すれ違う信念
「黎人、お前何してるんだよ?」
雅は驚きながら、立ち上がった満身創痍の黎人を見る。
満身創痍というよりも顔面蒼白の方が割合が大きいと思うが。
黎人は雅の疑問に簡潔に答える。
「雅の邪魔をしてるんだよ」
「そんなこと聞いてない。Whyってことを聞いてるねん」
「……今までの積年の恨み」
「いや、そんな溜まってたん!? って違うわ!!」
雅は思わずノリツッコミをしてしまう。
関西人の性なのだろうか、知らないけど。
雅は表情が緩みかけていたのを戻すと、キリッとした表情で黎人に問う。
「さっきフェルシアを絶対に殺させないって言ったよな?」
「ああ」
「なんでなん? そうしないと僕とフェルシア以外全員死ぬってことになるんやで?」
黙りこくる黎人に雅は純粋な疑問をぶつけた。
「そんなこと分かってる」
「―――分かってるんやったら!」
「……だけど約束したんだ。例え誰に恨まれようともフェルシアを守るって」
黎人はそう言うや否や剣を構える。
雅は目を細めながら話を聞いた。
「自分が死ぬとしてもか?」
「ああ、別に構わない。俺なんかいなくたってあいつはやっていけるさ」
「仮に100歩譲ってそうやとしてもな、それはただのお前のエゴや」
雅は指で黎人を指しながら指摘すると、黎人が微笑を浮かべる。
まるで同じ光景を見たかのように。
「雅と出会った時に俺が言ったことと全く同じだな」
「……だったら尚更、黎人ならわかる僕の言ったことがどういう意味なんか」
黎人は口を一旦噤むと考えて、答えを雅に言う。
「お前の言う通り、全部俺のエゴだ。それはすべて認める」
「エゴのためだけに実の妹まで犠牲にするっていうん?」
「吐き気がするくらい嫌だけどな。だがもう意思を曲げるつもりはねぇ」
「……」
凛化の話題を持ち出しても意思が揺るがない黎人に雅は嫌悪感を感じた。
無言で拳を構えると雅は吐き捨てるように言う。
「ああ、そうか」
神託力が発動し、ビキビキと雅の両脚の筋肉が収縮し唸る。
「これだから、僕は黎人のことが―――」
全身をバネにして黎人に一気に接近する。
「大っ嫌いやわ!!」
「そいつはどうも!」
雅は黎人に肉薄して、剣を持っている方の手を≪攻撃特化≫を使用しながら掴む。
だが、ガッチリと掴んだと雅が思った瞬間に黎人に投げ飛ばされる。
「なんっ!?」
「【勧善懲悪英雄】だったらパワー勝ってただろうが、今は俺の方が上だ」
猫のように雅は着地をするとすぐにその場から離れる。
なぜなら黎人が鞘で雅がいた場所を強打していたからだ。
左手で軽機関銃でパララララッという音ともに弾を吐き出させる。
「痛ぅ」
≪防御特化≫をして皮膚を鋼鉄並みまで上げたにもかかわらず、弾が体の表面を抉る。
雅は頭をフル回転させて、打開策を練る。
(一つに特化したら黎人に上回ってると思っとったのに……全部上なんかよ)
ふと気づくと、弾丸の霰がやんだと雅は思った。
しかし目の前にいたはずの黎人は完全に消えていた。
「ッッッ」
「シャアアァァ!」
雅は咄嗟に腕で首を庇う。
黎人は覇気とともに首筋にチョップを喰らわせたが、雅の手の甲を砕くだけにとどまる。
「ってぇな、このクソ野郎が」
「大人しくっ、しろ!」
あまりの痛みにより、雅は思考を完全に戦闘に切り替える。
(一撃入れば、呪いの状態の黎人なら倒せる……被弾覚悟で行くしかない)
雅がフッと余計な力を抜くとライフルを構える黎人に向かって突撃する。
そこからの戦闘は加速した。
雅が≪攻撃特化≫で黎人に蹴りを加える。
黎人はその攻撃を籠手捌きだけで受け流す。
カウンターが雅の体に叩き込まれて数歩後退させられてしまう。
「……もうやめろ」
「まだまだっ!」
接近する黎人がグレランで雅を爆破しようとする。
雅は≪迅速≫で初撃を避けるが、次弾、参弾目を着弾してしまう。
それでも懸命に雅は黎人に向かって歩を進める。
「くっそがぁあああ」
黎人が目にもとまらぬ速さで剣をふるう。
雅は視力を最大まで強化して、最低限の動きで避けた。
しかし、膝蹴りを腹部に入れられて意識が飛びそうになる。
「ガフッ」
雅はあまりのダメージに無様に地面に転がされる。
「確かに、俺はだいぶ呪いでパワーは弱くなってるさ。でも」
黎人の声がかなり遠くに感じた。
「それでも雅よりも遥か上だ」
黎人はフェルシアの方へと歩いて行こうとする。
そんなことぐらい雅だってわかっていた。
でも諦めれない理由もあった。
雅は右手で黎人の足首を掴んで離さなかった。
「まだ、まけ…てな」
「もう眠れ」
黎人は雅に向けてライフルを構えると一発だけ背中に向けて打ち込む。
着弾した瞬間に雅は半透明の盾と地面にプレスされる。
≪全属性防御盾≫を銃口から放ったようだった。
雅が動けないことを確認するとクルリと後ろを向いてフェルシアに向けて再度歩き始めた。
歩きながら一言だけ雅に向けてボソリとつぶやく。
「俺たちが死んだら、フェルシアのこと頼むな」
そんなズルい言葉を残して。
雅は指一本すら動かせない状況の中で、意識がかなり朦朧としていた。
(やっぱり敵うわけないよなぁ)
そんな中でも思うのは自分の弱さである。
実際に雅は今のメンバーの中では最弱と言っても過言ではない神託力しかないのだ。
その上に主人公という強大な力を持った敵。
勝てる要素など一つもなかったのだと雅は感じた。
(やっぱり無理なんだよ。僕みたいな友人如きが運命切り開くとかなんとか)
雅は半分自棄になりながら、唇を思いっきり食いしばる。
一瞬だけ鉄の味がしたが感情の渦の方が強すぎて途中から何も感じなかった。
(あー、もうやめやめ。 このまま流れに身を任せればええわ)
雅が何もかも考えるのをやめようとする。
しかし、その時に一つの声が聞こえてきた。
『本当にいいの?』
(誰かしらんけど、勝手に決めやんといてくれる? これは僕の人生やし)
投げやりな雅の回答に謎の声は疑問の声を上げる。
『なんで諦める? もっと頑張ってもいいんじゃないか?』
(ふざやんといて!頑張ったわ!!もてる限りの全てをぶつけてもダメやったんや!)
『――――また失うつもり?』
謎の声は不満そうに雅を問い詰める。
もう一度雅に言う。
『私と同じように失いたいの?』
謎の声がどんどんと霧が晴れていくようにクリアになる。
「えっ?」
雅はその声を知っていた。
誰よりも気高く、何者よりも凛々しい。
雅にとって一番尊敬する人物で、幼馴染である少女。
「もしかして―――――」
腰にまでかかる長い茶髪で、ほんの少し意地っ張りで仲間思いの少女。
その名は、
「―――ティア姉?」
今いるはずのない少女が雅の目の前に現れた。
次回は回想回に入ります




