ことはじめ
翌日、雅は絆の家で軽い朝食を無断拝借した後に外に出た。
結局昨日は他のメンバーは全員が深夜3時まで騒いでいたため、未だに寝ている。
低血圧気味ではあるものの雅は雑魚寝ではよく眠れないので用事に行くこととした。
フェルシアやサフィラたち嫁候補たちの買い場探しである。
とは言え、ある程度昨日の時点で絞り込めているため、店の中の視察をするだけだ。
嫁候補達に必要なものは海デートの下準備のための買い物である。
その際に黎人に如何にアピールをすることができるのかが重要になる。
なので、今回の目的は主に2つ。
良い水着屋さんがあるかどうか。
カップルで食べられるスイーツや食事はあるか、だ。
ついでだが、本当に二人でしか食べられないスイーツをオススメすると喧嘩が起きてしまうので考えないとならない。
「……相変わらず、僕は何してるんやら」
雅は思わず独り言ちた。
何故独り身である雅がカップルスイーツを探さないといけないのか腑に落ちないところはたくさんであるが、これも友人の役割だと割り切ることにした。
悲しいことに無給のバイトと考えるしかないのである。
「相変わらずショッピングモールは混み混みやな」
あまりに雑多な店内に辟易とした。
人が多い所が苦手な雅にとって、頻繁に来たい場所ではない。
手早く見てしまおうと雅は足早に近くの店へと入っていった。
まず最初に見たのは有名なケーキ屋さんである。
ケーキ1ピース1500円もするという高級な店なので、おいそれと入れない店だ。
フェルシアという超お嬢様がいるので候補に今回入れてみた。
「……試食してみたいけど、これは高すぎるわ」
雅が眉間に皺を寄せて、見ている商品は季節スイーツの『桃のモンブラン』である。
単品で3000円、コーヒーなどとセットで3500円也。
桃でモンブランができるのかどうかは別としてスイーツ好きの雅としては購入したい一品であった。
「むむむ、買うとしばらく何か我慢しないと……仕事いれればいいんやけどさぁ」
実は、雅は最近モデルの仕事を再開し始めた。
黎人関係でかなりのお金の出費が見込まれることや必要なモノを買うためだ。
相変わらず売り上げは好調で売り切れ続出の報も母親から受けている。
雅は黎人のサポートだけでなく、ある計画も同時に考えている。
その計画には相当なお金と人脈と戦力が必要だ。
お金と人脈は良いとしても戦力だけが問題であるが急を要するわけでもない。
金額面に関しては雅は考えることをやめて、店員に注文をする。
「桃のモンブランを―――――」
「……二つ」
「かしこまりましたー!!」
「――――じゃあそれで……えっ?」
店員は少女の言葉を聞くとすぐ厨房に引っ込んだ。
雅は突然横に割り込んできた少女に驚いて飛びのく。
割り込んできた少女をみると、これまた美少女であった。
切れ長の目に細い鼻、肩甲骨にまで伸びた黒髪を後ろに小さく結ってあった。
身長は雅より少し高く、全体的な印象としては煌めく一条の刀。
しかし打消すような少し虚ろな目をしているのが特徴的な少女。
雅が見知っているというか、絆の仲間である詩依であった。
「その反応は草」
「草はやめろ!草は!!」
「ともかく、とりあえず席に座り給え」
「あ、どうも……ってちゃうわ!!」
完全に読み取れない表情でふざけている詩依に会話を持っていかれながら椅子に座った。
雅は先に来たカフェオレを軽くすすりながら詩依に尋ねる。
「えぇ、てか部屋で寝てるんじゃなかったん?」
昨日のパーティの中では詩依は一番先に寝ていた。
その上、朝に雅が起きた時に蹴ってしまったにもかかわらず寝ていたのだ。
そんな睡眠に負けている少女が何故この場所にいるか疑問でならなかった。
「確かにあっちの私は寝ているでしょうね。ほんとに卍」
「あっちの私?」
意味深な発言に雅は疑問を呈すると、詩依は失言とばかりに口に手を当てる。
「今のは忘れて」
「いやだ、『あっちの私』ってどういう意味やねん」
「は?ggrks」
「それ暴言だからね!?」
詩依が左手の親指を下に向けながら淡々というので尚恐ろしい。
普通の人なら泣いているレベルだろう。
ちなみに『ggrks』は『ググレカス』というネット用語で『それぐらい調べろ』という意味である。
そもそも【神託力】を調べても類似の物が多くて見つからないだろう。
それはさておき。
「仕方ないな、教えてあげよう」
「すごく上から目線だけど……分かった」
雅がイスに座りなおして聞く態勢を整える。
しかし、丁度良いタイミングでモンブランが到着した。
「……やっぱりケーキ来たから後でいいよ」
「良くないよ!?」
雅は思わずツッコミを入れてしまう。
とは言え、食べてからでも遅くないので実食。
味はまぁまぁだったとだけ伝えておこう。
口周りの汚れをティッシュで拭うと詩依は話し始めた。
