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第2話:お風呂は苦手……

鏡花(きょうか)さんの家に着くなり言われた事は

「……君、ちょっと臭うね……」

 だった。


 確かに、まともに風呂なんかに入っている余裕なんかなかったし、自分でもちょっと…いや、かなり臭うかなぁと思っていたけど、こうもはっきりと言われるとなんか…傷つくよな。


「あぁもう、そんな顔しない。男の子でしょ。……とにかく、お風呂入ろうか」

 正直有難かったが、ほとんど初対面の人間の前で裸になる勇気は流石にない。

第一、もし何かあった時に悠長(ゆうちょう)に服なんか着てたら逃げることもままならない。


(臭いを我慢して安全を取るか、はたまた危険を承知の上でさっぱりするか……)

 なんて悩んでいたんだけど、鏡花さんは俺の手を取りバスルームまで連れて行く。

一瞬、振り解こうかとも思ったが止めておいた。


普通、人間の鼻ってのはキツイ臭いでも時間が経てば気にならなくなるもんらしいが、

自分の臭いが鼻に()くという事はつまり……

(あぁ駄目だ。この先は考えちゃいけない気がする……)


 変な事を考えている内にバスルームに着く。

素早く扉に鍵が有るかを確認。思わず舌打ちをしたくなるのをぐっと耐える。

俺の目に映ったのは脱衣所にすら鍵がない、そんな光景だった。


やはり入るのは遠慮しとこうか。と考えていると目の前で鏡花さんが服を脱ぎだした。

悲しき男のサガでマジマジと見つめてしまいそうになる。

というか見つめてしまった、引き付けられるように目が離せない。


 しかし、鏡花さんの白いお腹が見えた瞬間に目を逸らしてしまった。

……悲しきチキンハートのサガである。

(……目を逸らすのは間違ってないはずなのに、なんだろうこの哀しさは……)


