とある少年の報告書
「失礼します」
真っ暗な会議室に一人の少年が入室する。
少年に向けて誰もいない場所から声をかけられた。
『久しぶりだな、定期連絡を忘れるなと言っただろう』
「いやぁ、ちょいとレポート纏めるのに手こずっちゃって~」
少年は会議室に置かれてあるパンダ型のスピーカーに言葉を返す。
隣にあったネズミから不機嫌そうに言う。
『おい、天賦黎人の戦闘データはちゃんととれたんだろうな?』
「慌てなくても送りましたって」
少年は特に気にした様子もなく気楽そうにする。
会議室の6つの席にある動物型のスピーカーたちは一瞬無言になる。
その様子はまるでアリスのマッドパーティのようだった。
何かを確認した後、ブサ猫が口を開く。
『天賦黎人を〖原罪〗落ちさせることはできるのか?』
「……難しいというのが正直な意見ですね。本人が強すぎる点があります」
『は、軍隊を動かせばいいんだよ。もてる戦力ぶつければな』
気味悪いニンジンが猫を馬鹿にする。
『これだから脳筋は手に負えない』
『なんだとぉ!?』
『殺したければ殺しに来ればいいでしょ?』
二人のせいで会議室が殺気だつ。
しかし、バキンという音が鳴り静かになる。
正確に言えば少年の前のドラゴン型のぬいぐるみのスピーカーから聞こえた破壊音。
もちろんスピーカーが突然壊れたという心霊現象ではなく、
『もー、何をやっているんだ!!』
『雑魚共が五月蠅いから静かにしたまでだ』
『そのマイクは十万してるんだから簡単に壊すな!! うちの財政は裕福でもないんだから!!!』
最後の一つのまともなクマ型のスピーカーが焦ったように少女を叱る。
少年は間抜けな二人の会話に思わず笑みを零しながら、報告を続けた。
「そこの点に関しては皆様に全てお任せしますよ~。俺は全然強くないのでパスでっす」
『……情報収集専門だから仕方ないな』
他の動物たちはその一点に関しては特に異論はなく黙り込む。
静かになった会議室で再び声を上げたのはクマだ。
『他に報告することは?』
「あー、何でしょうかね~」
『特にないのなら会議を終了するぞ』
「やっぱまだあります!」
少年の勢いに思わずクマは上ずった声を上げる。
『あるのかよ!? 早く言え!!!』
「はいはい」
少年は手に持っていた用紙を広げると、淡々と書かれていることを音読する。
「社長が気にしていた対象β―――――篠倉雅の【超越者〗の発現を確認いたしました。」
『……』
『ほう?』
少年の一言で場が驚きとざわめきで包まれる。
一人だけが何か感心したような興味を持った声を出していたが。
クマが口を開く。
『これで【超越者〗を持つものが国内だけで10人弱現れたか』
「はい。雅は【神託力】との併用もできる手前、天才ともいえますね」
『……併用できることがすごいのか?』
少年の発言にブサ猫が疑問を呈する。
答えようとする少年を抑えて、ニンジンが簡潔に説明する。
『あなたは足で手と同じような作業はできる?しかも手も足も同時に使ってで』
『む、不可能だな』
『【神託力】は+(プラス)の力で、〖原罪〗は-(マイナス)の力だとすると―――』
ニンジンの言葉を途中でドラゴンが引き継ぐ。
『―――【超越者〗は0。 調節の難しい能力だともいわれている』
『その上に通常の神託力使いとは違い〖原罪〗落ちする可能性がある』
表の世界で生きている神託力持ちの一般人は余程のことがない限り、〖原罪〗落ちすることはない。
しかし原罪の力を半分、神託力を残り半分で形作られる【超越者〗は能力的に強いが、〖原罪〗落ちする可能性を孕んでいる。
強いて言うならば『諸刃の剣』である。
クマはふむふむと頷くと少年に一つ命令を出す。
『よし、篠倉雅にもっと信頼されるように努力しろ。 あわよくば、新しいコマを取る』
軽い音ともに何かが倒れる音がスピーカーから流れる。
少年は会議室のマイクに近づくと、小さく囁く。
「社長……かっこつけてチェス盤の駒を転がさないで下さい」
『え? そそ、そんなことしてないぞ!?』
『諦めろ、貴様のやっている幼稚なことは全員に見通されているんだぞ?』
茶番のような会話に場がかなり冷える。
ネズミと猫とニンジンは大きなため息を一つずつ付くと、
『……とりあえず儂は武器の調達と装備の開発をやっておくとしようかの』
『俺はACTに削られた残存勢力をまた鍛えなおしてくる』
『作戦もう少し練り直すわ』
ブツンという音ともに3人との通信が切れる。
社長という人物は部下たちの冷たい反応に心を折られそうになった。
『こんなにも団結力のない組織はなかなかないんじゃないか?』
「その長があなたですけどね~」
『むぐっ』
社長は声を詰まらせると早口で最後にまくしたてる。
『と、ともかく、あと少しで世界をひっくり返せるパーツが揃うんだ。頼むぞ』
「了解っす」
少年は軽い返事をして、全てのスピーカーを切り始める。
だが、
『待て』
ドラゴン型スピーカーから一人の少女の声を聴いた瞬間に少年は手を止める。
少女は澄んだ声で少年に問いかける。
『篠倉……雅だったか。そいつは強いのか?』
「まぁまぁですね。つーか珍しいっすね、あなたが興味を惹かれているなんて」
少年は意外そうな顔で少女に答える。
「また力比べでもしようと思ってるんですか?」
『ああ。なに、私のようなはぐれ者の数少ないただの趣味だ』
「ぶっ飛んでるっすね~」
『黙ってろ』
少年がそう答えると少女はもう聞きたい答えは聞けたとばかりに話を終えようとする。
でも、
「でも、油断してると足元掬われますよ。例え組織No.2の実力者である貴方だとしてもね」
少年は口を三日月に形を変えて凄惨に笑う。
「ティアさん」
少女はその言葉にクスリと軽く笑うと通信を切った。
今回、話がちょっと分かりにくかったかもしれません。
特に『原罪落ち』と思います。
二章からこれの補足がもう少し入れます><