「そうだね。何処から話したらいいのか……まず私の【神託力】を見てもらおうかな」
フォークを自分の体の真横に刃先を向け、一言いう。
「≪弐≫」
フォークの刃先から小さな白色の物体が流れ落ち、地面に落ちる。
地面に液体が着いた瞬間に人の形に形作られて、もう一人の詩依がそこにいた。
生まれたばかりの分身はすぐに詩依の方に不機嫌そうな顔であった。
「……何か用なの的な?」
「いや、呼んでみただけです」
「マジあり得ない的な感じなんですけど」
そう言った瞬間に分身の方が消えてしまった。
雅が会話の様子に唖然としていると詩依は小さく笑った。
「今までに見たことないぐらい間抜け面してるけど、どうしたの?」
「いや分身って言うぐらいやし、命令しなきゃ動かないって思ってたから……」
雅自身は中学生の時に『自らを複製する能力』の〖原罪〗使いと対峙したことがある。
その時は全員が能力者の脳内の命令に従って動いていただけであった。
自我はなく、相手が命令を送るよりも素早く倒すことで事無きを得た。
だが自立型の分身の場合だと各々が本体を守ったり、本体に擬態することもできる。
戦闘継続能力の高さと見破りにくさの二つが両立しているのだ。
そう考えると、破格の【神託力】である。
「私の能力を見た人は全員同じことを言うね……草生える」
雅の反応が予想通り過ぎたのか、詩依は退屈そうな顔になる。
「だけど、今見た通りデメリットも同時に存在する」
「……口調が変わった所?」
「ぬるぽ、惜しいけど外れ。ちゃんと言うなら、性格や個性の不一致かな」
左手の指を一つ立てて、詩依は例を挙げた。
「そもそも【分身】で生み出されるのは自分とは似て非なるモノ。あえて言うなら、IFの自分って言った方がいいかもね」
「IFの自分?」
「そうだね……平行世界で全く別の人生を歩んできた自分かな」
平行世界という少し突飛な発想に雅の頭はあまりついてこなかった。
雅は、とりあえず話を最後まで聞くことにする。
「その一部分を切り取ったのが私の【神託力】。考えていることは違うし、言うこともあまり聞かないけども……全員が本物で私なんだ」
「全員が本物……」
「消費される存在だけどね」
使い捨てだが制限がかなりあるということのようであった。
そこまで言うと、詩依は残ったカフェオレを飲み干した。
「私の力の説明はここまでにしたおこうかな」
そして目をぎらつかせながら本題に入った。
「ここからが本題、貴方に協力してもらいことがあるの」
「……絆に頼めばええやん」
雅はそっけなく断った。
なぜなら詩依には恩もなければ借りもない。
火急の用でもなければ不要なことは受けないのが雅だ。
ただでさえ、やることが溢れているのに増やす必要を感じられないからだ。
「ま、そうなるよね」
その答えが分かっていたのか、詩依は残念そうに言った。
雅は腰を上げようとしなかった。
詩依の次の言葉を聞くまでは。
「でも例えば私が――――――『洗脳事件』に関わっていると言ったら?」
「……ッ!」
雅も周知の事件であり、実際に現場で黎人と一緒にいたのだ。
〖洗脳〗と呼ばれる〖原罪〗で大集団を作り上げ、テロを起こした事件。
あの事件では余りの被害が出過ぎた。
さらに『洗脳事件』では奴がいた。
雅の完全なる宿敵であり、現在でも唯一許せない存在が。
雅の表情の変わりように詩依は窘めた。
「もう少し表情に気を付けた方がいいよ?分かりやすいって言われない?」
「ご、ごめん」
雅はほっぺを両手で軽くたたくと真剣な表情になる。
「何か知ってるってことやな?嘘やったら怒るで?」
「ぬるぽ。ここまで言っておきながら『うそぴょーん』って言ったら怒るでしょ?」
「当たり前やろ」
「あ、店員さん。レモンティー2つ追加よろ」
「まず人の話を聞け!!」
詩依は雅の言葉にひらひらと手を振ってだけ答えた。
「まだ話は続くんだし、ゆっくりしなよ」
「僕の金なんやけど!?」
気にするなとばかりに詩依が言うが、雅のお金である。
驕るの定義とは何か考えさせられる場面だ。
それはさておき。
「協力は考えるけど、そもそも『洗脳事件』が何に関係あるん?」
「まず一つ、一個年下の君にヒントを上げよう」
「ヒントって……」
「洗脳事件の犯人は捕まったのは知ってるだろう?」
「黎人が捕まえたから、そこは知ってるわ」
黎人自身がかなりボコボコにして、洗脳の主犯を抑え込んだ。
途中で雅が止めていなければ確実に死んでいただろうが。
それで事件は収束したはずなのだ。
「実は真犯人は違うのさ」
「詩依……本気で言ってるん?」
「ああ、本気だとも。事件はオワコンではないのさ」
確信を持った様子で詩依は頷いた。
「なぜなら―――――」
今までにないほどに凄惨な笑みを浮かべて、こういった。
「――――――犯人は隠野若菜、私の姉だからね」




