第5話:絶望への序曲
今回、一応稚拙ではありますが絶望系を書いているつもりです。
ですので、軽く警告致します。
放課後になり、俺は逸る心を押さえつけて、
学校から歩いて10分ほどの所にあるホテルまで急いだ。
周囲に他の建物はなく、道も舗装すらされてない。
むしろ、何でこんな実用性皆無な所に立てたのか不思議でしかたない。
どうもこの町の偉い人達が、このホテルを住民の反対を押し切り建設。
これを皮切りに町を盛り上げようとしたらしい。
ホテルにしたのは色々と理由があるらしいけど、ホテルを初めに建てるって…完全に選択ミスだろ。上の人の考えは良く分からん。
当然そんな事望んでない町の人々は反対の嵐。
結局ホテルはその役目を果たす前にお役御免に。
しかも、ホテル建設に金を掛けて、その上取り壊しとなればさらに金が飛ぶ。
ここまで来たら町としてはもうボロボロ。
金は無くなるし、信用は無くすしでもう大変。
その窮地を救ったのが、我らが魔術協会というわけだ。
地域密着型の魔術協会が、そのホテルを買い取る事で取り壊しを回避。
同時に住民の不満も、まぁ多少出たものの押さえ込むことに成功。
施設の運営を町に任せることで、町に利益もある。
ただ、代わりに魔術協会の人間にはホテルの利用が格安になってしまうが、そんな事は些細な事だ。
かすかとは言え、そこに純利益がある限り赤字を覚悟していた町にとっては大きな変化だ。
だから町は今でも魔術協会に頭が上がらない。
っとまぁそんな変な歴史を持つホテルに到着して驚く。
「……なんで姉さんがいるの?」
「なんでって、わたしの可愛い由愛ちゃんの試験を見逃すはずがないじゃないの」
なんて事を言ってくる。
「……はぁ。まぁ立会人なら構わないと思うけど……。で、俺の試験監督って何処にいんの?」
そこで姉さんは得意げに、いかにも褒めて褒めてといった感じで自分を指す。
溜め息が出るな、まったく。
「……はいはい。……姉さんが試験監督な訳ね。……じゃ、立会人は?」
さらに嬉しそうに姉さんは自分を指す。
俺は嫌な予感に冷や汗が出る。
「…………もしかして、……両方とも姉さんがやるって事はないよね?」
この時の満面の笑みを忘れないだろう、後にも先にも。
その悪戯が成功したかのような子供っぽい顔を……
「ピンポンピンポ〜ン。ねっね。すごくない!」
(…………あ、頭イタイ)
あまりの事に絶句してしまう。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「……えっと、褒めてくれないの?」
分かってませんよ! この人。
痛む頭を押さえて俺は言う。
「……姉さん。それは職権乱用という名の大罪ですよ」
「…………大罪なの?」
「お天道様が許さない程の大罪です」
俺はここぞとばかりに大げさに言ってやった。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……ま、まぁ。やっちゃった物は仕方ないよね?」
……姉さん……滅茶苦茶、目が泳いでます。
なんて姉さんとコント紛いの事をしていると、背中がゾワリと粟立った。
そう思った時には姉さんに突き飛ばされて床を転がってたんだけど。
突然、このホテルに現れた男に姉さんの誰何の声が飛ぶ。
「……誰なの?」
腐ってもランクAって事かな。
(って思った事は内緒にしとこう)
「……ようやく見つけましたよ、テス」
しかし、そいつは姉さんを相手にもしないで、まっすぐに俺を見る。
(こいつ……何処かで? …………!!!)
「おま、おまえ……!」
動揺する俺を姉さんはちらりと見やり、自分の背後に俺を隠し男と相対する。
その姉さんの後ろから身を乗り出すように相手を確認する。
(……間違いない。コイツあの時の!)
