第26話【その関係に慣れすぎて】
テストを終えて教室に戻った。
「ふー」
机に顔を伏せ、ため息を漏らした。
なんかすげー疲れた。
教室に戻ってきた俺を尚志が心配気な視線で見てきた。
「……」
皆が自習をしている静かな教室のなか、俺はその視線を受け、無言で自分の席についた。
はー。何でこんなタイミングで紫乃とペアになっちゃうんだよ……。最悪だよ。おかげで先生にも声のボリュームとか視線とかで注意されるし……。絶対評価下げれてるよ……。
紫乃も同じことを感じているのか、表情はいつもより暗い。紫乃の場合、普段皆に明るく振る舞っているからより一層そう感じる。
というか、「関係ないだろ」って言ったことに対してアイツが怒るのは分かるが、その明るさに昔とは違った違和感を感じたから、それを聞いただけなのに、なんでその瞬間に機嫌を悪くしたんだろうか……。
その理由が俺には分からなかった……。
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――放課後――
部活を終え、俺と尚志は下校をしていた。
「いや、それにしても運がなかったな」
尚志が頭の後ろで手を組み、歩きながら言った。
「ホントだよ。どんだけ俺くじ運無いんだよ……」
「まぁ、とりあえず無事終わってよかったじゃん」
「とりあえず、無事に。か……」
そして、無意識に視線が下に向いてしまう。 そして無意識に「はー」とため息が漏れる。
そんな俺の様子を見て心配になったのか、尚志が再び声をかけてきた。
「大丈夫か?」
「いや、だいじょばないな」
「そーか……。にしても紫乃とケンカしてそこまで落ち込むとはね……」
「ああ……。自分でも紫乃なんかと喧嘩したとこで自分がこんなに落ち込むなんて思ってなかった……」
それはここ最近、色々な事が重なっていたせいだと。それにさっき気づいて、さっきから何度も自分にそう言い聞かせている。でもやっぱりどこか納得いかなかった。どこかモヤモヤしていて、何かが胸に引っ掛かっている様で……。ずっとそんな感覚に心がとらわれ続けている。
「……」
尚志は少し考え込むように数秒黙ったあと、ふと前を向いて言った。
「翔はさ、ちょっと紫乃との関係性に慣れすぎちゃってるとこがあるかもな」
「……え?どういうことだよ。別になれるのはいいことだろ?第一昔から知ってんだし……」
「慣れることがいいことだけだとは限らないだろ」
「だからどういう……」
俺がそう問うと、尚志は優しく微笑みながら言った。
「誰かと会話するときって、少なからずその人を傷つけないようにって言葉を選んで会話するだろ?」
「そりゃ……まあ」
「でも翔は、紫乃のことは昔から知ってるから取り繕わなくてもいいって言ってただろ?」
そう言われ、以前、尚志にそんな話をしたことを思い出す。
「ああ、言ったな」
「でも、だからこそ、そんな関係に慣れちゃって、相手に対して思ったことを言うのが普通になちゃってって、それが悪い方向に出ちゃったのかなと思ってさ……」
「……そうかもな」
「でも、お互い、大事なことは言わずに、関係ない。の一言でお互いを突き放しちゃってるからな……」
尚志は優しげな笑みを浮かべてそう言った。
ホント、いいやつだと改めて思う。自分も星宮のことで悩んでいるのに。俺の相談に乗ってくれて……。
「まぁ、前に南に相談事をされてた時があって、勝手にそういうことを他人に話さない方がいいと思って、言えなかった。ってんもあるんだけど……」
俺がそう呟くと、尚志は頷きながら言った。
「なるほどね……。でも何も言ってないから、それは紫乃には伝わってないからね……」
「まぁ、でも別に……それだけが理由って訳じゃないんだ。むしろそれはホンの一部で、俺は自分自身のことで悩んでるときも、言葉を濁してアイツに、なにも言わなかったから……。尚志はは悪くないから尚志が俺に謝る必要はない……、俺自身が悪いんだ、それでも……」
そこまで言いかけて俺は昨日の紫乃の様子を思い出す。
「俺が全部悪いって訳じゃないだろ。アイツだって、紫乃のだってさ。さっきも言ったが、あいつから先に関係ないって言ってきたんだ。それに」
昨日の紫乃の言葉が鮮明に脳裏によみがえってきて、拳を握った。
「なんで、いきなりそんなこと言ってきたのかも分からんし……」
「まあ、それは、ちゃんと翔が向き合うべきことだよ」
そう言った尚志の声は何だかいつもより大人びて聞こえた。
「向き合うって言ったって何にさ?」
「自分自身と、紫乃と、あと星宮に対してだよ」
「え……?は……?なんでそこで星宮が出てくるんだよ。関係ないだろ……」
そこに、無関係のはずの星宮の名前が出てきて思わず聞き返してしまった。
「まあ、それは、ちゃんと自分自身の気持ちに向き合えってことだよ」
それを聞いても、いまいち尚志の言っている意味がわからない。
「だから……どういう……」
「とにかく、ちゃんと自分で考えて仲直りしろよ?もうすぐバレンタインだしよ」
「ああ……」
「紫乃のからは、いつも貰ってただろ?」
「まあ、幼馴染みだし、義理でな……」
俺がそう言ったのと十字路に差し掛かったのはほぼ同時だった。
「俺こっちだから、じゃあな翔。また明日!」
「おう……」
俺がそういうと、尚志はそのまま道をまっすぐ進んでいった。
「はぁ……。自分の気持ちに向き合う。か……」
そして俺はそこを左に曲がり自分の家へと向かう。
歩きながら、ふと空を見上げると、青空っだったはずの空はグレーの雲に覆われていて、雲行きが怪しく、今にも雨が降ってきそうな、そんな嫌な色をしていた。
それを見て「はー」と今日何度目にもなるため息をつくと、空を見上げていた顔にポツリと一滴の雫が落ちてきて冷たい感触があった。
それを合図にポツポツと雨が降りだす。
そして俺は鞄を傘のかわりにした。
天気予報は当日の天気も当てれないのか……。いや、今日は天気予報は観ていなかったのかもしれない。
家についた頃には雨はかなり強くなっていた……。




