欲望と葛藤
雅は双牙高校に着いた後に捲にまず情報収集がどんな感じだったかを聞いてみた。
「捲、何か進展あった?」
「昨日の今日でやれというお前がヤベェな。まだ対して集まっていねぇよ」
捲はやや不貞腐れた顔で手を軽く上げてそう言うと自分の机に突っ伏した。
その様子に少し雅は笑いながら、彼の机をまじまじと見た。
机の上の捲の数冊のノートには大量の書き込みと乱雑に黒く塗りつぶされた箇所があった。
彼自身の手に所々絆創膏が貼られていたり、豆ができている箇所もある。
(なんだかんだで本気で取り組んでくれているやな……ってモテる秘訣って何やねん!?)
ノートの隅に書かれていることに思わず心の中でツッコんでしまうが、それよりもさらに気になるところがあった。
「毒と呪いの対策?」
熱心に書き込んであるのは呪いに対抗できる神託力と治療系神託力についてだ。
その疑問に顔をバッと上げて捲は答える。
「あぁ、アジトの場所なんて分かるわけねぇし神託力で毒や呪いを防ぐことのできるやつをメインに調べたんだ」
「場所あきらめんのはぇえよ。ま、アジトの位置はある程度絞り込めたからそっちはもういいや」
「え! 分かるの早くね!?」
驚いた顔で捲が見てくるが、情報元の素性が分からないので乾いた笑いを浮かべることしかできない雅である。
死んでいる笑顔を見て何かを察したのか捲はそれ以上追求せずに話の続きをする。
「ま、まぁそれでアジトに乗り込むんだったら治療系とかも欲しいのが実情だろ?」
「そうやな。でも知り合いでそんなことできるのってフェルシアのお母さんだけだからな」
フェルシアの母親は医療系特化の神託力の持ち主なので是非とでもいっしょに来てほしいが、実際の戦闘能力がそこまで高くないらしいので無理強いは不可である。
捲はその言葉を待ってましたかとばかりに雅に言う。
「ふっふふ~、だから俺がその作戦に参加してやるぜ!」
「だけど捲も戦闘系の神託力じゃないじゃん……それに毒とか呪いの対策できるん?」
「俺の【巫女風】には強化や弱体の能力を付与できるって前言わなかったけ?」
「いや、もう誰も覚えてないと思うぞ」
「ヒドイ!?」
もう一度説明しよう。
神風捲の神託力である【巫女風】は、自分や仲間に対して能力を上昇させることができ、敵には弱体効果を発動する風を巻き起こす能力。
捲の発生させる風には基本的に攻撃能力は皆無だ。
雅は唸りながら、捲に聞く。
「そこまで言うなら呪いの抵抗力上げれるのか」
「ああ。半減程度になら余裕だ」
「それなら是非付いて来てほしいんだけど、めっちゃ危険だぞ?」
そう言って椅子にもたれかかったままペンをクルクルと廻す。
ペン先を雅に向けるとこう続けた。
「心配はありがてぇが、俺は戦闘できないこともねぇよ。
武器の扱いはそこそこ自信があるしな……こんな風に」
そういうや否や、捲が座っていた椅子を後方に蹴り飛ばして、目にも止まらぬ速さで雅に肉薄するとペンを喉元に突きつける。
余りの速さに雅が一瞬捲を見失ったほどだ。
雅は一歩も動かずにそれを見ていると、捲がニヤリと笑いペンを机に置く。
「ま、俺の強さがこれでわかっただろ?」
「分かったよ。僕と一緒に来てくれ、捲。」
「ふん、わかりゃあ良いんだよ。分かれば」
雅が手を差し出すと捲が人懐っこい笑顔で握手をする。
握手していた手を離すと捲は眼鏡をスチャっと装備して、またノートに情報を書き込み始める。
雅は部屋をでる。
ただ一つ雅が気になったことは、
(あいつは何処で武器の扱い習ったんやろ? 僕や黎人みたいに戦い慣れしてる奴を一時的にとはいえ圧倒するなんて……)
捲の強さが何時何処で手に入れたものなのかをすごく聞きたくなる衝動はあったが、それを今は抑え込んで水瓜の方に聞きに行く。
◇◇◇
数分後、水瓜の部屋の前にまで来て気付く。
「あ、連絡してないけど大丈夫かな……」
