勝利の条件
正面ではエアが佇み、後ろからは朝が複数で攻撃を加えようとしてきた。
「さいっあくな状況やわ……!」
雅は腹部に刺さった剣を見ながら悪態を吐く。
戦わなければいけない状況ではあるが、下手に抜けば出血多量で死ぬ恐れがある。
刺したままでは、戦うことはままならない。
そう思った瞬間に絆がタイミングよく立ち上がり、朝の方へと顔を向ける。
「……行かせないよ、朝」
「いや、行くさ」
絆は【血統崩牙】で剣を生み出して、朝の召喚した二人の騎士を押しとどめる。
血で生み出された大太刀と二本の剣が交わり火花を散らした。
朝と戦うこと自体に躊躇っている様子はあったが、雅の状態を見て戦闘せざるを得ないというような表情が垣間見えた。
「この人たち、本当に強い!?」
しかし、さすがの絆も〖原罪〗で召喚された騎士たちでは二人しか抑え込めないようだった。
大の大人を2人の膂力と同等な絆も大概なものではあるが。
朝だけが雅の方にゆうゆうと歩いて来ていた。
(……エアの方は動きがないけども、朝って奴が単独で殺しにかかってるな)
何かの条件なのか、エアは全く動こうとせず朝が雅を殺そうとしているのを見守るだけである。
朝は雅が重傷なのを知っていて、あえて嬲ろうとしているのか歩みは遅い。
「篠倉雅、誰も助けは来ないよ」
「……」
「君の頼りの絆も今僕の騎士たちに手一杯だろうさ」
相当な自信があるようで、その歩みの悠長さは変わらなかった。
「『ああ、どうして、僕がこんな目に』って思ってるだろう?」
(あれ……?)
だが、途中で雅はあることに気づいた。
「君が悪いのさ。絆を破滅の道へと招いた君がね」
朝の足が少しだけ震えていることに。
「泣けよ、喚けよ。死にたくないってさぁ!?そうすれば、多少は楽な死に方をさせてやるよ!」
それが興奮によるものではない、と雅は判断した。
恐らく人を殺した経験がないのだろう。
善人ではないのだろうが、悪人でもないと雅はその時点で理解した。
絶対に隙はある、と。
「……確かになぁ。僕は死にたくはないな」
「なら、命乞いしてみろよ!!」
「それはお断りやわ」
雅が当然のように言いのけるのを朝は唖然として聞いた。
「は?」
「命乞いするなんて、持ってのほかやわ」
雅の脳裏にティアの言葉がよみがえる。
――――――――『あがけ、命がある限り。お前は私の相棒だろう?』
「自分だけ助かるなんてふざけとるわ」
死ぬことが怖くて、ティアを助けることができなかった。
人間としたら当然だ、当たり前の本能だ。
だが、今戦うことをやめれば絆はどうなる?
彼女を朝が救うという保証はどこにもない。
目の前で失うことだけは、もう二度としたくない。
だから、ひたすら愚直に足掻き続ける。
今、朝に何を言ったところで、平行線しかありえない。
お互いが対等の立場でなければ話し合いは成立しないだろう。
この不利な状況では絶対に。
(だから全力で逃げる!!)
雅は【超越者〗の始句を唱える。
「生命よ、狂え惑え――――――――」
それこそ、生命を翻弄する超越者の力の一端。
「―――――【生命狂走〗」
「なっ!?」
雅の髪が銀髪となり、全身に黄金色の紋様が浮かび上がる。
朝は雅の突然の豹変ぶりに動きを止めてしまう。
しかし、別に雅の傷がいえたわけでは全くない。
だが、雅には朝が少しでも警戒して動けなくなることが目的だったのだ。
あまりにも時間としては充分すぎた。
自身に刺さっていた剣を勢いよく抜いて、その後自身の命を力へと変換した。
雅は能力で寿命を削り、肉体を強化すると全力を込めて一歩踏み出す。
「≪無窮の歩み≫!」
≪無窮の歩み≫は≪俊足≫より数倍速い速度で動ける状態である。
サフィラを助ける際に編み出した超高速移動状態で、身体強化系統の〖原罪〗を上回るほどの速度を出すことが可能である。
だが同時に、そのまま動くと傷口が広がることも意味する。
「……!!」
雅は歯を食いしばって、燃えるような痛みを堪える。
一歩目で体勢を低くしながら、絆の位置を把握する。
二歩目で急加速をして、目の前の朝の真横をすり抜ける。
三歩目で交戦中の絆を抱きかかえた。
「へ!?」
それだけの行動にも拘らず、経過時間はわずか数秒にも満たない。
朝に召喚された騎士の剣は絆を捉えずに空を切り、朝自身は雅を止めようとするが時すでに遅しであった。
逃亡一直線の雅を止めることができる人間はもういない――――――
「逃さないっすよ!!」
まだ一人だけいた。
エアは、雅が【生命狂走〗を使用した瞬間に〖原罪〗を発動させようとしていた。
恐らく、自身も含めて雅を閉じ込めようとしているのだろう。
フェルシアの時と同様に時間稼ぎをしようとしているのが見え見えであった。
だから、雅は逃げるのではなく、エアに逆に接近していた。
そのことにエアは油断して気づくことができなかった。
「≪光陰如矢≫!!」
雅の両脚の紋様がエメラルド色に輝き、エアの腹部へと蹴りを命中させる。
〖原罪〗に集中していたせいなのか、はたまた雅が攻撃してくると予測できなかったのか、エアにクリーンヒットした。
そのまま足に力を籠めると、朝の方向へと勢いよく蹴り飛ばす。
「おらぁああああ!!」
「後ろかッ……はう!?」
朝は飛んできたエアを顔面で受け止める羽目となった。
さすがにあの状態で二人は能力は使えないのか、攻撃の手が一時的に完全に止まった。
「今だ!」
雅は血を流しながら、二人が態勢を立て直す前に地面を蹴り飛ばす。
すぐに朝の召喚した騎士たちが追ってきたが、雅の速度にはついてこれず最終的には引き離した。
そのまま雅は絆と仲間たちのホームまで逃げることができた。
◇◇◇
それからしばらくして、絆の家の前に到着した。
「着いた……」
「あ、ありがとう」
電車も込みで数時間ほどの場所を短時間で駆け抜けることで、追手すらも撒くことに成功していた。
ほとんど落とすような形で、片手で掴んでいた絆を下ろす。
すぐに絆は雅の怪我具合を見て、顔色を変えた。
「ちょっと傷口が開いているよ!?早く病院に行かないと!!」
「いや、いい……でも、ちょっとだけ休ませてくれへん?」
絆の心配は嬉しかったが、雅はもう考える気力すら残されていなかった。
雅は途中で傷口を塞ぐために≪自然治癒特化≫を使っていたものの、傷口が度々ひらいているせいで血を流し過ぎていた。
「雅!!」
雅はその場で崩れ落ちてしまう。
絆の心配する声すらもすぐに遠のいていった。