第6話:………………
「この夢に帰っておいで、この夢は甘くないけど……そこに、少なくとも私が居るから」
(…………姉さん?)
全部、聞こえていた。
でも、何の事を言ってるのか分からなかった。
……いや、俺は理解しようとしなかっただけだ。
その結果がどうなるかも知らずに……
姉さんが男に近づく。
男は狂気をその瞳を宿して、姉さんを睨みつけている。
その姿は、さながら炎を身に纏っている鬼のようだ。
……違う。実際に男はその全身を炎でコーティングしていた。
その炎を千切ると姉さんに向かって投げつける。
しかし、姉さんは避けも向かい討つ事もしなかった。
ただ、その右手で払いのけた。
炎は払いのけたが、魔術さえ纏っていないその腕の表面は酷い火傷を負ってしまっている。
(……姉さん?)
おかしい。
何でさっきみたいに水の膜で包まない?
何で避けない。
ドクン、と俺の心臓が音を立てた。
姉さんが男に近づくに連れ、男の炎をその手で払いのける度、俺の心臓が軋む音がする。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
五月蝿いぐらいに警鐘を鳴り響かせる。
そいつはもはや爆音となって、俺の周囲の音を掻き消した。
それと同時に俺の胸に不安が津波のように押し寄せる。
「………………」
姉さんの背中で、俺の視界から男の姿が隠れた。
その直ぐ後、姉さんが男の炎に手を突っ込んだのを見た。
…………パンッ!
風船が弾ける時のような音が辺りに響く。
そして、俺の顔に雨がポツと一滴だけ降って来た。
(……雨?)
その一滴の雨を拭うと、その雨の色は……『赤かった』
「………………えっ?」
呟くと同時にもの凄いエネルギーの塊が押し寄せてくる。
そいつらは俺を、正面から、上から、下から、背中から、叩く。
「……………………」
どれくらい、気を失っていたんだろうか?
目を開けて飛び込んできた日の光が眩しい。
(……日の、光?)
おかしい、ここは屋内のはずなのに……何故?
そして、見た。
辺り一面が瓦礫の山が出来ているのを、
唯一瓦礫のない場所にある二つの影を、
その内の一人があの男で、しかも腹に穴を開けているのを、
もう一人は左腕がなく全身に火傷を負っているのを、
そして、
それは…………姉さんだった。
(ッッッ!!!!)
倒れてる場合じゃない。
瓦礫の上を走って姉さんの元にたどり着く。
「……ね、ねえ…………さ、ん?」
震える声に対する応答は、ない。
「…………姉さん? ……姉さん! 鏡花さん!!」
火傷でドロドロになった鏡花さんの首に手を当て脈を確かめる。
カチカチと音を立てる歯が、どうしようもなく五月蝿い。
鏡花さんの心音を聞き逃してしまわないように、俺は自分の唇を噛み締める。
脈は…………あった。
しかし、その脈も弱々しく存在を主張するだけで今にも消えてしまいそうだ。
(…………やだ……やだよ。鏡花さん! 居てくれるって、そう言ったじゃないか!)
まだ、間に合う。
吹き飛んだ左腕は、もう治らないかもしれないけど、鏡花さんを死なせたりしない。
(絶対に、死なせない!)
そうして、俺は気づいた。
先ほどのエネルギーの塊、おかしいと思ってた。
あんな膨大な量を誰が生成したのか、と。
何処からそんなエネルギーの塊を持ってきたのか、と。
そんなの決まってた……『この辺全部だ』
周囲にエネルギーの存在が知覚できない。
(……は。…………ははは。…………どうしろって……どうしろってんだよ!!!)
冗談じゃない。笑えない。
手当てしようにも、出来ないって?
その力があるのに出来ないって?
意味ないだろう、そんなの!!
力の抜けた俺の手が鏡花さんのお腹の上に落ちた。
その手を見て俺は気づく。
(…………そうか!!!)
普段から外のエネルギーに頼りっぱなしで、使っていないから忘れていた。
自分の中のエネルギーの存在。
(これで…………多分、ギリギリ鏡花さんが助かる)
例えこれで俺が倒れても、死ぬわけじゃない。
なら、ここで俺の全てを鏡花さんに捧げよう。
焦らない様に深呼吸して、まず息を整える。
急がなくては意味がないことは理解している。
でも、俺の中のエネルギーも一欠片たりとも無駄に出来ない。
俺は鏡花さんの体の上に手をかざしエネルギーであちこちと治す。
俺に出来るのは、精々が太い血管を繋げることと止血、それとちょっとした細胞の成長促進。
いや、成長の促進というよりほとんど再生に近い。
これは、俺がエネルギーの流れを見ることが出来るからこそ出来る芸当だ。
(…………良かった。)
鏡花さんの臓器は、そのほとんどが無事だった。
小さな損傷が診られる程度だ。
その事に安堵して、その部分も治していく。
内臓のチェックを終え皮膚を修繕していく。
徐々に尽きていく自らのエネルギーとそれに伴う意識の途切れと戦いながら、俺は限界までエネルギーを使う。
しかし、まだ完全な応急処置を仕切れていないというのに俺の中のエネルギーは……
尽きた。
普通、エネルギーが尽きるという事はない。
なぜなら、どんな人間でも尽きた傍から周囲からエネルギーを取り込むからだ。
しかし、この場においてはそれを期待することは出来ない。
(…………もう少し、後髪の毛一房程度のエネルギーで良いのに……)
たったそれだけのエネルギーが足りない。
今更だ。こんな事になるなんて知らなかった、そんな事言い訳にすらならない。
俺が髪を伸ばしていたら、なんてそんな事を気にしても既に意味無い。
俺の意思と関係なく鏡花さんの上に倒れ、悔恨の情にかられながら俺の意識は闇に引き摺り込まれた。
目を覚ますと白く高い天井が目に入った。
(…………ここは?)