その男は俺の前に立った姉さんに、初めてその存在を認知したとばかりに目を細める。
「誰だか知らないけれ……!!!」
姉さんの言葉の途中で、男は無造作に手を姉さんに向ける。
そこから、一瞬で姉さんの元に火の塊が飛んできた。
間一髪で姉さんは自分の手に即興で魔術を行使、
火の塊を自らの手に作り出した薄い水の膜で包むようにした。
単純に水で火を消すんじゃなくで、包むことによる酸素の低下により火を鎮火する。
その水の膜の中では、火として燃えていないだけで実際は高熱である。
そして、その温度を下げる為の水だ。
男の手から火が放たれて姉さんの元に来るまで、約一秒。
その間に姉さんは水による魔術の行使、次の二秒で包み込み高速鎮火。
ここで、本来なら中を冷やして安全を確認して魔術を解く。
しかし、姉さんはその予想を裏切った。
何も迷わずに、そのまま相手に投げつけた。
姉さんが受け止めて、相手にぶつけるまで僅か4秒。
その水の膜は男にぶつかると一気に燃え上がる。
まさに男は自分の火をそのまま受け止める形となった。
その5秒にも満たない間に、姉さんはそれだけの事を成し遂げた。
普通この世界の住人は魔術を飛ばす事はしない。
しかし、相手の魔術を返す場合は例外だ。
何せ自分の力をほとんど使う事なく攻撃できるからだ。
(これがAランク……、これが、あのいつも巫山戯ている姉さんなのか)
一瞬の判断、反射神経、動体視力、知恵とそれらを元に裏付けられた経験。
俺から見れば全てに無駄が無いように思える。そしてこの強さでさえ、Aランク。
そして、姉さんが返した火の中から、何事も無かったかのように出てくる男。
(次元が……違いすぎる)
姉さんと男の間で飛び交う魔術の攻防。
火が飛べば、包んで返す。
電気が飛んでくれば、水を飛ばし空中で電気分解。
その水素と酸素に小いさな火をぶつけての爆発させての攻撃に移行。
水が飛んで来れば、自分の周囲に電磁力を作り出して
電磁誘導を起こし、水をそのレールに乗せ、その勢いをさらに増し相手に返す。
姉さんには見えないエネルギーの塊が飛んできても、慌てずに自らの前に小さな水素と、そのすぐ後ろに小さな火を放つ。
その後を自分でも追いかけて、それらがエネルギーの塊と衝突。
そして、発生する爆発による爆風。
それを魔術により肌の感度を上げた状態で感知する。
その感じ方の違いでエネルギーの形状や進行方向を判断して回避。
そのまま前進して相手との距離を詰め自らの間合いに持って行こうとする。
しかし、男が簡単にそれを許す訳もない。
姉さんは、男の攻撃を回避し、受け流し、いなす。
そして時に、相手の力を利用しカウンターを放ち、攻撃に移行していく。
俺にはついて行くことすら出来ない次元の戦い。
一見すると互角の戦い。いや、姉さんが押しているようにも見える。
しかし、エネルギーの流れが見れる俺には分かる。
男が周囲のエネルギーを使って攻撃しているのに対して、姉さんは自前のエネルギーしか使えない。しかも、姉さんは不得意な分野である遠距離での攻防だ。エネルギーの消費も半端なもんじゃない。結果は火を見るよりも明らかだった。
と、唐突に男が間合いを空けて姉さんから離れる。
姉さんも追いかけるような事はしなかった。
いや、出来る状況じゃなかった。何せ姉さんには、情けない事だけど『俺』という足手纏いがいるのだから。
「……どうして、見ているだけなんですか。テス、貴女らしくもない」
男が俺に問いかける。
「……俺はテスなんて名前じゃないし、お前なんて知らない」
信じてくれないことなんて百も承知だ。
そんな俺の返答に、男は眉を顰める。
「訳の分からない事を……。まぁいいです。毎回の事ですが戻って来る気はありませんか、テス」
コイツの事もこの体の持ち主の事も、俺は良く知らない。
だから、聞きたい事だけを聞く。
「……お前に初めて……いや、この前会った世界と、この世界。本当に違う世界なのか?」
実は俺にはまだ、信じられない事の一つだ。
「何を当たり前の事を……、私が苦労しなくては見つけることが出来ないような場所に来たのはテス、貴女の方でしょうに」
姉さんは静かに聞き耳を立てている。
姉さんのエネルギーが少し回復している。
二人で逃げるためにも、せめてもう少し時間を稼がないと……。
「俺はテスじゃないって言ってるだろう」
「…………意味が分かりません。貴女がテスタメント以外の何者だというんです?」
「……それ、は…………」
そうだった。こっちの世界に来た時に自分の名前が思い出せなかったんだ。
自分でも気づかない内に、すっかり「由愛」として馴染んでしまっていた。
「それに貴女のせいで私が後始末をしたんですよ、テス」
「後始末……?」
「後始末は後始末です。あなたがこの世界に転移した時に姿を見られた男の事です」
(……俺が転移した時に居た男?)
