第13話:帰還
私の声に反応するものはないはずだったのに。
「…………チェック、メイト。姉さん」
「……えっ?」
でも、振り返ったその先に、もう見ることはないと思っていた姿があった。
男の姿じゃなくて、私の見慣れたその姿の人が微笑んでいた。
体のあちこちがボロボロで、それでも曇ることの無い気の強そうな笑顔があった。
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「……由愛、ちゃん? な、なんで」
「姉さんと話してる時に、ちょっと小細工をさせて貰ったんだ」
そう簡単な事、自分の周囲にエネルギーを微妙に形作っていき、隙を見て脱皮するように抜け出したってわけ。後は光の屈折を利用して鏡花さんの目を誤魔化していたって事。
どうも、魔術で俺の男性体を無意識的に形作っていたみたいで、脱皮した後は見事に……まぁ、うん。……どうりで痛覚が鈍いと思ったんだよ。分厚い鎧を着てたみたいなもんだもんな。
「……じゃ、今の……全部、聞いてたの?」
「……あぁ、うん。まぁ、聞こえた範囲は、ね」
「う〜〜……あ゛〜〜」
頭を抱える鏡花さんに一言告げる。
「……無駄じゃなかっただろ?」
「んあ゛〜〜…………?」
「……だから、ほら」
そう言って地面を指す。
「俺は姉さんを一歩以上動かしたぜ?」
「…………?…………ッ!! その為に声を掛けなかったって言うの!!?」
「いやいやいや、待って、待って、違う違う違う!!! 本当に動けなかったんだって、殆どエネルギー使った後だったから」
ふしゅるるる。と唸る鏡花さんを見るのも久しぶりのような気がする。
「……ふぅ。まったく由愛ちゃんには負けるわ」
「俺は姉さんに勝てる気がしないよ……」
あちこちボロボロだしな。
「……帰ろうか、姉さん?」
今まで緩んでいた鏡花さんの表情が硬くなる。
「それとこれとは話が別」
「…………泣いてたくせに」
「んなっ!! そう言う事は言わない! 女心を少しは考えなさい!!」
意固地になった鏡花さんは後ろを向いてしまう。
今のやり取りで、分かった。
俺の人生には鏡花さんが絶対に必要だ。
だから俺は、自分のために、
「……姉さん」
「…………何よ?」
鏡花さんを後ろから抱きしめ、
「……愛してる」
残酷な言葉を言う。
「……な、ななな何言ってるの!?」
女同士では結婚は出来ない。
出来たとしても、子供は産めない。
だから、いっちゃいけないのに。
その言葉を俺は利用する。
「姉さんはいったよね。夢で良いから会いたいって」
「い、言ったけど、それがどうしたって言うのよ」
「じゃ、俺が見せてやるよ。……甘々で胸焼けを起すぐらいの甘い夢を、さ」
「何、それ。……まるで告白みたいじゃない」
「みたい、じゃなくて告白してるんだよ。だから一緒に帰ろう、鏡花」
「………………バーカ。何が『鏡花』よ。『妹』のくせに生意気な!」
(あ〜あ、気付かれちまった)
どうやっても結ばれる事が無い事に、俺の気持ちがどうであれ、鏡花さんの気持ちがどうであれ、叶わぬという事に。
夢がそんなに甘くない事に。
俺は後ろから抱きしめていたので、鏡花さんの口が『……本当に、バカなんだから』と動いていた事に気付かなかった。
「……さて、と。それじゃ、その甘々な夢の為に帰りましょうか」
「……姉さん」
俺は分かっていた。
鏡花さんがこう言う事を、鏡花さんはいつも最後には折れてくれたから。
だからこれは俺の甘えだ。
「……で? どうやって帰るの?」
「あぁ、それは…………ん? どうやって帰るんだ?」
「………………」
「………………」
「………………」
「…………えっと、ごめんなさい」
「…………ぷっ。あはははははは。本当、バカ。ははははは」
やっと、姉さんの笑いが見れた。
「……で? ……ぷっくく……どうするの?」
鏡花さん、笑いを堪えながら問いかけるのは止めて欲しい。
危機感が感じられない、というか0。
「一応、翼がなんとかしてくれるって話しだったから、どうなるか分かんないけど」
鏡花さんは笑いを引っ込めて聞き返す。
「……翼君が?」
急に笑いが引っ込んだ鏡花さんに少し驚くが答える。
「あぁ、そう言われたけど、姉さん?」
「そっか、じゃ大丈夫そうだね」
鏡花さんは翼の何かを知っているんだろうか?
まぁ、いいか。
そんな事より今は、
「疲れた……ちょっと寝てて良い?」
そう言うと俺は鏡花さんの返事を待たずに地面に横たわる。
横になると体がジーンとして、どれだけ疲れていたか分かる。
眠気が一気に襲い掛かり、目蓋を開けているのが辛い。
「こらこら、そのまま横にならない」
「ごめん、姉さん。でも、今は……眠いんだ……およ?」
突然、俺の頭が柔らかいものに包まれた。
それがまた心地よくて、俺の意識を奪い去る。
(でも、これって鏡花さんの……)
考える間もなく俺の意識は刈り取られていった。
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「由愛ちゃん……って寝るの早いなぁ、全く」
余程疲れたのか、私の足の上であどけない寝顔を無防備にさらしている。
多分、この子の事だから、今回の事で色々と背負い込む事が多いだろう。
私も甘えてばかりも居られないな。
むしろ、私が由愛ちゃんに甘々な夢を見せてあげるとしましょうか。
にしても、
「ちょっと、かっこ良かったぞ。このっ!」
最後の最後まで、私に敵意を向けて来なかった。
私の汚い部分を曝け出した上で受け止めてくれた。
まるで、白馬の王子の如く……中身は女の子だけどね。
そして、最後の告白には驚いた。でも、
「あれは減点ものね。……あんな辛そうな顔で言われたって嬉しくないから」
言うなら、障害なんて何もないんだーーぐらいの気持ちで言わないと
「良い返事は貰えないぞ!」
それでも、嬉しかった。
だから、これはお礼。
「……体が柔らかいって、こういう時に便利ね」
身体を曲げて由愛ちゃんの顔と私の顔が重なる。
「私の初めてを、由愛ちゃんに」
(由愛ちゃんも初めてかな?)
とか変な事を考えながら、私も眠りに就いた。
お読みいただきまして、有難う御座います。
前書きで色々書くと、見辛いので出来るだけ後書きでまとめようと頑張ってます。
ようやく、夢の中から帰ってきたので、何とか後2〜3ぐらいで終わる予定です。
6話の時に後2〜3話といいましたが全然でした、はい。
すみません。
今考えている脳内ストーリーでは後ちょうど3話で終わるはずなので。