主人公の裏方
そのまま黎人とフェルシアが洒落たレストランに入っていくのを、凛化と雅が意識を失っている鹿を左手に2人の様子を眺めていた。
「ほっんまあぶないとこやったなぁ……」
「ミー兄グッジョブ!」
お互い頬に金糸雀色の紋様を浮かばせつつ顔を見合わせてニヤリと笑う。
そう、さっきのは雅が鹿の首にチョップして気絶させて、凛化は雅の神託力をコピーして≪攻撃特化≫を使い運んでもらったのだ。
一瞬目の前を通ってしまったが、2人とも変装もしているため万が一にもバレる可能性はないだろう。
雅はそう考えてうーんっと伸びをしながら安堵する。
「これでとりあえずは第一ミッション終了やな」
「うん。他の姉妹は今のとこ居ないみたいだし、このまま念のためにストーキングしよっか」
「ほいよ」
(……念のためにストーキングって日本語的にどういう意味やねん)
とかは思わない雅である。
凛化と雅は追いかけてレストランにこっそり入った。
黎人たちを確認できる席を確保し、近くにきたウェイターに飲み物を注文して休憩をする。
ちなみに鹿はめんどくさいので縄でぐるぐる巻きにしてトイレに放置。
しばらくすれば起きるだろうが、あの二人が帰るまでは持つだろう。
とか考えていると、正面に座っている凛化が水を飲みつつ雅に聞く。
「ミー兄、やっぱ今日あたりにでもあの二人キスするのかなぁ?」
「き、キス!?」
雅は思わず立ち上がって大声で言ってしまう。
周囲の視線(奇跡的に黎人達には気づかれなかった)が一気にこっちに集まるので思わず身を小さくして机に突っ伏した。
その時に女装しているのを忘れてて、デカい偽乳のせいで机に顔が引っ付かなかったことは蛇足かもしれない。
「ミー兄、ちょっと声大きい!」
「ごめん……」
雅は動揺を隠せずに目がめちゃくちゃ泳いでいた。
彼は残念ながらキスすらしたことのないピュアボーイである。
結構モテる筈なのだが、モテるのは危険人物がほとんどだったため付き合うことはなかったのだ。
だれが彼を責め立てれようか、否ありえない。
凛化は小動物を見るような目で雅をみながら、顔をほころばせる。
「ミー兄も年相応に可愛い反応できるじゃん」
「う、うるさいやい。今はキスの話関係ないやろ!?」
「分かった分かったよ、ミー兄☆」
凛化はクスクス笑いながら、注文したサンデーを美味しそうに食べる。
ただその時に凛化が軽くこちらを見て少しだけ頬を染めたのには雅は気づかなかった。
無邪気にサンデーを食べる凛化に雅は若干ムッとしつつも黎人たちの動向を探る。
チラッと見ると、黎人はやや不慣れながら高そうな料理とにらめっこしつつ、フェルシア自身はその様子を眺めつつ優雅に食べていた。
フェルシアの目線がやや熱く黎人に向いているのが分かったが、それよりも雅は気になることがあった。
(む、値段が高い……?)
