主人公と先輩
「結構本気で神託力使ってるのに完全無効化って…化け物ね」
水瓜がそういって、黎人の結界の強さを理解し後ろに一歩下がった。
顔こそイケメンの高校生、天賦黎人は雅の体を囲っていた結界を解くと、水瓜を軽くにらんでハッキリと言った。
「先輩、あまり俺の友達を虐めないでください。正直迷惑です」
その言葉に最初は、水瓜が顔を軽くしかめて嫌そうな感じで聞いていたが、ハッと何かに気付いたように黎人を指さして震え声で言った。
「ももも、もしかして君、アッチ系の人だったの………!?」
「…!?」
水瓜は、右手の甲を顔の左手にあててから偉そうなポーズをとる。所謂オネエポーズである。
その行動をとりつつも飄々としていた水瓜が尋常じゃないほどドン引き顔をしていた。
まぁ、雅はそれ以上に引きつった笑顔で黎人から距離をとっていたのだが。
黎人は慌てて泡を食って二人に反論をする。
「馬鹿!俺は女性が好きだよ!!」
「ほんまにか?」
「えぇ。オネエじゃなくてもベーコンレタスかもしれないわ」
黎人が二人に近づこうとするが二人にさりげなーく距離をとられてしまう。
黎人が焦りながら何かを言い返そうとすると一つの事に気付き、ドスの利いた声で言う。
「おいお前ら、俺で遊んでんじゃねえぞ」
雅と水瓜が頬を若干膨らませて笑いを堪えていたのだ。
二人で顔を見合わせてクスリと少し笑うと雅は黎人にちゃんと謝った。
「わりぃな黎人、わざわざ助けてくれて」
「もーおま、いいってことよ。俺たち親友だろ?」
黎人がイケメソスマイルで雅に対して歯が浮くようなセリフを言い、左手を出した。
普通の人ならここでドン引きして、「うわ、キメェ!」となるのだが。
『親友』という言葉に雅も笑顔になるが同時にほんの少しだけ顔を曇らせた。
(…「親友」ってほんまに思って言うてるんやろな。僕には無理かもなぁ)
心でそう思うとともに雅の心がズキズキと痛む。
(ずっと過去引きずってるのもよくないんやけど)
そのことを隠して、おおげさに呆れ顔を作り黎人を見てため息を一ついた。
そしてめんどくさそうに左手を握手をして言い返した。
「わかったよ。でもその格好じゃ、セリフが全くしまらないと思うんやけど?」
「私もそう思う」
水瓜と雅は声を揃えて言った。
さっきの言った通り、黎人の黒い制服のズボンの上に白のファールカップが付いているのだ。
例えイケメンであろうとなかろうとダサいと100人中98人は思うだろう。
(ま、余程の性癖じゃないとカッコいいとは思わんやろうな)
そんなことを考えてしまう雅であった。
黎人は顔を引きつらせて、怒りながら雅を追いかけまわした。
「てめぇ………誰のせいだと思ってるんだぁああ!!」
「あらやだ、人のせいにしたらあかんねんで」
雅は涼しい顔で足を動かしながら寮の周囲を黎人に殴られないように逃げた。
黎人は全力で走ったせいで数十秒で息が切れたが、逆に雅は余裕そうに髪を軽く弄りながら寮前に戻った。
そして、雅が再び寮前に着いた時アナウンスが流れた。
『ただいまから、第28回双牙高校入学式を始めます。新入生の皆さまは今すぐアリーナに集合して下さい。繰り返します………』
雅は髪を弄るのをやめて、空気になっていた水瓜に声を掛ける。
「先輩、じゃあ入学式いってくるので荷物と書類ちゃんと終わらせてくださいね」
「はいはい、それまでに部屋準備しとくから早く行ってきなさい」
水瓜はダルそうに手を軽く上げて答える。
それを確認すると、入学式が始まりそうなので雅が走ろうとしたが黎人が脚に縋り付いてきた。
「雅、体が痛いからおぶってくれ」
