エピローグ
異変に気付いて、駆けつけてきた白虎や青龍に息子達を頼み、俺は怪我の治療をした後、ある所に向かっている。
「お前がわざわざやってくるとは珍しい」
赤髪の男が姿を現す。やはり、この男も来ていたか。
「八年ぶりだな、 。いや、今は聖焔と言った方がいいか?」
「どちらでもいい。それより、帝王はどうした?てっきり、あれを届けに来てくれると思ったが?」
奴はそう言って、周りを見回す。
「青い鳥が『彼と話したいことがたくさんあります。一日ほど私の貸し切りです』と言って、引き渡そうとしなかったから、置いてきた」
無理矢理持ってきたら、あの少女はまた赤毛狩りを再開するだろう。
「あの娘は昔と変わっていないようだな。まあいい。明日までは待ってやるから、戻って来いと伝えてくれ」
どうやら、自ら引き取りに行くつもりはないらしい。まあ、あの少女がいる時点で、それはできないのかもしれない。
「ああ。そう言えば、スノウがお前に逢いたがってた」
いつもの状態なら、連れてきても良かったが、今は魔力切れで、契約者である息子のところでその分補充中だったので、連れてこなかった。
「………スノウ?」
彼は怪訝そうな表情を浮かべる。
「あの森に住みつている精霊だ。息子が付けた名前だ」
「……あいつか。あいつ、お前の息子と契約したのか」
俺とは契約しなかったのに、と奴は言う。八年前、あの村にあいつがやってきた時、帰る前に、森の封印を頼んだ。その時、奴と彼があったわけだが、奴は彼と契約を申し出た。だが、あの彼はこの村を気に入っているので、断った。彼は彼で、奴の魔力を気に入ったようだが。
「そのようだ。今は我が家で寝泊まりしている」
上の息子は彼のしたいようにさせているので、時々、森に帰ったりしている。
「そうか。それは残念だな。俺は彼を気に入っていたんだが」
奴は残念そうに言う。
「お前には精霊らしい精霊がいるだろ。それで我慢してろ」
奴には自分の魔力で作りだしたらしい人工精霊を使役している。彼が魔法陣破棄できるのはその人工精霊のお陰らしい。
「俺は子供じゃないから、彼の意志は尊重するさ。さっき、お前の息子に会ったが、お前そっくりな息子だな」
奴の言葉に、俺は怪訝そうな表情を浮かべる。
「鏡の中の支配者がべた褒めしていたから、少し興味がわいたから、会ってみた。噂通り、有望そうな魔法使いだった」
鏡の中の支配者が欲しがるのも分かるような気がする、と彼は言う。
「俺の眼が黒いうちは、あいつをそっちの方向に連れ込むのは許すわけにはいかない」
「その割には、黒龍のしたい放題は黙認してたみたいだな?」
「それはそれだ。あいつには青い鳥がいた。青い鳥がいれば、ぶち壊して、帰って来るのは予想が出来たからな」
青い鳥付きなら、許してもいいが、と俺が言うと、
「誰があの子まで引き取るか」
彼は苦々しそうに言う。青い鳥を教会からどうにか切り離したのに、また戻すようなことはするつもりは流石にないか。
「俺が来た用件は二つ。この剣だけはお前に渡しておく。赤毛に返すか、処分するかはお前が決めろ」
これを処分しても、アレも文句は言わないだろう。
「どうやら、あいつ、大暴れしたようだな。まあ、三年も持ったものだ」
彼はそう言って、受け取る。どうやら、アレがこの剣を住みついていたことは知っていたらしい。それなら、奴は処分しないだろう。あの赤毛がこの剣をどうするかは分からないが。
「もう一つは、俺の疑い深い知り合いからの伝言だ。このスパイ野郎、この国に何しにきやがった?だそうだ」
俺がそう言うと、奴は苦笑いを浮かべ、
「………ほう。白髪の奴には俺が来ていることはばれたのか。まあ、お前の息子が帝王に遭った時点で、その可能性はあったが………。一応、誤解しているみたいだから、訂正しておこう。俺がここに来たのはプライベートだ。帝王はその付き添いだ」
仕事ではないから、この国をどうこうしようとは思っていない、と言う。だが、彼は実質上、教会のトップだ。そんな奴がのこのこと遊びに来たとは思えない。
「まあ、隠さなければならないことでもないから、お前だけには言っておくか。あの組織がここ最近、こっちに出入りしていると言う噂を聞いたものだから、調べに来た」
俺はそれを聞いて、眉を顰める。彼女の一族は彼女が死んだ時点で、静かになったと言う話を聞いた。もしかしたら、彼女の娘の存在がばれたか?
