炎を護る
夜、都内の病室に雅と黎人はいた。
無論ソナーとレヴィルを病院に連れてきたのだ。
治療の間に警察に事情を説明した後、病室に二人の様子を見に来たのだ。
双子の命に別状はなく治療を施したので明日には退院できるらしい。
話を聞いて黎人は安心して床に座り込んだ。
「はぁ~、疲れた」
「それはこっちの台詞や……」
雅は壁にもたれながら疲れたように黎人に言い返す。
黎人は首だけをこっちに向けながら、
「さすが雅だな。あの二人相手にあそこまで戦えるなんて」
「ナイフ男自体は本気じゃなかったみたいやし。結局、何の神託力オラクルすら分かんなかったし」
「そうだよな……この状況を何とかしないといけないな」
黎人は真剣な目で見るが雅は壁にもたれつつ気怠そうにする。
雅はポケットから飴を取り出して舐めると雅は一言。
「また面倒ごとかかえるつもりなん?」
「う、だがフェルシアが狙われている以上何か対策は必要じゃないか?」
「はぁ……お人好しも大概にしときや」
呆れながら、雅はボロボロになった服を着なおしながら病室のドアに手を掛ける。
病室から出る直前に立ち止まり振り返って雅が言う。
「いくら黎人が一騎当千ぐらい強いからと言って万能じゃないこと忘れんなよ」
「雅……」
そういう雅の横顔が少し赤くなっていた。
黎人は雅の目の前まで来ると頭をポンポンと叩いて優しく余計なことを言う。
「やっぱお前ツンデレだな!」
「だれがツンデレじゃボケ!!」
黎人は雅の眉が吊り上がったのが見えた瞬間に逃げようとする。
しかし、雅は先に後頭部を掴むと病院の床に叩きつけた。
「グボォ!?」
黎人が珍妙な声を上げて床と一体化した。
まぁ、床が壊れない程度だったので致命傷には至らなかったが、黎人は次の日入院した。
全部自業自得だが。
雅は一つため息を吐くと病室から出て寮に戻った。
◇◇◇
翌日、雅はいつも通り登校するとクラスがざわついていた。
特に女子のざわめきがかなり大きい。
「どうしたんやろ?」
丁度いいところに捲がいたので話しかける。
「よぅ、捲おはよ。何の話してるんだ?」
「おっはー、ん?いや、最近物騒な事件が起きてるんだとよ」
「物騒な事件?」
雅が首を傾げてそう言うと捲はうんうん頷きながら雅に言った。
「誘拐事件が何回も発生してるらしいぜ、お前も気をつけろよな」
「ふぅん……そいえば、犯人の目撃者とかいるん?」
「んにゃ、今のところいないみたい。」
「そうなんや~」
そう言って雅が席に着くと例の問題児が登校してきた。
血色の髪をツインテールに束ねている美少女こと、フェルシアだ。
何もしていないのに、彼女はこちらを一瞥するとフンと鼻で笑って自分の席に優雅に座った。
(フェルシアは相変わらずの性格の悪さやなぁ……)
とか思わなくないが捲の二の舞はごめんなので言わない。
こういう奴を守りたいと思う黎人も大概だと思う。
なんだかんだしているうちにホームルームが行われる。
今日もまた日常は始まる。
◇◇◇
その放課後、雅が鞄の荷物を整理しているとスマホに着信がかかる。
雅は名前も確認せずに電話に出ると相変わらずの主人公様だった。
「もしもし?」
『おう、雅。今授業終わったのか?』
「……てめぇとの関係を先におわらせたいわ」
『え!?うそん!!』
「冗談やって。で、どうしたん?」
雅が教室の壁にもたれながら黎人の話を聞く。
『いや、フェルシアがいきなり俺の病室に来て「買い物に行くぞ」って言われたんだが……』
「良かったやん、んじゃ」
黎人の声が若干上ずっていたのに雅は気づく。
しかし、それを華麗にスルーして電話を切ろうとすると黎人の慌てた声が聞こえてくる。
『おおぅいい!?ちょっと待て!!』
「やだ、お前といるとリア充がうつるやん」
『それっていい意味じゃないの!?』
雅は渋い顔をしながら黎人に言う。
「つーか、お前と買い物行って碌なことがなかったから行きたくないし」
雅は中学生の頃にもショッピングモールなどで黎人とその嫁候補たちに連れてこられて買い物をしたことがある。
しかも、ショッピング中に謎の輩に絡まれたり、女子の重い荷物を持たされたり、挙句の果てには悪の組織が乱入する始末。
そのせいで肉体的にも精神的にも無傷で帰れたことがない雅にとって買い物とは戦場なのだ。
(ま、主人公様も無傷ではないんやけど一度はスケベが起きるからな!)
