被虐の英雄
少女にとって彼は英雄であった。
数多の剣を銃弾をその身に受け、満身創痍だとしても倒れない人。
その瞳に映る漆黒は夜空を思わせるような澄んだ黒。
少女を掴む手は血だらけではあったが、とても暖かった。
年端もいかない顔と同様に儚げな様子であったが、襲い掛かってくる人たちを薙ぎ倒していく様は少女から見ても圧倒的な強者であった。
「……邪魔だ」
途切れない攻撃にたった一言零して、左腕を盾代わりに爆炎を突っ切る。
そして少女に傷一つ付けさせずに炎の渦を斬り抜けると再びダッシュで敵集団から距離を取った。
このようなことを何度繰り返しただろうか。
何度何十度ともなく戦った少年の姿はまるで襤褸切れのような状態であった。
それでも一度も立ち止まらずにただ一点を見て走り続けていた。
少女はその姿を見て、痛ましいと感じるとともに疑問が湧いた。
「ねぇ、キミはどうして名前も何も知らない私を助けてくれるの?」
「……どうしたの、急に」
「いいじゃん、別に。で、どうしてなの?」
突然の質問に少年は少しだけ困ったような顔をする。
先程までの鬼気迫るような顔ではなく、年相応の困り顔。
だが、すぐに少女に答えを返した。
「別に大した理由じゃないよ。僕が何の義理もない人を助ける理由なんか一つだけかな」
少女を握る力を少しだけ強くして少年は無理に笑った。
「手に届く範囲だけでもいいから助けよう、って思ったんだ。僕は英雄でもなんでもないし、持っている神託力も全然強くないけどさ」
「それで自分が例え死んでしまっても……?」
「……死ぬ気なんかない。僕はまだまだやらんとあかんこと溜まってるしな」
そこまで言い切ると突然少年は足を止めた。
少女はどうしたのか、と少年の視線の先を向くと医療関係者たちが集まる緊急の簡易医療施設の場所にたどり着いていたのだった。
「おーい、そこの人誰か今暇?」
「…何、ってすごい怪我してるじゃないか!?」
最初多くの怪我人の対応にあたふたしていた隊員も雅の様子を見て、血相を変えこちらに向けて走ってきた。
少年は医療関係者の一人に手招きをし、少女を優しく隊員に渡す。
「じゃ、この子のことはよろしくね。僕はまだすることあるんで」
「ちょ、君!?君も怪我の治療をした方が……!!」
「そんなことしてる間にも怪我人が増える一方ですよ。あと、僕は怪我人運ぶだけなので危険じゃないし、気にせんといてください」
隊員の制止を無視して、また元来た道へと少年は戻り始める。
少女はその後ろ姿を眺めることしかできなかった。
怪我と元からあった病気による入院で未だに体力が回復しきっていなかったからだ。
だからこそ、少女は医療隊員に抱きかかえられたまま少年に向けて叫ぶ。
「キミの――――――」
自分の出せる最大の音量で、たとえ少年に聞こえなくてもよかった。
それでも聞かないと後悔をしそうだったから。
「キミの名前を聞かせて!!」
自分にとってのヒーローの名前を。
名前を知らないまま生きていくなんて、少女にとっては耐えられないことだった。
少年は歩き続けていたが、少女の声に立ち止まり振り返らずに言った。
「…篠倉雅」
「しのくら、みやび」
たどたどしく、少女は雅の名前を復唱する。
「ありがとう、雅。きみのおかげで……」
少女が感謝をしようと雅の方を再び見たが、さっきまでいた場所には何もなかった。
隊員も驚いているようで口を開けたままであった。
少女は静かにつぶやく。
「……もういない、か」
少女は隊員に抱えられながら、涙ながらに決心する。
「私……いや、ボクは絶対、絶対にさ」
もういない少年に向けて、決意を決める。
「―――――君のような最高の英雄になる」
少女はもう何処かにいってしまった黒髪の少年に向けて手を伸ばす。
彼は硝子のように脆そうだが壊れない芯を持っていた。
少女にとった今まで出会った中で一番温かい少年だった。
そして助けられたごく短時間で抱いた気持ちは恋心ではなく、崇拝にも近い理想像。
自身の痛みなんて気にしないで手を伸ばしてくれた人。
利益や恩を売ろうともせず、損得勘定なぞ無視して全力で助けに来てくれたのだ。
それが病気で死を待つだけであった少女に『生きる勇気』を与えたのだ。
その姿が破滅的行為とすら少女は気づきもしなかったが。
漫画や小説でしかいないような英雄の体現。
少女もそのような存在になりたい、そう思った。
―――――この出来事をきっかけに少女は今見た自分を命がけで守った英雄と同じような英雄を目指すことになった。
出来損ないの英雄に憧れ、戦いに身を焼いていく少女の物語が始まったことは誰もまだ知らない。
しばらく諸事情で自動更新になります。
次は2月24日21:00更新です!!