「……そんな奴は居なかったし、居ても知らない」
「…………何をそんなに庇っているのか私は知りませんけど。……私の名前まで教えて時間稼ぎなんて、貴女らしくない事までしたんだ。余程の理由があったんでしょう?」
奴が調子に乗って喋ってくれるのは有難いけど……。
(何だろう、……嫌な予感がする)
「……ちょっと、待てその男って」
「…………分かりました。……面倒ですがテスの頼みですし。今回はまともに会話してくれそうなので特別ですよ。確か……丁度こんな感じの男でしたね」
男の魔術で立体的に映し出された人物。
それは…………
(……は……はは……は。…………冗談だろう)
そこに映っていたのは、
紛れも無く
『俺』だった。
「……そ、その男を……どうしたって」
「いくら甘い貴女でも規約ぐらい覚えているでしょう? きちんとこの手で殺しました」
「…………………………………………え?」
理解不能、意味不明、読解無謀。
俺の脳がパニックを起こす。
嘘だ・冗談・在り得ない・間違いだ。
「…………うそ、だ……ろ?」
「こんな事で冗談を言っても意味のない事です」
もしかしたら、元に戻れるかもしれない。
コイツを見た時、そう思ってたんだ。
そんで、いきなり問い詰めようにも勝てなさそうだから、一度身を引いてから捕まえて……
なのに何だ? ……もう死んでるって、『俺』が?
まさか!
だって、今ここで『俺』は生きて……て?
でも死んでる……?
でもコレは俺じゃなく……て?
……ん?
でも、ココにいる俺って?
アレッ?
俺……死んで……て?
……じゃあ、俺って
……ダレなんだ?
「……えっ。あ……え? ……あ、あれ?」
分からない、解らない、判らない、わからない、ワカラナイ……ヨ。
分からならわラナ判ないかななから解からいか? らない……ららいか解から?
頭グチャグチャで
意味解かんなくて
自分がダレが知らなくて
なんか良くわかんないから
だから俺は全部、ぜんぶ、ぜ〜んぶ?
メ の マエ の オトコ に ぶつけた。
「……ぅぁぁあああぁぁあぁぁああ? ぁああああぁあ」
俺がこの世界で頑張った事。
その全てと俺の存在が世界から完全否定された瞬間だった。
…………………………………………………………………………………………………………
由愛ちゃんとこの変な奴の会話のほとんど意味が解からなかったけど。
だんだん、顔色が真っ白になっていく由愛ちゃんに私は不安を拭い切れなかった。
「……えっ。あ……え? ……あ、あれ?」
由愛ちゃんの呆けた声を聞いた時。
自分の判断が致命的に遅かった事を理解した。
そして由愛ちゃんが……
壊れた……
「……ぅぁぁあああぁぁあぁぁああ? ぁああああぁあ」
そんな由愛ちゃんを何処か遠くから見つめる自分が居る。
(あぁ、やっちゃった……)
私は駄々をこねる子供のように魔術にすらなってない、
ただのエネルギーの塊を男にぶつけ続ける由愛ちゃんを、
冷静に見ている。
男は困惑した顔で、その威力だけの狙いさえ定められていない攻撃を弾く。
「……何、なんですか。いったい……」
やがて、力尽きて由愛ちゃんは足をハの字にしてへたり込む。
その目の焦点は合っていない。
私は名前も知らない男に向かって歩き出した。
男が私に気づく。
そして徐々に何かを理解した顔になる。
男は表情を歪めて言った。
「お前か……お前のせいか! ……ゴミの分際で私のテスを!」
そして見事な勘違い。
男の自分勝手な意見に私は問いかける。
「……だったら? …………だったら、どうだって言うの?」
「テスタメントを! ……テスを!」
そこで一度区切り後は息継ぎさえせずに男は言う。
「生かすのも 殺すのも 壊すのも 潰すのも 絶望させるのも 希望を持たせるのも 全部 全部全部 全部全部全部 私のすることだ!!!」
