友人と敵
雅の直面しているのは最悪な状況とでも言えるだろう。
仲間は一人完全に瀕死だし、もう一人は人質になっているのだ。
自分の陥っている状況に焦りつつも打開策を練っていた。
(つーか、この二人の黒服何者やねん……)
雅が並行して考えていたのは黒服達のことだった。
一人はパッと見た感じではひょろい人とガッシリした体系の男って感じ。
ひょろいのは体を刃物に変える神託力みたいだ。
しかし雅は考えている暇などなかった。
なぜなら黒服達が攻撃を仕掛けてきたからだ。
「ハッ! 餓鬼一人で何ができるってんだ。」
「……無茶無謀、尻滅裂です」
「お前、何か漢字が違うぞ………」
雅はレヴィルを担いだままでは戦えないと判断して床に優しく置く。
そして戦闘態勢に入る。
「ま、いっちょやりますか」
軽い感じで雅が言うや否や、刃黒服が左手を刃化して横薙ぎで攻撃してくる。
それをしゃがんで躱し、ガッシリ野郎がナイフで突いてくるので懐に飛び込んで腕を殴ってナイフの軌道を逸らす。
一旦雅は二人を通り越して、息を一つ整えると自分の神託力を起動させる。
小さく一言呟く。
「【全能力制御】」
雅の両手から腕にかけて闇色の刺青が描かれる。
同様に鉤のような紋様が両頬にも出現した。
その姿はまるで暗殺者だ。
雅は不敵に笑いつつ拳を構え挑発する。
「僕の本気みせたるわ」
「ほざけ!」
黒服二人は余裕の笑みを消すと一斉に攻撃してくる。
男が先にナイフを投げる。
雅は躱さずに真正面から刃の部分を指の間に挟んでつかんだ。
「な!?」
「こんな玩具振り回してたら危ないやろ?」
「マジかコイツ!?」
「……」
ナイフが止められたことに顔を驚愕で彩りつつも男は敢えて近接戦に持ち込もうと近づく。
刃黒服は隙を狙っているのか、一旦立ち止まって刃を構えるだけで留まる。
雅は近づいてきた男に神託力を使いつつ叫ぶ。
「≪攻撃特化≫!」
雅の腕の刺青が青蘭色に輝くのを確認すると、男に全力で拳を振り抜く。
体格差が遥かにあるはずの男が体を九の字に折り曲げながら吹っ飛んでいった。
黒服の内の一人を倒したが、雅が安心している暇もなく刃が目前まで迫る。
刃黒服の攻撃だ。
「……≪刃化≫」
「ッ!」
レヴィルと同じように、刃黒服の両腕が大鉈のように変わると雅を切り刻もうとする。
一撃目を雅は反射的に体を反らすが掠ってしまった。
雅の顔が苦痛の色に変わると刃黒服の攻撃が激しさを増す。
隼のような的確な狙いと蛇のような徹底さで雅を追い詰める。
それらを紙一重で躱しつつ、内心で雅はかなり焦る。
(この刃黒服がちょいと相性悪いかもなぁ………はよ黎人きてくれんと勝てへんわ)
こういう状況を何度も経験している雅は、助けが必ず遅れると知っている。
お得意のテンプレパターンである。
天賦黎人は遅れてくるものなのだ。
雅は思わずうんざりした顔でぼやく。
「どこの戦隊モノやねんアイツ……」
とか文句を言いつつ黒服に蹴りを入れて後退する。
その瞬間に、雅は脳内で自分の能力値を入れ替える。
「【全能力制御】≪防御特化≫!!」
◇◇◇
先ほども使ったが、これが雅の持つ神託力【全能力制御】だ。
端的に言うと自分の能力値を入れ替える能力である。
例えば、攻撃100、防御100、素早さ100、回避100という能力が元々あったとしよう。
【全能力制御】はこの能力値を攻撃200、防御0、素早さ150、回避50という風に振り分けることが出来る。
例と同じ要領で防御や攻撃に極端に振るとその箇所だけ激強な力を得る。
その分他の能力値が下がるデメリットもある。
◇◇◇
雅は両腕の刺青を翠色に煌めかせて、真正面から突っ込む。
刃黒服は不用意に近づいてくる雅に刃を振るうが、雅の頭部に当たった瞬間に硬質な金属がぶつかり合うような音が鳴り響く。
「……!?」
刃黒服がかなり驚いた感じの雰囲気を出していたが、仮面をしているので表情は分からない。
雅は何事もなかったかのように走り、刃黒服の腹部に蹴りを入れ込むとそのまま拳でラッシュをかける。
「うりゃあ!」
「ガッ!」
刃黒服は後ろに数歩下がり、たたらをふんだ。
その隙を見逃さずに、雅は追撃を掛けて胴体を殴ろうとすると、突然黒服の腹部が大きく膨らんだ。
(なんじゃアレ!?)
