第12話:夢の結末
鏡花さんは下を向き、唇を噛み締めていた。
それでなお、ほっとける訳がない。
「……姉さん。ごめん、それは出来ない」
「俺は、わがままなんだ。だから、姉さんを力ずくでも連れて帰るよ」
今、鏡花さんの心を動かす事が出来ないのなら、連れて帰った後で分からせるだけだ。
俯いてこちらを見ようとしない鏡花さんが小さく囁く。
「変わったね。……まっすぐに。良い友達が、出来たんだね」
顔を上げた鏡花さんの頬に涙はなかったけど、その表情は泣き顔で。
「……だから、帰りなさい。私は貴女を殺してでも、ここから追い出すから」
暗い瞳で見つめる鏡花さんの心が動かないなら、実力で分からせるまで。
今までの会話で時間を稼ぎ、傷自体は無理矢理に塞いだ。
夢の中で痛みが少ないという事が俺の体に無茶を可能とさせた。
もう、時間稼ぎは十分だ。
「……このままじゃ、平行線になるね。……だから、そろそろ姉妹『ゲンカ』を始めようか?」
「貴女が、それを望むなら……『殺し合い』を始めましょうか」
鏡花さんはわざと声を落として俺の言葉を否定する。
鏡花さんらしい区切り方に、こんな時だというのに笑ってしまいそうになる。
「……GO ……AHEAD」
鏡花さんの悲しげなその響きに答えたのは倒れ伏した男達。
腕をもがれた者、足を飛ばされた者、頭の無い者、そいつらがゾンビのごとくノロノロと立ち上がる。
「私は機械、ただプログラム通りに玩具を動かすだけの道化。舞い踊りなさい、私の人形達」
鏡花さんの声に反応して襲い掛かってくる。
一人一人の動きが遅いとはいえ数が多い。
一人の足を払い、もう一人を手で打ち据え、団体で来たやつらに魔術で押し返す。
数で押されて、鏡花さんとの距離は縮まるどころか離れるばかり。
追い払い、転ばせ、避けて、踏み越え、振り払う。
それでも、こいつらは後から後からやって来る。
幾度となく繰り返した頃、
俺の視界を男達が覆い隠し鏡花さんが一瞬見えなくなった。
男達をなぎ倒したときには既に遅く、それまで全く動かなかった鏡花さんはその一瞬で俺に向けて魔術を放っていた。
俺も全く学習してないわけじゃない。これは予測できていたので、何とか避けるも体勢が崩れる。
(……しまった!!)
そう思ったのに鏡花さんは動かなかった。
(……何を、考えてる? …………ッ!!!)
嫌な予感に俺は体勢を整えることを諦め、半分無意識的に自分から地面に倒れこむ。
そこに『後ろ』から追撃が来た。
俺の立っていた場所で、丁度頭の位置を通り過ぎていく。
冷や汗が背中をつたい落ちる。
(……ちょっと、まずいな)
どういう原理で俺の後ろから攻撃して来たのか、全く解からない。
分からない事には、対処のしようがない。
俺の脳を直接介して誤認させているのか?
……いや、鏡花さんがこの距離で俺を操る事など出来ないだろう。
光の屈折を利用する事で俺の目を誤魔化したのか?
……動いている俺の目を常時騙す事など出来るものなのか?
それとも、ただたんに空間ごと歪めた?
鏡花さん自身が空間を跳んだ、とも考えられる……か?