 ぽかっ。と鏡花さんに頭を叩かれて注意される。

「ボーとしない。早く服を……」

 でも、鏡花さんは途中で言葉を区切った。

何故なら、俺が後ろに振り返って逃げたからだ。

……実際には、逃げようとして足を絡ませて転んだんだけど。

別に鏡花さんの体をみるのが恥ずかしかった訳じゃない。


 頭を叩かれて反射的に逃げてしまった。

多分この1年で染み付いた回避行動のくせ、なんだろう。

分かってる。

鏡花さんが良い人だと頭では理解している。


でも、俺の心はそれを裏切り鏡花さんを全く信じていなかった。

自分がちっぽけな人間に思えて酷く(みじ)めな気持ちだ。


そんな俺を鏡花さんは抱き起こして、こう言った。

「お姉さんの裸に興奮しの? この、おませさんめ!」

 鏡花さんの目は言葉とは裏腹に笑っていた。


(さと)い鏡花さんのことだから、俺が何かに脅えているのも分かるはずなのに。

そのことに何も触れず優しく頭をなでてくれた。

髪に触れるか触れないかぐらいで何度か撫でられた。


 その後、俺が抵抗しない事が分かると徐々に強く撫でてくれて、

空いてる片方の手も背中に回され軽く叩くようになり。

最後は自分の腕にかき抱くように俺を抱きしめた。


俺は抵抗しなかった訳じゃなくて出来なかった。

頭を撫でられた辺りから頭がグチャグチャで体が硬直していたんだ。


子供扱いするなとか、何も知らないくせにとか、慰めや同情なんか要らないとか

そんな事を取り止めなく考える。

自分では怒っているつもりだった。

でもそれは違ったんだ。


 鏡花さんが俺を抱きしめた時、俺の震えが止まった。

震えが止まった事で初めて自分が震えていた事に気が付いた。


自分以外の人の匂いに。

暴力を振るわないその腕に。

優しさから来るその温もりに。


俺は自分の思い違いに気づかされた。

構ってくる鏡花さんを怒っていたわけじゃなくて、

鏡花さんが本当に俺を受け入れてくれるのか、

他の人みたいに裏切らないか、

そんな事が、たったそれだけの事が、ひたすらに恐かった。


「……うぁ、……ぁぁあ…………ぅぁうう」

 こっちの世界に来て三度目の涙。

一度目は惨めさに、二度目は失くした希望に、そして、三度目は喜びに。


嬉しくて泣く事なんて現実に有り得ないことだと思ってた。

安堵して涙を流すなんて映画の中の話だけだと思ってた。

胸の詰まる思いなんて自分には一生関係ないと思ってた。

でも、そんな事はなかった。


嬉しくて、

安心できて、

離れたくなくて、

もっと触れていたくて、

零れ落ちる涙を制御出来なくて、

声に出して伝えることが出来ないほど胸の詰まる、

そんな温かい気持ちが俺の中にあったなんて知らなかった。


 頭の中は真っ白で、蛇口の壊れた水道のように流れる涙は止まない。

俺に出来たのは、声が漏れないように唇を噛み、泣き顔を見せないように鏡花さんの胸の顔を(うず)め、力の限り鏡花さんの腕にしがみ付く事だけだった。


そんな俺に鏡花さんは何も言わなかった。

時折俺の口から漏れる唸り声の様な声が聞こえなくなるまで、バスルームは一枚の切り取られた静謐(せいひつ)な絵画のように、その存在を維持し続けた。


生きる意味を見失って一度は神様なんて居ないし助けてくれないと思ってた。

(神様、疑ってごめん。そしてありがとう)

 都合のいい時だけ求めるなんて自分でも勝手で現金だとは思う。それでも…


(俺はもう少し、もう少しだけ、この人となら)

(鏡花さんとなら、悲しみに満ちていたこの世界でも生きていける。そんな気がします)

 俺の心の扉が大きく音を立てて、(わず)かに開いた瞬間だった。




 涙も出尽くした後、俺は放心状態で鏡花さんの腕の中に居た。

どれぐらいの間そうしていたんだろうか。

「………………へっ、…………へっ、……へっ、へっくち!」

 豪快かつ可愛らしいという謎の(ただ、豪快なだけなんだけど、(のち)に鏡花さんが怒って、せめて可愛いを付けろって言われた)鏡花さんのくしゃみで我に帰った。

顔を上げると、はにかんで笑う鏡花さんとバッチリ目が合った。

「あはは。……お風呂入ろっか?」

 かろうじて頷いたけど、俺は自分でも分かるぐらい顔が熱い。

何て言うか恥ずかしい。多分、顔中真っ赤になってるはず。


(泣いた後って、無茶苦茶恥ずかしいぞ)

 よく考えたら自分とそう年の変わらない女の子の腕の中で泣いたんだ。

カッコ悪いとかそんな気持ちはないけど、ただひたすらに恥ずかしい。


「……わぁ真赤っ赤。顔だけじゃなくて耳も、うわ、首まで真っ赤になってる」

 どうも顔だけじゃなかったらしい。しかし、改めて言われると本当に恥ずかしい。

目の前がチカチカと点滅する。

俺はこれ以上見られては堪らないと、思いっきり顔をブンっと鏡花さんから顔を背けた。

少し長い髪の毛が頬に当たる感触がある。


「ッ〜〜可愛いぃ!」

 思わず漏れたと言う感じの鏡花さんの声が聞こる。これは効いた。

普通ならテンションが下がるんだけど、なんか鏡花さん言われると悪い気はしない。

(って、可愛いって言われて喜んだら、ただのヘンタイじゃないか!)


 その事がまた無性に恥ずかしくて、なんで俺だけこんな思いをしなくちゃいけないんだ、

という逆恨み的な気持ちで鏡花さんを半分睨み付ける。


そこでニヤニヤと笑う鏡花さんと、その綺麗な裸体と、からかい見つめる目を見てしまう。

恥ずかしさに限界はないんだろうか。というぐらいに恥ずかしい。

乾ききったと思っていた涙が目の端に溜まるのが分かる。


 前のやつ訂正。恥ずかしくても涙は出てくるようです。

鏡花さんの笑みが深くなる。

「うんうん。目に涙を浮かべた少年か……絵になるわね」

(絵になんてなるわけないじゃないか!)