どうも、何処かの病院に居るらしい。
体がだるく、起き上がることが辛い。
ぼんやりと記憶を掘り起こし、慌ててベットを降りた。
病室を出てそこに居た医師を捕まえて聞き出す。
「おい、あんた! 姉さんは、鏡花さんは何処ににるんだ!!」
返って来たのは医師の無情な声、
「……今はお会いさせるわけには参りません」
「どういうことだよ!」
「今は手術中ですので、面会する事はできません。貴女の応急処置が適切だったので命に問題もありません。安心してください」
「……姉さんは無事……だったの、か?」
「そう申し上げました。ですが、残念な事にお連れの男性の方は……」
姉さんの事ばかりにかまけて男の事を忘れていた。
「……死んだのか?」
「いえ、……ですが、何故息があるのかどうして意識を保ってられるのか……わかりません。そんな状態なんです。どうぞ、見舞ってあげてください、こんな事を言うのは医師としてはなんですが……もう長くは持たないはずです」
そう言い一室を指差し立ち去る医師。それを見送り俺はその病室を訪ねてみることにした。
中に入ると、医師や看護士が俺に気づき、話を止め俺に頭を退室して行く。
室内には二人きりだったが、俺は警戒しようと言う気になれなかった。
男が瀕死の重症だった事もあるが、今はあの禍々しい雰囲気を纏ってなかった事が大きい。
男のベットに近づくと声を掛けて来た。
「…………テス……ですか?」
男の目の瞳孔は開いていた。多分、もう何も見えていないはずだ。
俺はテスとやらじゃない。そう言うのは簡単だったが、あまりの弱々しい声に思わず、
「…………あぁ」
そう、答えていた。
男の表情が露骨に変わる。
それは怒り、憎しみ、狂気、そのどれでもなかった。
あるのは、安堵、安らぎ、そして諦観。
俺はその表情に動揺する。今までこんな顔をした男を見た事がなかった。
「…………最後に……貴女に……会えて……よかっ、た」
男は呼吸器を自らの手で外し、ヒューヒューと聞き取りにくい声で話す。
「私……は……貴女を……殺せなかった。……楽に……あ……かった……」
男の声は断片的にしか聞き取れない。
「……テス……逃げなさい…………貴女の夢……は……まだ……」
そこまで、話すと男は苦しそうに咳をした。
苦悶に歪む男の顔、男は呼吸を落ち着けて、再び話し出す。
「例え、私が…………死んでも、次が……来ま」
「……もういい、喋るな」
時折、吐血しながら話す男に思わず声を掛ける。
本当は色々聞きたい事があったが、そんな気分になれなかった。
「……テス……お……願いです……手を……」
俺は無言で男の手を握ってやる。
その手は酷く冷たい。
「……あの時と……同じ……貴女の手は……暖かい……」
なんて言ったら良いか分からない。
ただ狂ってるだけだと思っていた男が一体何を思い、何を想ったのか俺には分からない。
自らの死を受け入れた男を俺は静かに抱きしめた。
「……テス……貴女を……愛し……て……ます」
そう言い残し男は息を引き取った。
ピーピーと鳴り響く機会音が耳に付く。
俺の目から一雫こぼれ落ちた水が男の頬を伝う。
一つ強く男を抱きしめ俺は男から離れた。
(俺はお前に2度襲われて2度殺されかけた。でも)
男の最後の安らいだ顔を見て俺は、
「…………お前の事、嫌いじゃなかったよ」
素直にそう思った。
男に黙祷を捧げ部屋を退室する。
俺と入れ替わりに医師たちが病室に入っていく。
と、そこに一人俺の前に立つ医師と看護士の姿があった。
先程の医師だ。
「安藤 鏡花さんの手術が終わりました。ですが、……いえ、実際に見てもらいましょう。こちらです」
途方も無く嫌な感じのする言い方だった。
(まるで、姉さんが死んだみたいに……)
俺は怖くて医師や看護士に質問することが出来なかった。
病室の前まで来ると医師は俺の心の準備を待たずに扉を開けた。
思わず閉じていた目を恐る恐る開け、姉さんの姿を見て安堵する。
(…………びっくりさせやがって)
姉さんの体は包帯に覆われていたがその胸は小さく上下していた。
しかし、何処か違和感を拭いきれない。
俺は良く見ようと身を乗り出そうとし、
「眠っているだけのように見えるでしょう?」
突然医師から、話かけられ面食らう。
姿勢を戻し医師に問う。
「…………どういう、意味ですか?」
まるで、それだけじゃないみたいじゃないか。
「いえ事実、眠っているだけです。……ただ『目覚める事がない』だけで」
「…………」
「貴女はご存知ないかもしれませんが、我々の体には多かれ少なかれ魔術を使うための……仮に魔力、というものがあります」
(魔力……エネルギーの事か?)