何が間違いで、何が正解か。
考える間もなく、男達は襲い掛かってくる。
「……ただ、二回『撃った』だけよ。一発目は上から山なりに、二発目は真直ぐに。ただ、それだけ。貴女の考えてるような事じゃないの」
鏡花さんがまるで小学生に諭すかのように話す。
(……まるで、じゃないな。鏡花さんにしてみれば、赤子の手をひねるようなもんか)
確かにその方法なら一発目が二発目より遅くなる。
つまり、俺の目の前で見えないものを撃った、または見えないように撃ったわけじゃなくて、元々撃っていたものを待っていただけ。
鏡花さんの事だから、と考えすぎていていた。
「そいつは……ご丁寧に、どうもッ!!!」
話し合う間も攻撃が止まる事がない。
目の前が塞がれる度に警戒する。
攻撃は前から、後ろから、横から、上から、俺の予想外の場所からやってくる。
ガリガリと精神を削られていく。
このままじゃ、俺の方が先にバテてしまう。
何か打開策を用意しない事には、どうしようも無い。
しかし、俺には用意する技術も経験もなければ、考えさせてくれる余裕すら与えてくれない。
いつしか俺の息は切れ切れになり、足は前に進むより後ろへ下がる方が多くなる。
周囲の負の感情も、俺に焦りを生じさせる。
回復が追いつかず、次第に傷も増えてくる。
頭に木霊する声が耳障りだ。
<殴られたら、蹴り返せ>
<爪が飛んだら、指を飛ばせ>
<手を切られたら、腕をもぎ取れ>
<噛み付かれたのなら、喰らい殺せ>
「……お前は、うるさいんだよっ!!!」
そんな言葉と共に俺は『自分の』頭を思いっ切り殴りつけた。
「……ッ! …………」
鏡花さんの声が一瞬聞こえた気がした。
しかし、こいつは、流石に痛い。
でもズキズキとした痛みが、俺の意識をはっきりさせる。
一瞬止まった鏡花さんの動きも、その後は止む事はなく俺は避けるばかり。
避けた先で転んでしまい、男達に捕まってしまった。
こっちは息を荒げているのに、鏡花さんは平然としている。
……当たり前か。これだけやって、俺は鏡花さんを全く動かせていないのだから。
「……チェック、メイト。もう、諦めなさい」
「…………冗談。まだ、終わっちゃいないさ」
「そこから一体何が出来ると言うの? 無駄な事は止めて素直に帰りなさい」
「……無駄かどうか……は、姉さんが決める事じゃないだ、ろ?」
「……そう言うことは、私を一歩でも動かしてから言いなさい」
そう言って放たれる一撃は俺の顔の真横を高速で通り過ぎていく。
「これが、最終警告。……次は、当てるわ」
そういう顔は無表情で。
でも、だからこそ気付く。
鏡花さんの額に浮いた汗に、ずっと変わらない表情に、男達の合間にしか攻撃しない、
その意味に。
(……いっつも、気付くのが遅いんだよな俺は)
「……やってみなよ。……姉さんに出来るならね」
「…………そう。私には出来ないと思っているのなら、それは間違いよ?」
「なら、やってみなよ」
鏡花さんの手から放たれる攻撃に俺の体が跳ねる。
一撃、二撃、三撃、その度に俺の体が跳ねる。
「これで、分かって貰えたかしら?」
(やっぱりだ、やっぱり鏡花さんは優し過ぎる)
「……あぁ、良く分かった。……やっぱり、姉さんじゃ出来ないよ」
「……少し、頭を強く打ち過ぎたかしら?」
体はボロボロで、立っている事すらしんどくて、でもそれでも俺は……
「酷いな。じゃあさ、……何で、俺は生きてるのかな?」
『まだ』死んでない。
「……どう言う、意味かしら?」
「姉さん初めに言ったよね。……『殺してでも』って」
「……………………」
「ならさ……なら、ちゃんと狙えよ!! その決意が本物なら、俺の心臓ぶち抜く勢いで狙ってみろよ!!」
「ッ! そんな事、言われなくても! そのぐらい、簡単に!!!」
「………………」
「簡単に!!」
攻撃は……来ない。
「か、簡単に出来るはず……だって、私は!!!」
一秒、二秒、三秒、いくら経っても鏡花さんからの攻撃はない。
(……あぁ、もう全く)
姉さん、姉さんと言ってきたけど、鏡花さんも俺とそう変わらない年の『女の子』でしかなかったんだ。
鏡花さんの手はガタガタと震え、まともに標準が合うとはとても思えない。
「…………姉さんには撃てないよ」
