本当に言いたかった言葉は―――
それは近くて遠い少しだけ昔のお話。
少年の一つの選択により創られた一つの物語。
銃声が、悲鳴が鳴りやまずにずっと雅の頭でコダマする。
その場所は戦場と言っても過言ではない。
血と鉄のにおいが充満する戦闘現場。
その最中で少年が弱弱しい声を出す。
「ティア姉、もう僕をほっといてよ。足手まといじゃん」
そこで雅を庇うようにティアは立っていた。
雅自身は全身に傷を負っていて、正直に言えば全く動けない状況だった。
「そんなことを言うな、馬鹿者。私が絶対に守って見せるから。もう傷つけさせないから」
そういうティア自身もボロボロな癖に。
雅を抱きしめた後にそう言い聞かせるように言うと、彼女は二本の大槍を持って敵と対峙する。
敵の神託力は未知な上に数は数百という脅威的な数字。
それでも彼女は退かなかった。
守りたい人が守るべき信念があるからだ。
雅のような半端者とは違う確固たるものだ。
「我が名はティア、この双槍の錆となりたい奴から前に出ろ。 ここは最後の砦……決して壊させない」
ティアが名前を敵のボスに対して名乗ると同時に槍で警告を発する。
敵の全員がその長ったらしい恥ずかしい口文句を鼻で笑う。
その中で全身をシロクマのような体毛で覆った男がティアに対して高圧的に出る。
「テメェのような甘ちゃんにできるのかよ? 俺たちを殺さずに無力化しようなんざ考えてるような奴がよぅ」
「……」
ティアは無言で槍の穂先を地面に向ける。
そう、実際にさっきまでティアは説得をしながら敵たちに戦いをやめるように諭していた。
敵の一人が戦闘をやめるフリをしてティアを殺そうとしたのを雅が身代わりになった。
その代償に全身傷まみれになってしまったのだが。
出来事の一部始終を知っているからこそのクマの挑発。
ティアは挑発を全て聞いても、ただ静かに答えるだけであった。
「……今までの私なら躊躇していたかもしれない。でも、もう迷わない」
「あ? やってみろ、よ!?」
クマが全身を【獣化】仕切る前にティアは白銀の槍を鮮血に染めながら、心臓を貫いた。
一瞬のことにクマは最初何が起きていたのかわからずに口をパクパクしていた。
「雅を人殺しにしてしまったのに私だけが綺麗なままだなんて納得できない」
「ぐ、あ」
「ふん!」
ティアは淡々と言うと、クマの胴体に蹴りを入れて槍を体から引き抜いた。
深紅の槍を軽々と持ち上げると敵の幹部たちに向ける。
「もう一度、言う」
ティアは滴る血を横目にみながら、無表情を消して数百人に対して不敵な笑みを浮かべる。
「私の大切な幼馴染に手を出すって言うならば、容赦なく殺す」
その言葉はどんな銃弾よりも重く、棘のように心に重く突き刺さった。
敵の中にはあまりの気迫に腰が抜けてしまっている者すらいる。
「なんって野郎だ……だがな」
敵のボスも唖然としながらも、すぐに武器を握りなおす。
そして、全員に号令を一斉にかけた。
「総員! 篠倉雅を捕まえろ!! そこの女は殺しても構わん!!!」
「やってみろ!!」
数百人もの猛者たちがティア一人にに襲い掛かる。
ティアは飛んでくる炎や水を躱したり、武器で受け流しながらカウンターでどんどんと命を奪っていった。
「ハァッッ!」
威勢のいい声を上げながら、上段突きからの薙ぎ払いのコンボで数人の首をまとめて刎ねる。
だがその隙を狙ってティアの腕を刀使いが斬りつける。
あまりにも多勢に無勢だった。
「もう無理だよ……逃げて」
「嫌だ。 私には雅がいない人生なんて考えられない」
ティアが相手の顔面に槍の横腹を叩きつけながらそう言った。
雅は彼女の言葉に泣きそうになりがらも反論する。
「っっ、他にも優しくて強くてカッコいい奴なんてわんさかいるやん!! 僕じゃなくても!」
「ごちゃごちゃ五月蠅い。私は怒ってるんだ、静かにしろ」
ティアは雅の元に駆け寄ると、片手でお姫様抱っこを敢行する。
そのまま敵の屍を踏み越えてティアは全力でダッシュをした。
走りながらティアは雅の問いに答える。
「私はお前が、『自分を捨てる』というのを選んだことを怒っているんだ。」
「皆を助けるためにはこうするしかっ!!」
雅が反論をした瞬間にティアは雅を殴った。
「ぐぅ……」
「この馬鹿!! 何が皆のためだ、何が私のためだ!! くだらない!!!」
ティアは服の襟をグイッと掴んで雅の体を持ち上げる。
そして泣きながら、
「もっと自分のために生きて見ろ! 人なんてどうでもいい!! お前は何がしたい!!!」
「僕は―――――」
◇◇◇◇
その後のことは雅の記憶から全てぬけおちていた。
