生命のチカラ
詩依の言葉に雅は絶句してしまった。
まぁ、告白した本人の家族が犯人だと言われて驚かない方がおかしいのだが。
雅の表情に詩依は少しだけ笑った。
「初めて、本当の表情を出したね」
「……五月蠅い」
あまりにも酷かったようだったので、雅はツンとしながら口を尖らせた。
最初は雅は無言を貫こうとしたがすぐにやめた。
あまりにも子どもっぽいと自覚したからだ。
「で、君のお姉ちゃんはなんで犯人なん?」
「ああ、そこからだね」
詩依はポケットからスマホを出す。
そして、内蔵フォルダから一枚の写真を見せた。
雅は詩依から差し出された写真を見るとひとりの女性が映っていた。
「……これが若菜さんか」
「うん」
詩依と姉妹と言われても遜色のない見た目をしていた。
画期的に違うのは目つきが鋭さとビジネスマンのような恰好をしていたところだ。
「で、これ」
詩依は雅から再びスマホを取り返すともう一枚の写真を見せてきた。
若菜という女性と一人の男性が丸机を挟んで話し合っている様子だ。
「これは……」
「ええ。現犯人とされている羊と若菜だ」
「確かに密会してる感じはあるな」
写真でここまで取れたことはもう雅は今さら聞かなかった。
分身のおかげと言われれば、聞いたとしてもそれで終わりだろう。
「じゃあ羊は無実の罪なん?」
「いや、元々から強盗殺傷……etc。その事件の前から指名手配らしいけどね」
「じゃあ結局は……って奴やな」
「擁護の余地はないね、でも」
詩依はスマホをポケットにしまうと、言葉を続けた。
「ま、これが捏造だと言われたらおしまいだけどね」
「……それを言わへんだらええのに」
雅は最初から話を信じ切っていたので、今の言葉がなければ疑いもしなかっただろう。
正直な感想ではあるが詩依はあまりそういう手法が好みではないようだった。
そもそも雅もまだ疑問に思う所は多々あるので質問を続けた。
「結局は若菜っていう人が犯人なん?」
「うん、そう。彼女の〖原罪〗は―――――所謂『精神』に関する能力」
「生命系統の能力使いねぇ」
雅は顎に手をつきながら、ため息をついた。
生命系の【神託力】、〖原罪〗持ちの人と言うのは実をいう所は総数はかなり少ない。
ちなみに総称は『生命』という名称でLIFEのLとFから名付けられた。
『生命』の能力を大雑把に分けるならば4つだ。
身体に対して何らかの変化を起こす、『身体強化』。
自らや他者を癒す能力、治療する能力を『治療士』。
己の害する者に対して弱体を及ぼす、『神呪』。
そして、自らもしくは他者の精神を左右させる、『精神支配』。
また雅の【全能力制御】は『生命』の中の『身体強化』に属している。
その中では単純な潜在火力は最弱と言っても過言ではないが。
それはさておき、若菜という人物が所持しているのは『精神支配』の〖原罪〗。
精神支配というのは名称通り『洗脳』などに用いられることが多い能力。
本来の使い方は鬱やストレスがたまった人をカウンセリングしたりする際に使う能力だ。
どちらが本来の使い方なのかは知る由もないが。
洗脳などの事件が頻繁に起きないのは同系統の【神託力】を持って生まれた瞬間に特殊な監視がつくからである。
そして、本人が気づかない場所で監視を続けているというのが噂である。
「〖原罪〗は後天性で所持するから、監視のつけようもないんやろな」
「その通り。今の野放しのまま」
「……あー、分かった」
詩依は雅と同じ考えに行きついていたようで何の動揺も示していなかった。
とすれば、残る答えは一つ。
「能力による相性の相殺ってことね」
同系統の能力には同系統の能力の耐性がついている。
例えば、炎の力に対して、火の能力を持っている者では攻撃の通りが悪いのと同じ。
≪生命≫の〖原罪〗に対して、≪生命≫の【全能力制御】が使える雅は適切な人材である。
多少であれども『洗脳』に対する手札は欲しいということだろう。
雅の言葉に詩依は頷く。
「もちろん。それも理由の一つさ」
「理由の一つ?」
「絆が唯一、君の言うことだけを聞くからさ」
「は?」
急に出てきた絆の名前に雅は思わず、声を上げてしまった。