 腕の裾で乱暴にグシグシと目を拭き、今度はキッと鏡花さんを睨み付けた。

「そんなに、睨んでもちっとも恐くないわ。こっちにおいで、お姉さんと一緒にお風呂に入りましょうねぇ〜♪」

 そう言う鏡花さんの顔はだらしなく緩んで崩れている。

(冗談じゃない。そっちに行ったらどんな恥辱が待ち受けているか)


 ジリジリと迫り来る鏡花さんに、俺もジリジリと後退する。

鏡花さんの目は既に野獣のそれ。仕舞いには背中にドアが当たる感触で逃げ道を失った事が分かる。

(や、やばい、もう逃げれな…………ん?そうだよ逃げればよかった)


 急いで背後のドアノブに取り付き回す。が、回らない。

(ちょ、ちょと、待て待て待て、なんで!)

「あぁ、そこちょっと建てつけが悪くて、コツがいるのよ」


 そう言う鏡花さんと俺の距離はもうほとんどない。

「ほら。捕まえ……あれ?」

 手を伸ばす鏡花さんの脇をすり抜け俺は反対側までダッシュする。


しかし、それもただの時間稼ぎにしかならない。

なにせ、逃げ道であるドアが鏡花さんの後ろにあるということだから、後は捕まるだけ。

一度脇を抜けれたけど今度は鏡花さんも警戒するだろう。

俺は脅えたウサギのごとく食べられるのを待つしかなかった。


 それを知ってか鏡花さんもゆっくりと距離を詰める。

その笑みは、先ほどまでの聖母の様な微笑みじゃなくて、魂の取引に成功した悪魔の笑い。

両手を広げて迫り来る鏡花さん。でも、そんな事をすると見えてしまう。

目を逸らしながら必死に脱出方法を考ようとするが全然いい案が浮かばない。


(何で見られてる方より、見てる方が恥ずかしがってるんだ)

 実際にはほとんど見ていないのだけれど、真正面に立たれるとどうしてもチラチラと見えてしまう。かといって後ろを向けば嬉々として襲いかかって来るだろう。


恐怖とそれを上回る恥ずかしさで、どうにかしてしまいそうだ。

目の端に再び涙を浮かんだのでグシグシと素早く拭ったのだが、野獣と化した鏡花さんがそんな隙を見逃すはずもなく。


 俺は鏡花さんに飛びつかれて押し倒された。

鏡花さんの柔らかな体の感触と、その顔に浮かんでいる恐ろしい笑みと、限界を超えた恥ずかしさに俺は自分の頭の血管が、ぶちっと音を立てるのを聞きながら気絶した。





 この後の事は恥かしすぎて思い出したくない。

結局、鏡花さんにからかわれ続けて2回気絶して、1回鼻血を噴き出した。

出来れば忘れたい記憶だ。

でも、忘れられそうにない事が3つ。


1つに鏡花さんが俺を裸にひん剥いた時の、男の子じゃないと分かったガッカリした表情と「…………これは、これで……」という(つぶや)きと妖しく光る(まなこ)

 ……この時は、体中が凍りついた。

2つに自分の体から出てくるヘドロの様な黒い液が、洗うたびに出てくること。ホラー映画よりもある意味恐ろしかった。


 最後に鏡花さんの綺麗な体。

これはむしろ忘れてはいけない事。

後にも先にも俺が鏡花さんの綺麗な体を見たのは、これが最初で最後だから。

お読み頂きありがとう御座います。

そろそろ主人公の名前を出そうかなと思います。


修正についてですが、今回は誠に申し訳ないのですが、感動も何も意味が不明過ぎる部分があり自分でも…読み返して「何処が感動なんだろう」みたいな事になってましたのでそこの修正を。

また、サブタイトルも変更致しました。

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