英雄少女
少し長くて読みにくいです。
双牙高校は他の高校よりも一ヶ月ほど夏休みが早く設定されている。
にもかかわらず、夏休みの終わるのが他の学校よりも一週間早いだけという良心的な高校だ。
教育的にどうかと言われると怪しい部分であるだろうが。
ともあれ、他の学校の生徒よりも一足先に一学期が終わった雅は着替えて、都市部へと出かけていた。
時間は丁度真昼で街中の人通りは少ない。
「とはいっても、あともう少ししたら人増えるんやろうけどな」
七月に入れば本格的な夏シーズンであるので遊びやショッピングに勤しむ人たちで街は埋め尽くされるだろう。
それは主人公である黎人も同じ。
夏になれば海に行くことは定番で、尚且つそれまでに水着を買おうとショッピングをする。
しかし下手な場所で水着を買わせるのは嫁候補の機嫌を損なう恐れがあるので下見をすることは必須である。
毎年していることなので慣れているとはいえ、人が多いと色々な店を周回することができない。
だからこそ、まだ人が少なめな季節に下見に雅はやってきたのだ。
「とはいえ、現時点で嫁候補が二人おるのは予想外なんやけど……」
雅は思わず独り言ちる。
中学校のペースで嫁候補が増えると考えていたので、基本一学期に一人とタカを括っていたがテスト期間中に一人増えてしまったのだ。
その名はサフィラ・フランケンシュタイン。
《半改半獣》という異名を持つ、フランスの七英雄の一人だ。
極めて知的で【神託力】使用時には主人公と同等性能にまで跳ね上がるという、かなりぶっ飛んだ嫁候補である。
白銀の髪に紅目を持つ美少女でもある。
雅からすれば嫁の数だろうが強さにしてもインフレすることにうんざりする。
「それとなくいい店をサフィラとフェルシアに教えなきゃな~」
ため息を吐きながら、それとなく良い店を探そうと動き始めた。
胸の大きさなぞ関係なく良いものが揃えてある店があればなおよい。
ちなみに女性の水着コーナーにいようとも雅は特に何も言われない。
とても悲しいことだが男の娘の悲しき運命である。
パーカーを深くかぶりなおしながら、雅は大通りを歩く。
そのうちに見慣れた場所に通りかかった。
「……そういえば、昔にここ来たことあるわ」
アンティークな雰囲気の木を中心にした内装で落ち着いた店である。
それに比べて凄まじく前衛的な服が売っているというギャップがすごい店だったはずだ。
今のシーズンだと水着だったような気もする。
昔にティアがかなり際どい水着を着ていたのが雅の記憶に残っていた。
『なあ、雅。この水着はどうだ?結構カッコイイと思うのだが……』
『ティア姉!?その服装で出てくるとか馬鹿なん!?痴女だろ絶対痴女!!』
『誰が痴女だ!!』
――――といった感じで騒いでいる様子が見えた気がした。
まだ雅が素直じゃないけど、純粋に主人公である彼女を追っていた当時の記憶である。
今じゃもう見ることができない風景。
雅は遠い目で店を眺めてしまっていた。
(もう一度会えるのかな…)
雅はフードの下で口を噛みしめる。
そして決意を口に出す。
「いや、会えるに決まってる。今までよりも強い力もあるし、【生命狂走〗もあるから」
手がかりなど何一つないが、主人公である彼女は何処かで生きていると雅は信じていた。
だから今は地道に黎人の側で戦う。
主人公である彼といれば普通では集まらない情報も収集することができ、もしかすると直接ティアへと繋がるものがあるはずだと。
雅は店から視線を外すと、そのまま大通りを歩きだそうとする。
だが運悪く遠くから悲鳴が聞こえた。
「――――――ッ」
さらに同時に嗤う声までもが耳に入った。
このことから確実に自然災害や偶発的な事故ではないことが分かった。
大方、〖原罪〗を使った犯罪行為の可能性が高い。
別に事件自体は珍しいことはない。
日本では犯罪解決率が他の国よりもはるかに高い側面がある一方で、犯罪発生率というのもかなり高い。
だが、雅はその瞬間に聞こえた方向に向けて走り始めていた。
―――――放っておけば、ACTという警察の役割も兼ねている対能力者の特殊部隊が出てくる。
雅が戦う義理はない。