「そんな事ない!!! 私は何も感じない! 人を傷つけても、人を殺しても、何の罪悪感も感じない!! だから私は…………私は!!!」
追い詰めているのは鏡花さんの方なのに、何故か鏡花さんの方が倒れそうだ。
姉さんから放たれる攻撃は、俺に当たらない。
徐々にそのスピードも失われていく。
やがて力尽きたように、その両手が垂れ下がった。
そして俺は、自分のため鏡花さんに追い討ちをかける。
「姉さん。覚えてるかな? 初めて俺に名前を付けてくれた日の事を」
(……夢見がち……か)
確かにそれもあるかもしれないけど、そんなの所詮は後付けでしかなかったんだ。
「あの後、俺。メモを見つけたんだ。……ゴミ出しぐらいは自分でやるべきだったね姉さん」
「………………それって」
「うん。多分、想像した通りのものだよ」
ゴミ出しをする時、鏡花さんの部屋のゴミを集めていると、ひらりと落ちた一枚の紙。
それは何度も書いては消し、書いては消しを繰り返していたせいか、所々やぶれていた。
真ん中に大きく書かれた『由愛』の文字。
その周りに書かれた単語に○が付けられていた。
『愛』と自由の『由』に何重にも。
そして、小さく隅に書かれているメモ書き。
【何にも縛られないように、『自由』に生きれるように、私が大きな『愛』をあげるんだ!!】
恥ずかしかった。でも……嬉しかった。
そいつが今でも取ってある事は、鏡花さんには内緒だ。
「俺は姉さんから、いっぱい貰ったんだ」
愛だけじゃない。温もりや知識、生き方ほかにも色々。
「……違うの、そうじゃないの。……貴女の向こうにお姉ちゃんを見ていただけ。何も、何も貴女に私が与えてあげられたモノは、ないの」
「たとえ、そうだとしても、俺が今日まで生きてこれたのは間違いなく、姉さんの言葉があったから。姉さんが居たからなんだ」
その言葉に、ちょっとした仕草に、俺は助けられてきたんだ。
「……でも、そんなの……そんなの本当の『愛』じゃない」
鏡花さんが本当の愛じゃないというのなら。
「じゃさ、俺が『これから』本当の愛にしてみせるよ。だから、一緒に帰ろう?」
「……本当に、何やってたんだろうね、私は」
「姉さん! それじゃ!」
でも、どこか鏡花さんは浮かない顔をしていて俺の不安を煽る。
「……嬉しいよ、本当に嬉しい。……でも、そんな『由愛ちゃん』だからこそ、ここから帰って欲しいの……」
そう言って向けられた鏡花さんの手は。
もう、震えていなかった。
次の一撃で俺の心臓は打ち抜かれてしまうだろう。
「姉さん! 姉さん! 姉さん!!!」
鏡花さんの顔は、流れ出した涙でグチャグチャになっていた。
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「……ごめんね。……今まで、ごめんなさい、ありがとう。………………バイバイ」
私の手から打ち込まれたエネルギーは、まっすぐに。
曲がることも、歪むことも、消えることもなく。
正面に立っていた由愛ちゃんの胸を目掛けて行き。
そして、その胸に吸い込まれていった。
当たった所から、光の粒になって消えて行く。
やがて、最後の一つまでもが空へと帰って行った後、
私は由愛ちゃんの居た場所まで、ゆっくりと歩き出す。
「…………上手く行かない。……いつだってそう。私がいけなかったのかな? 分かんないよ……」
私の声が虚しく響き渡る。
(……私の心は壊れてる。私は機械。……なのに、何で。……何で? こんなにも、胸が痛い)
「……私は馬鹿だ」
(分かっていたのに、もう会えないって分かっていたのに。……なのに、私は願った。どんな形でもいいから、お姉ちゃんに会いたいって)
自らの胸を抱きしめたまま座り込む。
「……同じなのに、由愛ちゃんに同じ思いをさせるのを分かっていて。……ココに居たらダメになるとか、あの子は強い子だ、なんてまた勝手に決め付けて」
(しかも自分勝手だ。……だって、もう会いたいと思ってる)
「……やっぱり、やだよ。もう会えないなんてヤだ。……夢でもいいから、由愛ちゃんに会いたいよ……」
私の声に反応するものは……ない。
お読みくださり有難うございます。
今回、大分と更新遅くなりました。すみません。
うだうだ言ってもあれなので、取りあえず次に話しにどうぞ