雅は異常を感じたものの、もう逃げれる距離ではない。
「……≪刃体錬成≫!!」
「ぎゃん!」
黒服の腹部から生み出された数多の剣が雅を襲う。
ドガガガガというマシンガンのような音と共に体にぶち当たる。
顔の直撃だけは腕で避けたものの、雅も痛がって後ろに下がる。
だが、
「……って床ない!?」
後方に逃げていた雅だが途中で足場が無くなったのに気が付いた。というか落ち始めた。
そう、ここは忘れがちだが屋上である。
フェンスがある?
さっきまでの戦いで無事なことの方が珍しいだろう。
「こなくそー!」
とか言いながら、雅は屋上の淵に手を掛けて落ちないようにするが刃黒服は掛けた手を足で思いっきり踏みつけた。
情け容赦なしで。
「……ていてい」
「ちょ、やめぃ!!」
雅は痛みをこらえて黒服の方を見るとWで衝撃の事実を知る。
「女性だったのか!? しかもピンクだと……!?」
「………!」
雅の痛みで顔が歪んでいた顔が一気に明るくなる。
刃黒服こと刃女の服がズタボロになったおかげで体の、特に胸部の膨らみにより分かった。
ライダースーツを中に着ているようだが、それすらも自分自身の刃で切り裂いたためか下着の色まで見えたのだ。
雅はその光景をシカと目に焼き付けて居ると、刃女は無言で両腕を合わせ一本の大剣と変化する。
「……破廉恥、死ね」
「あ」
仮面をしてるから全く分かんないけど、たぶんヤバい顔してるんだろうなぁ、と雅は思った。
刃女はそのままそれを振り下ろして、ビルを真っ二つにしてしまったのは言うまでもない。
(理不尽や!!)
雅は両腕を交差して大剣を受け止める、
しかし、衝撃を殺しきれず地面に勢いよくたたきつけられた。
神託力で強化された雅でなければ体がバキバキだろう。
それよりも深刻な事態に雅は気づく。
「やばい、二人とも落ちるやん!」
なぜなら、満身創痍のソナーとレヴィルを屋上に置いてきてしまったのだ。
現在、ビル(廃)が徐々に崩れ始めていて2人とも動けないから今の高さで落ちれば命はない。
助けに行こうとするが、刃女はその隙を見逃さずに果敢に攻め立てる。
刃女は、上段、斬り上げ、薙ぎ払い、突きなどを急所に目がけて攻撃してくる。
その激しい猛攻に怯んでしまう雅だが、途中で視界の上端にあるものを見てニヤリと笑う。
「やっと、か……」
勝利を確信した顔で雅はつぶやいた。
その言葉に刃女が不審そうに眉を寄せる。
「これでチェックメイトやな」
「……なぜ?」
「ま、上をみてみ?」
「………!」
刃女が上を見た瞬間に顔に、空中から飛んできた一本の剣が命中した。
それは黄金と蒼の装飾で作られた精巧な刃。
飛んできた出元にいる男に雅は話しかける。
「黎人よ、相変わらず遅すぎるわ」
「んなこと言うんじゃねえ……ハァハァ」
上空に息切れをしながら傷だらけの双子を担ぐ、厨二装備の黎人が半透明の足場に立っていた。
意識を失っているのかピクリとも動かない。
雅は双子の安否を確認すると、すぐに刃女を取り押さえようとする。
しかし、
「あっで!」
「雅!?」
倒れていた刃女に起き上がりざまに一閃されて、為す術もなく斬り飛ばされる。
倒した雅を一瞥もせずに肩で息をしながら黎人を睨む。
刃女の顔に付けていた仮面は完全に破壊されていた。
「……天賦黎人、やはりお前は排除対象で間違いない」
「誰だか知らねえが、仲間を怪我させた奴は許す気はねぇよ」
刃女は体から複数の刀を生み出すと両手に持って二刀流で戦おうとする。
相対する黎人は、厨二剣を肩の位置で構えると突進できるように姿勢を低くした。
一触即発の状況の中に一人の男が乱入して間に割り込んだ。
雅が一撃で吹き飛ばしたナイフ男だ。
「コラ、もう任務達成不可だろ? 撤退すんぞ。」
「だけど……!」
刃女が食い下がろうとすると、男が威圧的な態度で刃女に黒いマントを差し出す。
「No.9、わかったな?」
「……クッ!」
「つーことで、サイナラだ。天賦少年」
「待て!!」
刃女が盛大な音で舌打ちして黒いマントを男から受け取ると裏路地へ走り出した。
男もそれに続いて刃女を追いかけて行く。
黎人は逃がすまいと走り出そうとするが途中で足を止める。
そこかしこに何かの糸が張ってあったからだ。
「おりゃ!」
という掛け声とともに黎人は剣で糸を斬るが簡単に弾かれてしまう。
数分間奮闘したものの、強靭な糸のせいで二人を追いかけることのできなかった黎人であった。
「クソ、逃げられたか!!」
そう恨めしそうに声を残すのみである。
これが全ての事件の始まりだったとは誰も知らない。
ちなみに雅は隣の有人ビルに突っ込んでしまったので謝っていたことは言うまでもない。