「えぇ~、めんどい」
「保健室で回復してもらったんだけど傷が癒えきってないんだよ!」
「そんなん知らんわ!」
雅は嫌がって足をブンブン振って黎人を落とそうとするが、くっ付いて離れなかった。
どうしようかと雅が悩んでいると、一ついいことを思いついた。
とりあえず黎人の頭を右手で掴むと空中にぶら下げる。
「え、もうちょっとまともな運び方出来ないのか!?」
黎人の頭を持ちつつほんの少しだけアリーナの方に前進した。
彼の言葉を華麗にスルーして雅は不敵な笑みを浮かべつつ独り言をつぶやく。
「ん~っと、アリーナまでだいたい70m弱かなぁ?」
雅は左手の二本の指で丸を作りだいたいの距離を測ると同時に足がメキメキと音を立てる。
その音に黎人は脂汗をだらだら流しながら雅の方を見る。
「ちょ、雅サン?何を数えてるのカナー!?」
「ん~?」
わざと質問をはぐらかして、雅は今年最高の笑顔で黎人をみる。
もしこの場に第三者(水瓜を除く)がいれば美少女とイケメンがお互いを見つめあっている風に見えるだろう。
まぁ、美少女がイケメンの頭を片手で持ち上げる時点でロマンチックもクソもないかもしれないが。
『まもなく入学式が始まります。今すぐ指定の席に座ってください』
「後一分かぁ、普通に走ったら間に合うのは難しいわぁ。そやから、多少は荒くなっても仕方ないよな?」
「ちょ、雅まさかおま………」
そのアナウンスとともに雅は黎人を空中高く放り投げ、限界まで体を捻り左足でジャンプする。
ひねった体を戻しつつ右足で黎人をアリーナ向けて蹴り飛ばす。
ちなみに雅は股間部分を蹴った。
「ぉおおおおぁ!?」
蹴りを受けた黎人は錐揉み回転で入り口に埋まり、近くにいた教員は驚いて腰を抜かしたようだ。
黎人が吹き飛んでる途中に白い欠片が飛び散っていたのはご愛敬だ。
「うわ、コンクリに埋まってる。ま、あいつだし死んでないでしょ」
軽く酷いことを言いながら、神託力を使いアリーナに数秒で走りつく。
そして黎人の頭をコンクリから引っこ抜いてアリーナ内に走りこむ。
その際に大勢から注目されたのは仕方のないことだろう。
◇◇◇
誰もいなくなった寮前で水瓜はスマホで電話をかける。
真剣な顔で通話相手に向かって要件を述べた。
「もしもし?…ええ、例の彼が入って来たわよ。天賦黎人がね。
OK。また引き続き連絡するわ。それじゃ」
電話を切ると、軽く伸びをした。
そして空を見て哀愁の漂う顔でただ一言呟いた。
「一番何もなければいいんだけどね」
空は遠くまで澄み渡っていたが、遥か遠くの方に黒雲が立ち込めていた。
水瓜は入寮の準備のために受付をやめて寮に入った。
◇◇◇
入学式が終わり、雅はクラスの確認のため正門近くの仮設の掲示板を見に行く。
アリーナから出るのが遅かったため、周りが部活勧誘の人でいっぱいになっていた。
勧誘の人からもらったビラの部活内容を軽く見つつ正門にまで向かうと人だかりができていた。
その小さめの空間で甲高い声が聞こえてくる。
「なによアンタ!この御方、フェルシア・A・レイグランデ様に対して無礼すぎるのでわ?」
「そうよそうよ!!ちゃんと謝りなさい!!」
少女たちの非難に不機嫌そうに言葉を返す少年がいた。
「ぶつかって来たのそっちだろーが!」
その声に吊られて雅が人だかりの中に入って中を見ると、黎人が3人の女生徒に囲まれていた。
(うはぁ…めんどいな~。またこれかぁ)
久しぶりの日常に雅はため息をつく。いつもの生活、いつもの苦労、いつもの学校。
とりあえず事情を見に行くために黎人の方へ歩き出した。