所謂、記憶喪失というものであろう。
ただその事件のせいでティアがいなくなったのは覚えていた。
(あぁ、そうだった……)
捲や水瓜、フェルシアという大切な友人だけではない。
好き勝手する黎人や滅茶苦茶苦手な人間まで。
全てが雅自身の大切な日常の1ピースなのだ。
一つでもかければ、全てが崩れる。
(なんでこんな簡単やのに気付かなかったんやろ)
ティアを失ってから失った物にばかり目を向け、できないことに蓋をした。
自分じゃ何も変えられないって。
そう決めつけていた。
「本当に必要なのは自分の神託力だったってことかな」
神託力というのは人の気持ちを写す鏡だともいわれている。
まぁ、神様から授かったとかいうことは無神論者の雅には分からない。
それでも、『みんなとずっと一緒にいたい』という心は誰にも否定されない自分の本心なんだって。
ハッと気が付くと、ティアが雅に向かって拍手をしていた。
『……雅、やっと気づいた。 君はそうでなくっちゃ』
「ティア姉」
ティアは雅の様子に満足そうに頷く。
『確かに今の私はお前の生み出した幻想。雅が都合よく考えただけの夢』
だけど、とティアは言葉を続ける。
『――――全ての鍵は君の中にある。例えみっともなくても、無様でもDTでも構わない。自分の生きたいように生きればいい』
「だれがDTだ」
ティアは残念そうに雅に対して首を振る。
『実際そうじゃん。現実認めなよ』
「むぅ……何か超腹立つわ」
ティアの爆弾発言に雅はげんなりしながらも小さく笑う。
こんなお茶目なところもティアの魅力だったりするけど。
ティアは緩んでいた顔を真面目にすると真剣な表情で雅を見る。
『さて時間はもうないみたいだね……』
「うっはー、走馬灯って時間止まらんのか~」
『実際問題、ラノベじゃないからな』
あっちゃーといった感じで雅が額をペシリと叩く。
ティアは姿が綻びながらも言葉を続ける。
『もし天賦黎人に勝ちたいというならば――――コレを使え』
「ちょ!?」
ティアは白銀の槍を雅に投げ渡す。
雅は躱す暇もなく胴体に槍が突き刺さった。
まぁ、走馬灯だから死ぬことはないけれども。
「もー、本物だったら死んでるでしょ!?」
『死んでないからいいではないか』
「そういう問題?」
喋っている間に雅の体に槍が溶け込んでいくとともに、温かいものが体に流れるのを感じた。
それ以上何かを感じることはなかったが充分である。
「じゃあ勝ってくるか」
軽い調子で雅がそう言うと、ティアから悪戯っ子のような悪い顔で背中に声をかけられる。
『本当に勝てるのか?』
「知らんわ! んなもん、テキトーにすればええねん。テキトーに。」
『ふふん。やっとお前らしくなった』
めんどくさげに雅が頭をかくと、ティアは笑いながら親指を上に立てる。
雅はため息をつきながらも何処か嬉しそうにして空間をぶち壊す。
「――――ホントにありがとう」
去り際にカッコつけて一言言い残すと、現実に雅は乗り込んだ。
◇◇◇
バキンという音をたてて雅を押さえつけていた盾が壊れる。
黎人は完全に倒したと思ってい雅が起き上がったことに驚きを隠せずにいた。
「その傷でなんで動けるんだよ!?」
「さぁな?」
「何度立ち上がって来ても無駄なんだよ!!」
黎人の言うことは一言たりとも間違っていなかった。
なぜなら黎人から受けたダメージは完全に癒えておらず、自傷ダメージでさらにキツイ。
大ピンチもいいところである。
ただ、一つだけ――――
「なぁ、黎人。もし一つだけ、一つだけ何かが叶うとしたらお前は何を願う?」
「……何かの頓智か?」
「大したことやないよ」
流星群であろうとも一筋の流れ星であろうとも望みが叶うことはあり得ない。
家族も友も仲間も、自分の命さえも消える時は一瞬だ。
それでも雅は願ったのだ。
「僕はただの日常を平凡に過ごしたい」
「だから?」
目の前に立っているのは主人公。
一度は日本すら救った救国の英雄である。
こんなこと言う雅は本当の馬鹿なのかもしれないだろう。
「だから皆もフェルシアも、お前自身も僕は救う。」
「……は?」
当たり前だろう、これから殺しあう相手に向かってそんな言葉をかけるなんて。
雅は肩をすくめると黎人に向かって言う。
「ま、笑っても泣いてもコレが最後。 さぁ、全力でやろうじゃん」
「……」
黎人は雅に向けて完全武装で待ち構える。
それに対して、雅はたった一言だけ勇気を振り絞って神託力を発動させる。
「―――【生命狂走〗」
雅は全身に爛々と光り続ける文様を纏い、白銀に染まった髪を垂らしながら静かに佇んでいた。
次回、雅と黎人のラストバトルです!!




