がしたいけど……。どうしようか……。なんて声かけよう。
あまりにも突然の出来事だったのでどうすればいいのか……。
そんなことを考えている間にも距離はどんどん近づいきコンビニの前、星宮のもとに到着してしまった。
「よう……星宮」
ガードレールにもたれ掛かっている星宮にそう声をかけると星宮は俺に気づいた。
「あ!守山くん!」
そう言ってこちらに笑顔で返してくれた。
なんて眩しいんだ。直視できない!!!夜だってのにスゲー輝いてるじゃないか。
星宮さえいれば、この世界は夜でもとても明るいんじゃないかな?
俺がそんなくだらないことを考えていると星宮がどしたの??的な視線を俺に向けてきた。
「いや、その……星宮は何してるんだ?」
俺は星宮の視線を受けごまかすようにして聞いた。
すると星宮は再び店の方へと視線を向けた。
「お姉ちゃんとランニングしてて、それで飲み物買いにここ来たんだ」
「ホントに仲良いな。ランニングか……。すげーな。俺なんてあんまりそういうことしないからな……。でもなんで星宮だけ店の外にいるんだ?」
店内に視線を移せば星宮の姉さん自身と同じくらいの年齢の女の人と楽しそうに会話しているのが見える。
「最初は一緒に買い物してたんだけどお姉ちゃんがお店の中で友達と会ってね。お話の邪魔しちゃ悪いかなーと思って先には外で待ってたの」
ああ。それでニコニコしながら店の方みてたのね。
「なるほどな……」
「守山くんは何してたの?」
「俺は気晴らしに散歩してただけだよ」
「そっか!」
星宮は空を見上げそう答えた。
彼女の肌は月明かりに照されてとても透き通って見える。
「今日は月がすごい綺麗だね」
俺が下に視線を戻したとき星宮はふとそう口にした。
それを聞いた瞬間、心臓が少し跳ね上がるのを感じたが、すぐに冷静に戻る。彼女のその言葉に別段特別な意味は無いとすぐに分かったから。
夏目漱石は「愛してます」を「月がきれいですね」と訳したらしい。本当かは知らんけど。日本人にはそう言えば伝わると。
でもまあ、冷静に考えて、星宮は月を見てただ感想を言っただ。それは星宮の様子を見ればすぐにわかった。彼女は相変わらず、さっきと変わらぬ表情でニコニコしながら空を見つめている。
まあ、そりゃそうだよな……。俺の世代でその訳し方を知ってる人の方が稀だろうし……。こんなことで深読みしようとする方がおかしい。
俺が一瞬、自意識過剰に反応してしまったにすぎない……。
現実そんなに甘くない……。何度だって実感していることだ。
俺は「そうだな……」と、そう呟くように返した。