「まだ出会って一日なんやけど……」
「そう思ってるのは雅だけみたいだよ?」
詩依はおどけて、雅にそう言うと少しぬるくなってしまった飲み物を飲んだ。
「昨日の様子を聞いた感じだと、借りてきた猫並みに大人しかったそうだしね」
「あれで大人しいんか……」
雅は思わず頭を抱えてしまった。
昨日のどんちゃん騒ぎを引き起こした張本人がまだ大人しかったとは聞きたくなかった雅である。
言い換えるならば、まだ完全に馴染み切れていないという裏返しだろう。
詩依は熱を帯びた声で言葉を続けた。
「絆は若菜の危険性を甘く見過ぎているんだ!!だから私が何とかしないといけない。でも私の言うことは聞かないし……」
「……」
「きっと放っておけば、絆は若菜を必ず許す。それじゃ、負の連鎖は断ち切れない!!君の力が必要なんだ!!」
雅は詩依の鬼気迫る表情に身を引いてしまった。
詩依の気だるげな眼が爛々と光り、握りこぶしは微かに震えていた。
相当な覚悟であろうことは容易に想像することができた。
「分かった。協力するわ。でも……」
だが、雅にはあと一つだけ聞いておきたいことがあった。
雅は鋭く言葉を切り返す。
「……絆たちが危険だけが理由ちゃうやろ?」
「何が言いたいの……?」
「本心を聞かせてもらおうかな?個人的に若菜さんを倒したい理由をさ」
「む……」
もし絆たちだけが心配だったら、この場で言う必要はない。
彼女たちの前でも話し合い、倒した時にもう一度説得するように雅に頼めばいいだけだ。
そうではなく、あえて一対一でいう理由はあまり多くない。
雅は真正面から詩依を見据えて、逃げられないように挑発も交えた。
「別に僕が若菜さんを倒して、警察に突き出しても文句はないんやろ?」
「……」
「その無言はNOってことやな」
沈黙は金なり、と言う言葉がある。
だが場合と状況によっては雄弁に物事を語ることもあるのである。
今の場合みたいに。
「私は……」
詩依は雅の問いかけに言葉を詰まらせる。
「……本当の最悪の事態を恐れているだけ」
「最悪の事態?」
雅は思わず聞き返してしまった。
(詩依自身も『生命』の能力者なのに『洗脳』が恐ろしいんか?)
なぜなら雅の考えは深刻ではなかったからだ。
しかし、次の言葉で自分の軽い考えが一瞬で吹き飛ばされてしまった。
「それは……国を落とすってこと」
「く、国を落とすぅ!?」
「そう。『洗脳』による国家支配のことを私は言っている」
「でも日本の〖原罪〗に対するガチ具合知ってて言ってる!?」
日本は能力に関する研究が最も進んだ国である。
それに対する対抗措置も数多に存在している。
洗脳用の対抗措置も絶対に存在しているはずである。
それを分かっていたのか、詩依は狼狽えた様子をもう微塵も見せずに淡々と続けた。
「流石に若菜も馬鹿じゃない。日本を落とすのは今は無理」
「だったら……」
「でも≪英雄≫がいない国なら落とされるよ」
「ッ……海外狙いか」
雅は珍しく舌打ちをしてしまう。
≪英雄≫は世界的に言うと、全盛期と比べるとかなり人数が少ない。
日本には腐るほど多く存在するがアジア圏や一部ヨーロッパでは深刻に不足している。
このことが何を意味するかと言うと―――――――
「―――――〖原罪〗持ちを止める人材が極端に少ないってことか」
「その通り」
「……もしかして」
「予想の通り……若菜は―――――」
詩依はそれ以上は言葉で発さずに口の動きだけで雅に伝えた。
『他の国を使って、日本を掌握するつもりだよ』
「マジすか……」
雅の額から嫌な汗が流れ始める。
そして同時に雅はいつもの予感を感じた。
無論、予感は的中した。
「これを止められるのは私たちだけ。正直、ほかのメンバーはオワコンだと思う」
詩依は一旦目を閉じると、再び開いてにやりと笑う。
「『この国の未来』と『絆たち』を守るために手を貸してくれない、篠倉雅?」
この二人で国を落としかねない女性と戦う羽目となった。
雅は荷が重すぎる任務が自分の身に降りかかるのを感じ、静かに胃痛を患った。
主人公の友人同士が結託した決死の『洗脳』戦の幕が上がろうとしていた。