「率直に言う。あの組織はあの子を狙っている。どんな形であろうと、奴らはあの子に接触してくるだろう」
奴は真剣な眼差しで言う。近い将来、息子とあの少女の前に、奴らが現れるかもしれない。それでも、息子たちなら、乗り越えられると信じている。
だから、息子には期待したい。彼女に見せられなかったものを、あの少女に見せてほしい、と。
***
あの後、白虎さんや青龍さんが速やかな対処をしてくれたお陰で、あの出来事は大事にはならなかった。青い鳥は帝王をぐるぐると縛りつけて、今度、トニーと一緒に遊びに来ることを約束させていた。
青い鳥に出会ってしまった時点で、彼はもう逃げる理由はない。約束などせずとも、トニーと遊びに来ることだろう。その時、いろいろとゴタゴタが起きそうな予感があるが。
翌日、王宮で青龍さんと朱雀さんの結婚式が行われた。青い鳥は朱雀さんが投げたブーケを拾う気満々だったが、結局、受け取ることはできなかった。まだ、あいつには結婚が早いと言うことだろう。
数日、青龍さん宅に滞在した後、帰国することになった。シレン皇子はたいそう青い鳥が気に入ったようで、この国の兵士にならないか、と誘っていたが、あいつは当然断っていた。シレン皇子には悪いが、それはそれで良かったと思う。青い鳥がこの国の兵士にでもなったら、青龍さんが本当に胃潰瘍になるかもしれない。
俺達は青龍さんの見送りのもと、この国を去った。まだ、青い鳥と同名を名乗る少女のことは全く分かっていないが、それでも、親父のことは少し分かった。
20年前、あの国を青龍さん達と一緒に救った英雄の一人。もしかしたら、黒龍さんはそのことを知っていたのかもしれない。
そんな訳で、俺達が村に帰ると、青い鳥はさっそく親父のポスター(懸賞金付き)を村人に配ろうとしていた。流石の親父もそれは黙認できないようで、配る前に、紙吹雪にしていた。
俺はと言うと、青い鳥が配る予定だったポスターを一枚預かっている。家に帰ると、出迎えてくれた弟達と遊びに来ていたハクにお土産とスノウを渡すと、大喜びで部屋に入っていった。どうやら、彼らはどうしてスノウが俺と一緒に帰って来たのかは気にしていないらしい。まあ、スノウは神出鬼没なので、何処から現れようと驚かないのかもしれない。
「あら、お兄ちゃん、お帰りなさい。お父さんと青い鳥ちゃんは一緒じゃないの?」
皿洗いをしていたお袋が姿を現す。
「親父は青い鳥と大道芸をしていると思う」
青い鳥と親父が攻防を広げていると、騒ぎ好きな村人達が集まっていたので、嘘は言っていない。
「あら、そうなの」
お袋はそんなことを言う。
「お袋、これは青い鳥からのお土産」
俺は青い鳥から預かったポスターを渡す。
「あらあら、お父さん、昔もいい男だったみたいね」
お袋はそのポスターを見ながら、そんなことを言う。お袋にとって、訪ね人となっていたり、懸賞金がかかっていたりするところはどうでもいいらしい。
「老若男女問わずに、大人気だった」
「そうなの?それはお母さん、お買い得商品を買ったものね」
流石、私ね、と、お袋は満足そうに言う。
「青い鳥がタキシードを着た親父を見て、結婚したいそうだ」
「青い鳥ちゃんが?タキシード姿のお父さんはさぞかし格好良かったみたいね。私も見てみたかったわ」
お袋は残念そうな表情を浮かべる。あれ?お袋は親父の女性問題に沸点が低いのではなかったのか?俺は不思議な表情をしていると、
「………お兄ちゃん、変な顔をして、どうしたの?」
お袋はそれに気づき、そんなことを尋ねてくる。
「お袋、親父が女性に囲まれて、何も感じないのか?」
俺がそう言うと、お袋は一瞬キョトンとした表情を見せるが、次の瞬間、悪戯っぽく笑う。
「あら、お兄ちゃん、私が妬くかと思ったの?あの唐変朴のお父さんがたくさんの人を愛せると思う?」
「いや、そうは思わないが、お袋はいつも、親父の女性問題になると、怒っているじゃないか」
お袋が妬いていないというのなら、今までのやつは何だったんだ?