「簡単に言いますと、安藤さんの体の魔力は枯渇しています」
嫌な予感がする。
「この魔力は気力のようなもの。っとでもお考え下さい。体が動かないほど疲れているのに、気力は充実している。……そんな事はありませんか?」
どういう事……だ?
「また、反対に体力はあるのに気力、つまりやる気が無くなった事はありませんか?」
それなら俺がなった。
丁度、男にエネルギーを全てぶつけた時に何もやる気が無くなっていた。
つまり、姉さんは……
「そしてその気力、つまり魔力が枯渇している為に安藤さんは常にやる気が無い状態が続いています。簡単に良いますと、脳が勝手に疲れていると判断して安藤さんを強制的に眠りに誘っている状態なんです。……そして未だかつて枯渇した魔力が回復した事例は……ありません」
俺は姉さんを振り返り愕然とした。
(…………そんな……)
姉さんを見た時に感じた違和感の正体、それはこれのことだった。
俺がいくら目を凝らしても、姉さんの中に流れるエネルギーの存在を感知出来ない。
「…………じゃ、姉さんは……死んだってのか?」
「そうは申しておりません。魔力の枯渇による仮死状態なんです、なので死んだ訳ではありません」
のらりくらりと、はぐらかすこの医師にイライラする。
「それのどこが違う! 二度と目覚めないのなら、死んだのとどう違うってんだよ!!」
思わず、医師の首元を引っ掴みガクガクと揺さぶる。
そんな俺の行動は横から来た顔への衝撃に遮られた。
地面に転がった俺に怒りの瞳を向ける若い看護士の姿があった。
「……あんたが、あんたが! そんな事いうなぁ!!」
その強すぎる瞳に俺は起き上がる事さえ忘れて見上げてしまう。
看護士の手は怒りの為か震えていた。
「あんたの所為で鏡花さんはこんな姿になったのに! なんであんたは鏡花さんの事を分かってやらない!」
周囲の慌てる声をかき消すようにその看護士は言う。
「鏡花さんが死んだって言うんなら、それはあんたが殺したんだ!!」
ビクリと自分の肩が上下するのが分かる。
「鏡花さんは生きてるんだ! あんたが、あんたなんかが勝手に鏡花さんを殺すなぁ!!!」
取り押さえられ退出していく看護士を呆然と見送る。
(俺が……鏡花さんを…………殺した……?)
俺は医師の手を借り立ち上がると、医師の謝罪や説明を聞くのもそこそこに病院を出た。
何処をどう歩いたのか知らないけど、俺は家に帰っていた。
俺は沈み込むようにリビングのソファーに身を預けた。
頭の中は何時まで経ってもグルグルと同じ事を考える。
なんで、どうして、俺だけがこんな目に遭う。
どれぐらいそうしていただろう。
俺は下腹部に痛みを感じて我に返る。
見ると太腿に血が付いている。
それはスカートの中に繋がっており…………。
忘れていた事実を突きつけられた、今の『オレ』は『俺』じゃない事に。
俺は気づいた。
全部……全部が俺の掌から零れ落ちていってしまった事に。
(…………俺にはもう……何も、何も残って……ない?)
目の前に飛び込んだのはフォーク。
姉さんが朝を食べてそのままにしていたであろうそれを掴んだ。
気持ち悪い……
姉さんを見殺した自分が、
元に戻れない事が、
男ですらないこの体が、
とてもとても醜く………
…………キモチワルイ
俺は持ち上げたフォークを思い切りお腹に突き刺した。
(違う、違う、ちがう、違う、ちがう!!)
何度も、何度も、何度も何度もこの体を否定する。
(俺じゃない、おれじゃない、オレじゃない!)
やがて生理の血を、オレから新たに流れた血が覆い隠すまで、オレは自分を……オレという存在を否定し続けた。
そして、俺はお腹にフォークを刺したまま出血により力尽き、倒れた。
意識の朦朧とする中、俺は暖かな光に包まれる。
(…………鏡花……さん?)
確かめる事も出来ずに俺は意識を手放した。
えっと、どうでしたか?
物足りなく感じられた方、申し訳ありません。私の力不足です。
次回ですがどんな人物が出るかだけ書きます。
鏡花と由愛と翼が出てきます。
と言うか、名前があって生き残ってるの全員です。
後は名も無き人たちが少し…
修正も少し…
最後に、私の中の絶望やグロ、感動を限界まで表現しているつもりです。
ですので早いですが、私の力不足の所為でそろそろこの物語も終結に向かいます。
もし宜しければ、もう暫くお付き合いの程をお願いします!
といいつつ長いです。すみません。