雅は仏頂面のまま凛化に聞く。
「なぁ、ひょっとしてここの代金って僕持ちやの?」
「もちのろんです。ミー兄実家は超金持ちじゃん」
「今関係ないやん……絶対払いたくない」
「でも私はほぼ一文無しできてるも~ん」
「く、この性悪女め!」
とか言いながらも、雅はげんなりしつつ財布を確認する。
一応3万ほどはあるものの全く使いたくない。
この貧乏の性根ができあがっているのはやはり関西人の性なのだろうかと考える雅である。
さらに凛化が足をブラブラさせながら羨ましそうに言う。
「ていうか、ミー兄のお母さんは現役モデルの『ツバキ』様で、お父さんは最強の男の娘である『ユウ』様でしょ。うらやましい」
「そのことは否定せーへんけど、僕の苦労も考えてほしいわ……」
凛化が言った通り、雅の両親はモデルと他の職業も兼業する最強夫婦だと言われている。
母親が現役モデル兼グラビアアイドルで、父親が現役モデル(!?)且つ役者&スタントマンである。
2人は容姿端麗だと言っても全く過言ではない、
ないのだが両親が美人すぎたせいで雅もそう生まれてしまったのだ。
男の娘に。
雅自身も両親から中学卒業後、モデルをしろと再三勧告を受けているが完全に無視して国立双牙高校の寮に入った。
それまでに何度かそのバイトをして金を稼いだが、すんごい荒稼ぎができてしまいやや目が眩みそうになった。
だがまぁ書店に自分の写真集あったの見て萎えたので、その後は全くしていない。
「将来はモデル以外の何かカッコいい職業に就きたいなぁ……」
「ミー兄、たぶんそれフラグだね」
「……」
自分の夢を一撃で砕く凛化に冷たい目を向けつつ、黎人たちを見るともう席から立ち上がりそうになっていた。
「うぉ、そろそろ行くぞ」
「りょーかい~」
雅が慌てて立ち上がり、凛化がサンデーの残りを口にかき込むと鞄を持って立ち上がる。
会計をすませて黎人たちを追う。
追いかけてる途中に、ふと雅が時計を見ると6:30を示していた。
窓の外はかなり暗くなり始めていた。
「あいつらも、もうそろそろ帰るやろな……」
「んだね、ミー兄。最後に駅まで行くの見送って私も帰るね」
「おけ」
そのまま特に何事もなく、凛化と雅は2人を駅の近くまでついて行った。
(もう今日はこれでおわるやろな)
そう思い、雅も帰ろうとして凛化に声を掛けようとすると口を塞がれる。
「ムググ?」
「ミー兄、ちょい待って今いい雰囲気出てる……」
雅は疑問に思いつつ、凛化は若干興奮した様子でフェルシアと黎人を見る。
2人が向かい合って何かを話し込んでいるが、だが如何せん距離が遠すぎた。
凛化がむむむと唸る。
「むむぅ、全く話が聞こえないね」
「そりゃそうやろ…100Mほど離れてるし小声っぽいじゃん」
「それでも何言ってるか聞きたいの!」
駄々をこねる凛化はまだ中学3年生で人の恋路とかに興味がビンビンなのである。
たいして雅は高校生な上に、
(このシーン見飽きた)
という冷めた感想を持つ残念な男の娘である。
しかし、悲しいかな雅はとんでもないお人好し的な面もある。
凛化の頭をポンポン叩くと一つ提案する。
「凛化、一つ貸しで良いならあの話を聞かせてやろう」
「!!! 本当に!?」
目をキラキラさせながら涎を垂らす凛化にドン引きしつつ答える。
涎のたれ方が異常な感じなので正常なのか不安であるほどだ。
まぁ、
「ちょいと成功するか微妙やけどやってみるわ」
雅は息を整えると能力を使う。
「【全能力制御】……<盗聴>」
自身の能力値を変動させて耳に力を集中させる。
雅の顔周りらへんに白色の刺青が走り輝きだす。
雅は耳を澄ませて二人の会話を聞き始めた。
◇◇
夕焼けに照らされたフェルシアが口を開き、黎人の目を見て静かに尋ねる。
『ねぇ、黎人さん』
『なんだよフェルシア』
『あなたは前に仰いましたわよね? 私が何者であろうとも助けてくれると』
『あぁ、本当だよ。何があっても絶対に助けてやるよ』
黎人がノータイムでそう答えると、フェルシアは目を丸くした。
その話を一緒に聞いている雅は頭に手を当てて、
(うっわっちゃー、頭イッター)
凄まじく恥ずかしいセリフをこうも言ってのける主人公に対して赤面してしまうだけだ。
恥ずかしい友達を持ってすいませんということだ。
ちなみに凛化にこれをそのまま聞かせているが、彼女自身はキャーキャー言っている。
雅にとって冗談抜きでなんでそう言えるか信じられない領域だ。
まぁそれはおいといて、フェルシアはまた口を開く。
『本当の本当ですか?』
『本当の本当だよ』
『本当の本当の本当ですか?』
『本当の本当の本当だよ!』
黎人が若干「本当」を言いすぎてイライラしてるのに雅が気付いているが、フェルシアはそれに気づかずにさらに問いを重ねる。
むしろこのことを聞いてもらいたかったみたいに。
『では、私が例え……』
一拍置いてフェルシアは低い声で話す。
『世界を滅ぼす災厄だとしてもですか・・・?』
ここまで読んでいただきありがとうございます。
そろそろ炎姫編が本格的に始動です!