窮地
「ふぅ……」
雅は軽口をたたく余裕もなかったので、ひとまず息をつく。
絆を間一髪助けた雅の全身に≪瞬速≫の紋様が描かれていた。
「絆、無事?」
「……なんとかね」
絆は、雅の想像よりも怪我が少なかった。
たった今しりもちをついた時に手を少し切った程度である。
そのことに安堵しながら、雅は前にいる少年に目を向けた。
「……さて、お前はエアやな?」
「へぇ、知ってるんだ」
「知り合いに情報屋がいるし、それにこの前世話になった奴を知らずにはいられへんしな」
エアの表情が一瞬強張るのを雅は見逃さなかった。
恐らく、正体はバレていないという自負があるからであろう。
それはともかく、雅が初対面でもかかわらず、エアの事を知っているのは少し前のことだ。
最近、黎人のヒロインとして仲間となったサフィラ。
彼女を助けるためにまたまた『番号持ち』の人たちと協力を行った。
まぁ、主に『No.9』であるのだが。
彼女自身、『上司』から情報をそのまま受け取っただけであろうが話してくれた。
ザリグナとの戦いの際に、黎人と殺し合う原因となった閉じ込めた張本人のことを教えてくれたのだ。
ここ2年で頭角を現した【原罪】使いの異端児、反英雄の新人。
集団戦闘を好み、『英雄』に死をもたらす能力者。
その名は――――――
「―――――《死神》のエア」
雅の答えにエア、《死神》は諦めたかのように肩をすくめた。
開き直った様子で、おもむろに腰に添えていた包丁を逆手で持つ。
「ご名答。俺こそが《死神》っス」
「やけに簡単に答えるな」
「どうせ隠したって無駄なら、余計な労力は使わない主義なんでね」
武器を握るエアの様子からは、焦りは一切感じられなかった。
寧ろ焦りを抱えているのは雅の方であった。
別に戦わないといけないからと言って、焦っているわけではないからだ。
エアの方が意識を向けているのが絆だからだ。
「だからこそ、今回の依頼もササッと終わらせたいんすよ」
「なるほど、ね」
ブレイドからの情報にはもう一つ恐ろしいことが含まれていた。
反英雄である《死神》の名前の由来。
それは英雄を殺すことだけではない。
敵を味方に変える話術と豊富な情報力、時間稼ぎに使うことのできる【原罪】。
そう、『主人公』クラスの能力者たちを懐柔する点である。
よって、『今回の依頼』と言うのは雅にとって想像は容易である。
「絆を引き入れようって言うんやな、お前は」
「やだなぁ、俺と話し合うだけっすよ」
「……いきなり攻撃してきたくせに?」
「雅さんは話を絶対に聞いてくれないじゃないですか。聞いてくれない人間を仲間にするほど、俺は暇じゃないんでね」
エアは雅の詰問を軽く躱し、絆へと声をかける。
「絆さん、君は知りたくない?」
「……何をだい?」
「朝君がどうして敵側にいるのか、君を倒そうとするのか」
「え……」
エアの言葉に明らかに絆は動揺する。
そのまま畳みかけるようにエアは続けた。
「もし君が俺たちについてきてくれるならば真実について話すよ。そして、君がどうして『洗脳事件』に巻き込まれたのかについてもね」
「……ッ」
絆は雅とエアの間に視線を移動させながら、逡巡した。
(一番いやらしい情報を持ってきたな……)
おそらく絆が最も知りたい情報の一つであろう。
『洗脳事件』とは詩依と雅が話した通り、真相が未解決の事件である。
なぜ絆が入院していた病院が狙われたのかすら、確たる根拠がない。
しかし、エアが真実を知っている可能性は決して低くはない。
敵であるがゆえに真相を述べている可能性がある、と信じてしまうからだ。
さらには『朝』という少年が絆の知り合いである可能性が非常に高い。
彼女自身、敵になっている理由に確信が持てないのだろう。
