番外編:光の向こう側へ
時系列は5〜6話ぐらいのリナウンスの話しです。
(して、やられました……ね)
あの女、自らの腕を代償に周囲の魔力を全部
無秩序に解放するなんて。
(……でも、あの女が使い道を理解出来れば……)
テスが夢を叶える事も出来るかもしれません。
どうもそれを見ようにも時間が……なさそうです。
(神様は最後の最後まで、私の事がお嫌いのようで)
この体は……もう、ダメですね。
せめて、最後ぐらい愛した人の腕の中で眠りに就きたいものです。
そう言えば……
私は……僕はいつから彼女を、目で追うようになったんでしたっけ?
初めは成績優秀なくせに態度の悪い子供がいる。
そう聞いて、
「そいつは馬鹿な奴だ」
ぐらいにしか思って無かったはず……
確か……そう、模擬戦の時だ。
あの時は何の模擬戦か分からなかったけど、今思えば人の殺し方講座みたいなもんだった気がする。そして僕には人殺しの才能があったのか、今まで誰にも負けた事が無かった。
そんな幻想をたった一戦で、打ち砕かれたのを覚えている。
今でも忘れられない1分と42秒。
そう1分42秒だ。
完敗だった。
たったそれだけの時間で、僕は彼女の前に膝を付いていたんだ。
彼女には傷一つ与える事すら出来なかった。
僕の全力は彼女にうっすらと汗をかかせただけ。
何の言葉も無く立ち去る彼女に、僕は思わず声を掛る。
「……ねぇ! ……君! ねぇってば! ちょっと待ってよ!」
距離からみても聞こえているはずなのに、彼女は僕の方を振り返る事なく演習場を出て行った。
これが、僕とテス……テスタメントとの最初の出会いだ。
その後の僕は半分以上、ストーカーじみた事をしたもんだと思う。
彼女のコードネームも次の日には他のやつから聞き出したし、
彼女の訓練内容とも一致するようにワザと変更したり、
彼女の通る道に張り込んだりしながら、彼女に根気良く話しかけた。
そんな努力も虚しく彼女が僕に返事を返してくれる事はなかったけど、
この時にはもう、半分意地で話し掛けていた。
どうしてここまでするのか、と言われた事もあったが自分でも良く分かっていなかった。
意地が半分なら、もう半分は胸の中の何かモヤモヤしたものだろう。
1ヶ月が経った頃からだろうか。
いつものように僕がテスタメントに声を掛けた時の事だ。
彼女が朝からイライラしてたのには、何となく気付いていた。
「おはよう。テスタメント」
それでも、僕はいつもの日課のように声を掛けた。
「………………」
初めはいつもの無視だと思った。
でも、良く見ると彼女の肩が震えている。
だから体調が悪いのかと僕は思い、直接テスタメントに問いかけた。
「……どうしたの? テスタメント? 大丈夫?」
「………………うるさい」
どうも体調不良、というわけでは無さそうだ。
にしても、初めて返してくれた言葉が『うるさい』っていうのは、
あんまりじゃないだろうか。
でも、それならいったい何が彼女をここまで不機嫌にさせているのか。
気になった僕はさらに問いかける。
「テスタメント?」
「………………」
「……テスタメ……」
「……ッ!!!」
すると彼女は突然、僕の胸倉を掴み、
その勢いのまま壁に押し付けて
突き刺すような瞳でこう言った。
「……黙りなさい……私をそのネームで呼ばないで」
そのままぐいぐいと締められている首に手を入れて、
何とか気道を確保し声を出せるようにしてから問い返す。
「……ケホッ……ケホ。……じゃ、……なんて……言えば?」
僕の口から若干嗄れた声が出る。
その問いに彼女は更に視線を鋭くして、ただ黙り込む。
僕はこの時、初めて彼女を間近で見た。
こんな状況にも関らず、僕は彼女をじっと観察したのを覚えている。
僕より少し小さい背で、肩口で切り揃えられた短い髪の毛。
前髪が少し目にかかっていて、髪に隠れた目は今はつり上がっていて、
瞳の色は黒かと思っていたら薄いブラウンが混じっている。
口は歯を剥き出しにこちらを威嚇しており、それを見てこう思った。
(笑うと、どんな顔になるんだろう?)
僕は彼女の笑顔を見た事がない。
いや、多分ここにいる人は全員知らないんじゃないかな。
だから僕は引き寄せられるように、
自分の気道の確保も忘れ、彼女の口元へ手を伸ばした。
そして僕は……
彼女に投げ捨てられた。
スタスタと歩き去る彼女を咳き込みながら目で追う。
僕は地面に投げ捨てられた時に打ち付けた所が痛く、転がったままその箇所を摩り彼女を見送る。
と、突然彼女が振り向き言う。
「……次、もう始まるから」
腕に付いている時計を見ると確かに時間だ。
目を戻すと彼女はその場で立ち止まり僕を見ている。
てっきり歩き去るものと思っていたのにどういう事だろう。
「…………?」
何故か彼女からイライラとした感じが伝わってくる。
「……早くしなさい。……行かないの?」
(……もしかして、待っててくれてる?)