前の時は待ち合わせをしていたためワザワザきてくれたが今部屋にいるとは限らないのに気づく。
自分のうかつさに思わず頭を抱えたくなるが、気にしても仕方ないと開き直りノックをする。
すぐに部屋の中から返事が返ってきた。
「どうぞ」
「あ、お邪魔します~。って先輩珍しくラフな格好っすね」
ドアノブを捻って部屋に入ると、そこには双牙高校のジャージを着て寛いでいる水瓜の姿があった。
基本的に制服のイメージが強い水瓜には珍しくやる気のない恰好だ。
ちなみにジャージは配色は紺瑠璃色が基調とされて、鮮やかなラインが服に描かれている代物。
このラインの色で学年が分かれており、銅が1年、銀が2年、金が3年だ。
左胸元に四つの牙が交差した双牙高校の校章が縫われている。
まぁ、今は水瓜のせいでその牙が破裂しそうなほどに膨らんでいるのは言ってはダメだ。
(質量保存の法則って本当にあるのかなぁ……すげぇ胸)
水瓜の体重が思わず気になってしまう雅である、知らないが。
ベッドでごろごろしながらめんどくさそうに水瓜が言う。
「あー、そろそろ球技大会が近づいて来てるから練習してたのよ」
「なるほど。球技大会があるんですね……」
「完全に上の空だよね、君。私の胸ばっか見るとかエロいねぇ~」
「み、みてないっすよ!?」
水瓜がジトッとした目をしながらニヤニヤと雅に向けて笑う。
対する雅は完全に図星を突かれて、雅は明後日の方向に向いて口笛を吹いていたがすぐに本題を思い出す。
「じゃなくて! 情報収集の件どうでしたか!!」
「プッ……無理矢理話題変えてきたわね」
笑いを必死にこらえながら水瓜はベットから立ち上がる。
そして机から一冊の小さな本を取り出す。
雅がそれを見て驚きを隠さずに言う。
「それってもしかして……場所判明したのですか!?」
「言ったじゃない、私はヤるときはヤる女よ」
「……言葉に含みがあるのに何か腑に落ちませんけど、それを貸してください」
雅が本を貰おうと手を出すと、水瓜はメモ帳らしきものを手に取って―――胸の間に挟み込んだ。
簡単に言うと水瓜のビッグバレーにアジトの位置がフォールしたのだ。
水瓜がペロリと口元を舐めると、艶めかしい様子で雅に囁く。
「ここから取り出せたら見ていいわよ?(はぁと)」
「ハァ!? 何言ってるん!!? 頭大丈夫なん?!」
雅は動揺を表に出しながら、慌てて差し出した右手を戻そうとする。
だがその動作が途中でグッと強い力で止められた。
すぐに水瓜のせいかと思い右手を見ると、自分の左手が右腕を戻そうとしているのを中断させていた。
理由は一瞬で分かった、これは葛藤なのだと。
そして雅の頭上で突然天使と悪魔が出現して(もちろん幻想)、
まず天使が雅に対してこう説得する。
『早く手を戻しなさい。そうすればこれ以上捩じれた関係にはならないはずです。何時もめんどくさがってるじゃないですか貴方。』
(そ、そうだな。触ったらこれ以上ベタベタされる可能性が増えるしな……駄目だな)
そう言って右手を戻すのを手伝ってくれる。
だが、すぐに悪魔がそれを邪魔して黒い笑顔で言う。
『オイオイ、雅よぅ。いつもお前はこーゆうイベントを全て見逃してきたんだろう? だったら今なら事故でデカメロン収穫祭ができるんだ……偶然ってことにすりゃあ万事解決だぜ』
(ウッ、確かに今回は合法でイケるのは確定やな。今回ぐらい良い、よな?)
雅がそう納得して右手をさらに前に出そうとすると天使が止める。
『バッカ! 何騙されてるんだよ!?』
『こいつの言うことを信じるんじゃねぇ……お前には《願い》があるんだろ?』
悪魔が雅に囁くと、天使を止めるためにフォークを持って攻撃をする。
悪魔が言った《願い》……それは《願い》というたった一つの信念。
ずっと叶わなかった夢。
(だからこそ、今! ここで叶える!!)