と刹那的に考えてしまった雅である。
年ごろの男の娘な雅だが、買い物に対して絶望しているのだ。
仮に美少女と行くとしてもそれはなしなのである。
そもそも、
「僕が一緒に行ったら意味ないしな」
『え?なんで?』
「……とりあえず、お前はフェルシアと買い物してき。気が向いたら行くわ」
『え、ちょ!?』
雅は通話終了ボタンを連打して電話を切ると鞄を背負って寮へと帰る。
何時の時代もヒロインは主人公と買い物に行きたがっている。
デートを邪魔した日には雅は無残な肉塊になってしまうのだ。
言い過ぎだって?論より証拠だと言いたい。
とりあえず、まだ死にたくない雅は自分の部屋に籠ってパソコンを開く。
なぜ開くのかと言えば、捲が言っていた誘拐事件についてのことを調べるためだ。
「とは言っても一般人が調べるのにも限界はあるけどな」
もしかするとフェルシアを狙っていた黒服達はその誘拐グループの一員かもしれない。
しかし圧倒的に情報は足りない。
唯一分かることは、行方不明になっている被害者の方々の神託力が似ているということだった。
「毒系統ってことか」
ネットの掲示板にその内容がたくさん書かれていた。
雅はネットの全てを信じるわけではないが毒というのは少し不吉に感じた。
「……この件はきっと警察がなんとかしてくれるやろ、それにフェルシア自体が炎やしな」
フェルシア自身の持つ神託力は完全に炎なので毒などとは全くの無縁である。
だから、この誘拐事件は関係性が薄いだろうと思いパソコンを閉じて椅子に深く座り眼を瞑る。
しかし気になる点が一つあった。
(じゃあ、あの黒服達の目的は何なんや?)
フェルシアを誘拐する意味だ。
ただの戦闘要員が欲しいというわけではないだろう。
精々、金持ちのフェルシアを人質にする程度。
(全く分からん……)
雅は疲れた脳を休めるために机からチュッパチャプスを取り出そうと引き出しを開けたが、
「……」
一つたりとも全くなかった。
寮に移り住んだため机にストックを全く入れてなかったのに初めて気が付いたのだ。
何故、雅がここまでキャンディを欲しているのかというと彼がただの甘党というわけではない。
雅自身がストレスの溜まりやすさが原因である。
そのために飴などの糖分を補給してストレスを緩和している。
黎人と一緒にいる時間が多いのもあるのだろうが。
雅は一つため息を吐くと制服を脱ぎ、目立たないように灰色パーカーを着た。
そして、最後にポニーテールに髪を括ると外に出る。
「今日が一番外出したくない日なんやけどな……」
雅の好きなキャンディブランドがショッピングモール以上の大きな店に行かなければ買えないのだ。
いつもなら何も考えることなく鼻歌でも歌いながら買いに行くだろう。
だが、今日は、今日だけは行きたくなかった。
嫁候補と主人公がショッピングモールにいる可能性がある今日は。
(ままま、まぁ?どうせ近くのショッピングモールにいってるはずやし!?)
双牙高校周辺には一つ大型のところがあって、品ぞろえもすんごいのである。
きっとそこに行くだろうと雅は思い、駅を幾つも超えて別のショッピングモールに行くことを心に決める。
そして、雅は財布を手に寮を出た。