見知らぬ人がどうなろうと雅にとってはどうでもいい。
心底どうでもいいのだ。
それでも何故助けに行こうとするのか。
やはりお人好しの性格がこうさせているのか、人としての良心の呵責か、または――――――
「ほんまに自分と勝手に重ねる癖はやめんとあかんよな……」
雅は信号機を足場に建物を飛び越えながら、皮肉気に呟く。
そのまま軽業師のように建物を移り、歩みを止めずに進んだ。
◇◇◇
一分も経たない間に雅は現場にたどり着く。
そして、手ごろな建物の影にサッと隠れると状況を確認する。
「…一人だけやけどメンドクサイな」
雅の視線の先には一人の少女がいた。
乱雑に雷を操って、周りの建物を破壊し続けている。
警察を吹き飛ばしても、ただ笑うのみで逃げようとすらしない。
「ああ、ああ、なんということでしょうか。私の力は最強ですね!!」
そんな言葉を吐きながら、周囲の人間などお構いなしに放電を続ける。
雷が当たった場所はドリルに抉られたような後が続いていた。
その威力に近くにいた警官たちもしり込みをしてしまう。
特殊防護装備をしている数人が少女を囲い込みながら、残りの警察官に指示を出す。
「避難区域を増やしながら戦える奴以外は後退しろ!!」
戦闘が苦手な人を除き、他の警官たちは厳戒態勢を敷く。
だが警官たちは【神託力】を一切使用しなかった。
実際は使用することができない、ということの方が正しいが。
【神託力】という個々の規格が違う力を『公的な人間は平等のために使用してはならない』という法律の制約を受けているためである。
無論、犯罪者があまりにも強すぎる【神託力】の使用者の場合や〖原罪〗を持つ者に対しては通常の装備では歯が立たない。そのためにACTという〖原罪〗専門の特殊部隊であったり、五英雄が基本的に戦っているのが現状なのだ。
さらに『原罪使いの取り扱いに関する法律』というものが制定されている。
―――――――「公的権力は例え犯罪者の〖原罪〗使いであろうとも殺してはならず、無力化だけを求められる」
この法律のせいで警察の組織そのものが国内の犯罪を容易に取り締まれないのだ。
ただ、例外はいくらでもある。
例えば雅のような完全な部外者であったとしても法をすり抜けることぐらいできる。
「【全能力制御】」
雅はフードを被ったまま空中からの落下の勢いを利用しながら踵落としを喰らわせる。
しかし直前で奇襲に気づいて、両腕をクロスしてガードの構えをとっていたので防がれた。
だが、狙いはこの部分ではない。
「……私の雷が!?」
少女が雅から距離を取ると同時に、発せられる雷が急激に小さくなった。
雅が【全能力制御】でコントロールしたもの。
それは自身の電気に対する耐性を強化する、それに加えて帯電しやすくするように能力を変質させる。
簡潔に言うならば――――――避雷針。
「―――――≪雷撃喰い(ライトニングイーター)≫」
雅が全身に緑色の電撃を纏わせながら呟く。
一般人が犯罪者に対して手を下すという行為は本来許されるはずがない行為であるが、実のところ容認されている。
それは『抗争者同士の喧嘩であった』という事実を報告すればいいだけである。
その後に他の器物破損等の余罪で犯罪者を取り締まる。
これが現状最善の対処方法。
主人公が全く知らない社会的システムであり、正に主人公のために作られたような力業でもある。
雅自身も知ったのは最近の事であるが。
それはともかく、雅は≪雷撃喰い(ライトニングイーター)≫を発動させながら接近する。
「あんま暴れるんやっ……ない!!」
「むぅ!?」
迎撃するように弱まった雷を闇雲に放つ少女の腹部を無理矢理蹴り上げる。
明らかに自分より体躯の小さい少女の体が簡単に空中に放り投げられる。
少女は痛みに顔をしかめながらも、雅に対して雷を再度放つ。
「≪雷鎖≫!!」
「何度やっても無駄や」
雷の茨を雅は【全能力制御】を維持したまま真正面から防御する。
躱すこともできたが後ろの警察官や避難しきれていない人たちを思っての行動である。
ただ一つ雅の中で疑問点が残る。
(今の状況だったら逃げるのが普通やろ?)