雅は天使の制止を振り切り、勢いよく右手を繰り出す。
しかし、突如雅の背中に強烈な打撃がぶちかまされる。
「ゲポォオオオ!?」
雅はあまりの衝撃に奇声を発しながら床を転げまわった。
その瞬間に聞きなれた少年の声が頭上から聞こえた。
「雅、心配かけたな!! もう大丈夫だ、俺が来た!!」
2階の窓を突き破りながら黎人が部屋に飛び込んできた。
その様子に完全に呆れかえりながら水瓜はぼやく。
「なんというか……黎人ちゃんは間が悪いわね」
水瓜が少し残念そうに舌打ちすると、黎人が不思議そうな顔をする。
「つーか山下先輩ここで何してるんですか? 雅の部屋でしょ?」
「違うわよ~ここは私の部屋よ。それよりも雅ちゃんを踏みつぶしているけど大丈夫?」
「え!?」
黎人が驚いて足を退けると雅が目を回しながら地べたに寝転がっていた。
「おおう! 雅大丈夫か!?」
「大丈夫かと思ったのかコノヤロー」
ムクりと体を持ち上げると雅は恨めしそうに黎人に言う。
「てめぇ……一生に一度のチャンスを無駄にさせやがって!」
「グフゥ!?」
とりあえず黎人にボディーブローを一発撃ちこんで雅は気を済ます。
その様子を無言で水瓜は見ながら、メモ帳を普通に渡した。
主人公がボコボコにされても放っておくのが脇役スタイルである。
さて、雅は受け取ったメモ帳を開くと同時にスマホを取り出して写真で撮影した巻物の内容を確認する。
それを比べてみた結果……
「……同じか」
雅は静かにそう呟くと、メモ帳を机の上に置く。
どちらにも書かれている内容が完全に一致した。
雅は黎人の顔面を踏みつつ水瓜に聞く。
「この情報は何処からとってきたん?」
「詳しくは言えないけど、信頼できる場所から情報はとってきたわ」
「言えないんかい」
雅のツッコミを軽く受け流して水瓜は続ける。
「で、天賦君と雅ちゃんの二人でフェルシアちゃんを助けに行くの?」
「まさか! 一応、捲と凛化っていう黎人の妹を誘う予定です」
捲は来てくれると言っていたので数に入れているが、他のメンバーをどうするか雅は悩んでいた。
凛化は頼めば喜んで一緒に来てくれると思っているのだが、さすがに4人で組織一つを倒せるなど思ってはいない。
だが、
「ですが、多すぎたら逃げられる可能性がありますし」
「ははーん、少数精鋭で挑む感じね~」
水瓜は楽しそうにそう言うと雅にお願いをする。
「じゃあさ、もし良いんだったら私も数に入れてくれない? 大方メンバーに困っているんでしょ?」
「図星やけど、先輩はあんまりフェルシアと関わりないのでわ」
基本的に学年が違うというのもあるが、フェルシア自体が人との喋る事を好んでいなかったから関係はないと雅は思っていたからだ。
しかし、水瓜は何を言っているんだという感じに話す。
「分かってないな~。友達の友達は友達よ」
「いい言葉ですけど僕まだフェルシアと友達なってないですよ」
「細かいこと言うな!」
「イデッ!」
と、水瓜に軽く小突かれて若干蹲る雅である。
その後、完全に床に伸びていた黎人を引きずりながら雅は退出した。
◇◇◇
たった一人になった水瓜はベッドの上で枕を抱きしめながらゴロゴロしていた。
別に何もおかしいことはない。
ただ、水瓜は涙を目に浮かべながら目を瞑り呟く。
「きっとオレの事を覚えてないだろうけどさ、雅。
オレだって友達が消えてしまうのはもう嫌なんだよ。」
水瓜が願うのは、雅の無事。
中学校が同じだったことも伏せて、自分の気持ちすら完全に捻じ曲げてまでも彼を守る。
それは行方不明になってしまった親友からの大切なお願い。
「ティア、絶対に守って見せるからな」
義理堅い少女は涙を手で拭ってそう固く決意した。