それだけを言って、さっさと行こうとする彼女の背中に叫ぶ。
「ま、待って僕も行くから!!」
きっとこの瞬間に僕の人生が決まったんだ。
懐かしい思い出。
結局、その後も笑顔を見る事は出来なかった。
彼女が狂気に取り憑かれる前の……彼女の弟が死ぬ前の、
何も知らない僕たちの、夢さえ抱けた頃の記憶。
色んな事があった。
楽しい記憶なんて殆どないけど、彼女が居ればそれだけでよかった。
(……もう一度、テスに……会いたい)
それは、叶わぬ願い。
(テスは、もう次の世界に飛んでしまったでしょうね)
弟の、父の、母の、『生きている』平行世界を目指して。
そこには『その世界の自分も居る』事を分かっていて、それでもなお。
『自分を殺して』まで、手に入れたがっていた世界。
(せめて、私の手でその自分殺しという最大の罪を終わらせたかった)
(私は、間違っていたんでしょうか? テスと一緒にその世界を探せばよかったんでしょうか?)
それも今となっては、どちらが正しいのか、それとも両方間違いなのか分からない。
どれ程の時間が過ぎたのか、光しか感じられなくなっていた目がかすかな影を捉えた。
「…………テス……ですか?」
ありえない。
そんな事は分かっていた。
でも、希望というのは中々捨てられないもの。
「…………あぁ」
だから、そう返って来た事に驚いた。
とにかく、何か言わないと。
そう思い口の周りに付いていた邪魔な物を退かす。
一気に苦しくなるが、話せればそれで良い。
(最後に貴女に会えて良かった)
(私は貴女を殺せなかった。止めてあげる事が出来なかった、せめて楽にしてあげたかった)
(私以外の手でテスが消えて欲しくない。だから、逃げなさい。貴女の夢見る世界はいまだ、その手に掴めていないのでしょう?)
(例え、私が死んでも、次が来ます。だから……)
話す内に自分が何を言っているのか、それとも言えてないのか、理解出来なくなってきた。
だから、せめてこの命が消えてしまう前に、テスに会えなくなってしまう前に。
たとえ他の何を代償にしてもいいから。最後に、願いが叶うなら。
(後一つ……一つだけ)
「……テス……お……願いです……手を……」
目の前は暗く、頭も朦朧としていたけど、何かが手に触れる感触が伝わる。
既に私の手は熱さも冷たさも感じなくなっていた。
それでも、やはり。
「……あの時と……同じ……貴女の手は」
初めて任務を任された時、周りが死に絶えて、私とテスしか残らなかった。
生を諦め掛けた私に、貴女はこちらも見ずに手を握ってくれた。
その時の彼女の手はとても冷たかったけど、
自分もボロボロの中で、
ただ、黙って握ってくれた手は、
励ますように握ってくれた手は、
その手は今と同じで、とても
『暖い』
『僕』はその温もりを心で感じながら、彼女に向かって問いかける。
(もし、また出会えたら僕は君と手を繋ごう)
(君と一緒に手を繋ごう)
(君を見ながら微笑もう)
(そうすれば、きっと君も…………)
僕は深い、深い眠りに誘われた。
光の向こうで誰かが居る。
その人は家族らしき人達と食卓を囲んでいた。
父と母と二人の子供。
その子供達は、こっそりと父親のお皿に自分の野菜を放り込む。
それを見咎めた母が子供達を叱り、
子供達は下を向いた先で顔を見合わせ舌を出し笑い合う。
それを見てさらに母が怒り、父が苦笑する。
ごく普通の、何の変哲もない、ありふれた家庭の出来事。
すっと、子供の一人が、僕を見る。
その子の前髪は瞳に掛っていて、その瞳は黒に薄いブラウンが混じっている。
あと……少し僕より背が低いかな。
そんな女の子がこちらに歩いて来る。
他の三人がすっと、消えていく。
その子は僕を見て
そして
満面の『笑顔』で、こう言った。
「……今まで、ありがとう」
彼女は僕に笑いかけながら、手をこちらに差し向ける。
「それじゃ……行きましょうか」
彼女が差し出した手を見て、彼女の笑顔を見て、そして思う。
(あぁ。こんな風に……綺麗な笑顔を……)
(こんなにも、まっしろな笑顔を浮かべる事が出来るんだ)
その綺麗な笑顔は、僕の肩から重たいものを奪い去っていった。
(僕の見たかったものは、コレだったんだ)
僕は彼女の『暖かい』手を取り、彼女に『笑顔』を返してこう言った。
「……うん。行こうか!」
僕達はゆっくりと。
道を確かめるように。
笑い合いながら。
光の向こう側へ歩き出した。
お読みいただき有難う御座います。
本当は、本編終わってからコレを出すつもりだったんですけど、こんなお茶を濁す感じですみません。
ちょっと今、家庭内でごちゃごちゃしてて、暫く書けませんとこの場を借りて言っときます。