勝てないと分かっているならば、即座に退散するのが定石である。
しかし一ミリも逃げる素振りも見せない。
後ろの警察官が捕獲装備を見せつけているにもかかわらず、だ。
雅は一秒だけ思考して、すぐに決断を下す。
(防御系だって分かったからゴリ押しでいけるって考えたところか)
すぐに≪防御特化≫にできるように頭の隅に警戒だけを残すと距離を詰めようとする。
しかし、それよりも早く少女の方が早く動く。
「くそぅ。こんなの使わないと勝てないとか聞いてないですよ…」
少女は若干ふらつきながら、黒い棒状の物体をポケットから取り出した。
棒の一部が透明になっていて、中身はどす黒いほどの赤であった。
(……なんかヤバい!!)
雅は刹那的に危険なものだと判断し、被弾覚悟で真正面から顔面を殴打してビルの壁に埋め込む。
同時に少女が握っていたものをキャッチする。
だが一歩遅かった。
「中身がない!?」
出来る限りの高速で奪い取ったにもかかわらず、言ってきたりともプラスチックの中からは赤色が見られなかった。
これから分かるのは一つ。
雅が殺気を感じて少女の方を向くと、怪我ひとつなく立っていた。
『怪我ひとつない』というのは少し語弊がある。
純粋なピュアブルーの瞳であったはずなのに、今は爛々と深紅に輝いていた。
両腕をダランとぶらつかせながら、唾液をまき散らしながら。
先程までの知的な様子が完全に失われ、まるで獣のようになっていた。
「あああああああああ、サイッコーの気分じゃないですか!!」
「……ぐっ!」
急に叫びだしながら、今までと比べ物のにならないほどの雷撃を雅にぶつける。
余波だけで後ろの警察たちは木っ端微塵に吹き飛ばされる。
正直なところ、勘弁してくれの皮肉ぐらい雅は言いたがったが余裕は全くなかった。
反射的に防御姿勢をとることはできたが、≪防御特化≫へと切り替える暇がないからである。
(隙がいっこもないし……!!)
雷撃が全く途切れることなく、雅に直撃し続けた。
雅の【全能力制御】は『自身の持つ全ての能力値を入れ替えることができる』であるが切り替える瞬間だけは元の状態に、素の雅になってしまう。
その状態で下手な一撃を貰えば、一瞬で芥子粒になることは必至。
だからこそ、形成が完全逆転されてしまった。
その上、もう攻撃対象が雅しかいないので一極集中しているのだ。
「……痛っ!?」
しばらく耐えていたが雅は痛みに耐えきれずに防御を解いてしまう。
さらに運の悪いことに全身が雷によって痺れていた。
その隙を相手が見逃すわけがなく、畳みかけようとする。
「もらったぁああああよぉおお?キミィ!!!!!」
特大の大きさの雷の弾を手に作り出すと雅に向けて投げる。
絶体絶命の状況に雅はさすがに汗をかく。
ピンチには慣れっこといっても限度がある。
(――――――――)
だからこそ、雅は祈るしかなかった。
主人公が来ることを。
その願いは幸か不幸か結果的に叶うことになる。
突如、雅の眼前で漆黒が煌めき、〖原罪〗使いが背後から一閃する。
「ぐふぅうううえええ!?」
そして雷の速度を超え、竜胆色の髪の少女が雅に迫る数十の雷弾を切り刻んだ。
とんでもない早業で全てを終わらせると、雅の方を振り返った。
少女の風貌は年のほどは雅と同じか少し幼い。
美しい顔は無邪気な笑顔にあふれて、可愛いと言えるような良さがあった。
雅より少し小さいぐらいの体躯からは黒っぽい羽をはやし、片手には漆黒の剣を持っていた。
「雅、大丈夫?」
少女は無垢な笑顔で雅の名を呼んで、手を差し出す。
もし主人公ならば『ありがとう』から入るだろう。
だが雅はそれよりも聞かなければならないことがあった。
「……お前はだれなん?」
「むぅ、やっぱり忘れられてるか……とは言っても、ボクの事を覚えていろという方が無理があるね」
少女は雅の言葉に口をとがらせる。
とても不満そうだったが、すぐに気持ちを切り替えて名を名乗る。
「ボクの名前はキズナ!ボクこそが――――――――――」
最初は黎人の嫁候補が増えただけだと雅は考えていた。
だが、次の言葉を聞いた瞬間に前言撤回させられることになると露にも思わなかった。
「――――――『被虐の英雄』となる人間さ!!」
雅のもう一つの忌み名を名乗る少女が現れたということに。
くどいようであるが、―――――――これは主人公が繰り広げる物語ではない。
主人公の友人によって、繰り広げられる物語。
『被虐の英雄』に憧れる少女と友人が紡ぐ物語である。