興奮して息を荒げながらも、ぎらついた瞳で私を見てくる。
「ゴミの分際で、ゴミ風情が、私のテスを勝手に壊すなぁ!!!」
怒鳴るような狂気の声に、私の心は少しも動かなかった。
(……あぁ、腐ってる)
そう思ったぐらい。
こんな人が由愛ちゃんに関係のある人だなんて、由愛ちゃんを壊した人だなんて
それだけで、どうしようもないほど心が冷える。
コイツが何か言う度、する度、その目で見てくる度。
自分が昔に戻っていく、そんな気がする。
そんな事はないんだけど……。
こんな奴に私の用はない。
男をほったらかしにして、私は足を止めて由愛ちゃんに振り返り優しく言った。
「……由愛ちゃん。……由愛ちゃん。…………もう聞こえてないの……かな?」
何の反応も示さない由愛ちゃんが悲しい。
この子には、もっともっと笑ってて欲しかった。
(もしかしたら、もう笑ってくれないかも……)
そう考えるだけで、酷く辛い。
私は姉として、何も……何もしてあげられなかった。
この子が時々、辛い表情を浮かべているのを何度も……何度も見てきたはずなのに。
私は力になってあげる事が、出来なかった。
私は、姉失格だ。
それでも、せめて姉としてこの子の未来は守ろうと思う。
由愛ちゃんの人生は、こんな狂った人に潰されていいような、
そんなちっぽけな人生じゃないはずだから。
放心状態の由愛ちゃんに言って聞かす。
「由愛ちゃん。残酷な事かもしれないけど、もし……もし、聞こえているなら良く聞いて」
私は思い出す。昔自分で犯した過ちを。
「由愛ちゃんは私のようになっちゃ駄目だよ。だから良く見ててね」
私は歩き出す。昔みたいに絶望じゃなくて、希望に向かって
「魔術を超えて『魔法』なんてありもしない幻想を目指した。愚かな女の末路を……ね」
私は笑い出す。昔のように狂った哂いじゃなくて、由愛ちゃんのような笑顔を
「由愛ちゃん、以前にこんなこと言ってたよね?
『こんな世界、俺にとって現実じゃない夢でしかないんだ』
って。覚えてるかな?」
まだ、由愛ちゃんが姉さんと言ってくれなかった時のことだ。
「今でも夢だって思ってるのかな。……でもね、それって結局の所逃避なんだよ」
そう、誰だって夢に逃げたくなる時がある。
「人間ってね。逃げてばっかりじゃ駄目になるんだよ?」
昔の私みたいに、認めたくないけど多分この男も同じ。
下手をすれば私が、こうなっていたかもしれない。
「だからね。由愛ちゃんが、ここは『夢』だって言うのならそれでも良い」
逃げ場所まで失えなんて言わない。……でも、
「殻に閉じ篭もってちゃどうしようも無いんだよ? 確かにこの世界はいい事ばかりじゃないし、辛い事も沢山ある」
初めて由愛ちゃんと会った時の事を思い出す。
「私は由愛ちゃんの過去がどんなに酷いものかも知らない」
それでも私は由愛ちゃんと一緒にここまで歩いてきたんだ。
「だから辛いかもしれない、しんどいかもしれない……けど」
だから自信を持って、これだけは言える。
「この『夢』に帰っておいで、この『夢は甘くない』けど……そこに、少なくとも『私が居るから』」
私は由愛ちゃんに言いたい事だけ言って、私を睨み付けてくる男に…この馬鹿な人に向かって歩いていく。
(……さて……っと、そんじゃいっちょ本気を出しますか)
私はこの馬鹿に教えてやろう。
如何に自分の考えている事がくだらない事かを。
私は笑う。
まだ見ぬ由愛ちゃんとの未来を確信して。
お読み頂きまして、どうもありがとう御座います。
少し蛇足と致しまして、グログロと言ってましたがお読みになられた方は解かって頂けたように、精神的に由愛が壊れたぐらいです。すみません。
ジャンルとしましては、ちょい絶望ぐらいです。
最後に鏡花さんが本気出す的な事を言ってましたが期待はしないで下さい。
この話で鏡花さんと男の戦闘はもう終わってるので次回は戦闘って感じじゃないです。