「あれは演技よ、演技。お父さんはそれくらいしないと、構ってくれないから」
私だって、少しは気にかけて欲しいのよ、とお袋は言う。今までのやつは演技だと言うのか?お袋よ。こんなところで専業主婦なんてしてないで、何処かの舞台で女優になった方が良かったんじゃないのか?お袋なら、大女優になれたかもしれない。
「そう言えば、お兄ちゃんには話をしたかしら?お父さんとの出会い」
お袋が突然そんなことを言ってくる。
「親父が餓死で倒れているところを助けたんだったっけ?」
「そう。でも、正確には違う。私はお父さん、いや、貴方のおじいちゃんと一緒に王都に行く途中だったの。そしたら、お父さんが道端で倒れていたの。最初は空腹で倒れていると思ったんだけど、彼の血色が悪かったし、服が血だらけだった。だから、馬車に乗せて、近くの診療所に運んだのよ」
その話は初耳だった。
「一命は取り留めたけど、その時のお父さんは目を離すと、何をしでかすか分からなかったわ」
おそらく、お袋に出会う前に何かあったのだろう。恐らく、その何かに、青い鳥と同名の少女が関わっている。
「診療所に置いておくわけにはいかないから、村に連れてきたわけだけど、お父さんは心ここにあらず、だったわ。そんなお父さん見て、お母さん、無性に腹立って、ビンタを喰らわせたわ。貴方の命はお父様とお母様から戴いたものを粗末にしてはいけない。男なら、何があろうと、立ち上がりなさいって」
あの温厚なお袋がビンタするとは……。子供にだってあまり叱らないお袋である。親父よ、あんたは何をした?
「まあ、そんなわけで、それから二年が経った後、お兄ちゃんが生まれた。お兄ちゃんは私達の大切な宝物。エンもレンもそう。青い鳥ちゃんもハクちゃんもそうね。みんな、宝物」
お袋はそう言って、穏やかな表情を浮かべる。直接そう言われるのは恥ずかしくて、くすぐったいが、とても嬉しい。
「だから、お兄ちゃん、早く孫を見せて頂戴ね。私達はそれを楽しみにしているから」
お袋はそう言ってくるが、子供と言うのはそう簡単に作れるもんじゃないぞ?その前に、相手もどうやって作るんだ?
「………では、さっそく、子供を作ります」
青い鳥は突然姿を現す。その後ろには親父が現れる。
「最初は女の子を作ります」
「いやいや、青い鳥さん、俺は貴女と子供を作るつもりありませんから」
「サーシャおばさんが欲しがっています。それなら、子供を作らなければいけません」
「お袋の孫を見たいと言う願望はいいとして、どうして、俺がよりによってお前と子作りしなければならない」
お前と一緒になりたい奴は他に一杯いるだろ。
「朱雀さんのウェンディング姿は綺麗でした。私もウェディングドレスを着たいです」
「それはお前の願望じゃないか!!」
「あらあら、朱雀さんのウェディングドレスは私も見たかったわ。さぞかし綺麗だったでしょうね」
お袋がそう言うと、青い鳥は懐から一枚の写真を出す。
「そう言うと思っていましたので、集合写真を持ってきました」
青い鳥はそう言って、写真を机に置く。
「朱雀さん、綺麗ね。隣にいる新郎さんが青龍さん?中々男前の人ね。そこにいるのがお兄ちゃんと青い鳥ちゃんね。お父さんはどれかしら?」
お袋は親父の姿を探す。
「これです」
青い鳥は親切にも親父を指す。
「あらあら。お父さん、とても若々しいわね。惚れ惚れしちゃうわ。でも、お父さん、横にいる女性達は誰かしら?」
お袋が笑顔でそう言うと、親父の表情は引きつる。どうやら、お袋によるお袋の為のお袋の舞台が始まるようだ。
俺は青い鳥を連れて、リビングから姿を消す。すると、親父の謝る声が聴こえてくるが、気にしない。彼らにとって、それが夫婦円満の秘訣だと思うから。
異国の守り人がいなくなった国はその意志を継いだ次の守り人が守っている。それはこの先も同じだろう。もしかしたら、朱雀さんと青龍さんの間に子供が生まれ、その子が守り人となるかもしれない。
そして、異国の守り人は別の場所で守りたいものを守る。彼の人生は誰にも帰ることができない。おそらく、この先も、彼は守りたい者と一緒に生きていくことだろう。それが彼が選んだ人生だから。
FIN……
これで、青い鳥と異国の守り人はおわりとなります。翌日からは青い鳥と哀しみの業火となります。この話は黒犬の先輩、紅蓮をスポットに当てた話です。よければ、次作もお付き合いください