なぜエアの肩を持っているのかは雅自身も気になる。
「そこまでや」
だが、これ以上絆と会話をさせるわけにはいかなかった。
先程から絆がやや挙動不審のように見えたからだ。
下手に話し続ければ、絆が納得してしまう恐れがある。
それだけは避けないといけなかった。
雅は軽く深呼吸をすると拳を改めて構えると絆に言う。
「これ以上話は聞いたらあかん。情報ぐらい朝っていう子から直接話を聞けばいいし、『洗脳事件』こそ、自分たちで真相を見つければええねん」
「……そう、だね」
「そや」
雅が強引に絆を言いくるめたのを見て、エアは不機嫌そうに言葉を連ねる。
「さすが『主人公の友人』。口八丁なだけあるね」
「は、言っとけ。僕は」
赤の紋様を全身に浮かべ、雅は言葉をかえす。
「――――――手のひらのもんぐらい拾えなくても、零さないようにしてるんや!!」
「なるほどね」
雅は走りながら、《壊拳》をエアに向けて放とうとする。
しかし、
「……口先だけでは誰も助けることはできないさ」
エアの前に正方形型の小さな結界が展開され、雅の一撃は無効化された。
「鬱陶しい能力やな、ほんまにっ!!」
「お互い様さ」
すかさずカウンターで飛んできた包丁を、指で刀身の腹を叩いて逸らす。
破壊することはできなかったが、エアの体勢を崩すことには成功する。
しかし、攻撃する直前に結界が再展開される。
攻撃が防がれることに、さらに雅は苛立つ。
「何回同じことするんや!!」
「何度でもするっすよ。だって―――――――」
次の瞬間、雅はエアの言葉に戦慄した。
「――――――本命は俺じゃないっすよ?」
「は……ッ!?」
反応が少し遅れた雅の腹部に熱い衝撃が走る。
エアからは絶対に届かない距離のはずにもかかわらず、腹部に剣が突き刺さっていた。
前面からは柄がはみ出ていた。
「くそ……」
「雅!?」
傷を見た瞬間に痛覚が働き始めたのか、雅は痛みに悶える。
その様子を見て、絆が駆け寄ろうとするが手で制する。
エアはその様子を見て、口を三日月にする。
「……遅いっすよ、朝君。俺っちは攻撃は苦手なんすから」
「ふん、だが真正面からは注意しろってお前が言うから従っただけなんだがな」
「嘘や……ろ?」
雅は痛みに苦しみながら驚いた。
なぜなら気絶させたはずの朝が目の前に立っていたからだ。
あと十数分は眠っているはず計算にもかかわらず、寝起きの様子でもなくピンピンしていた。
「……『どうして動ける?』と思っているだろう?篠倉雅?」
雅の表情を見て、朝は肩をすくめる。
「なら強固な防御能力があったか?違う」
雅は必死に朝を攻撃した瞬間のことを思い出す。
気絶する瞬間までは確認できてはいなかったが、攻撃が命中したことは確認していた。
「咄嗟に防御をすることができた?違う」
あの瞬間のコンマの風景にヒントがあったはずなのだ。
雅の物理攻撃を受け止めるトリックが。
「実はアレが分身や空蝉である?違う」
そして、朝の後ろに数人の人影が見えた時、雅は気づいた。
同時にもっと確認するべきだったと後悔をする。
「答えはこれさ……〖集え、我らが騎士よ〗」
そう言って、朝が黄金の剣を地面に突き立てる。
地面に幾何学模様が多重に描かれ、形を成す。
「来い、――――――――≪反逆騎士≫、≪太陽騎士≫!!」
そして、幾何学模様から二つの人影が形成される。
片方は深紅の甲冑に紅蓮の剣を持つ騎士、もう片方は金色で彩られた甲冑を持つ騎士が現れた。
それぞれ敵意を持って、雅を睨んできた。
朝は雅に向けて、勝利宣言をする。
「ここで死んでもらうぞ、篠倉雅!」
朝と数多の騎士が雅に向けて、刃を向けて襲い掛かってきた。




