Ⅶ
『―――お前、何でそんなところで寝ているんだ?風邪引くぞ』
俺が幼い頃、そう言って来た少年がいた。どう見たら、寝ているように見えるんだ?空腹で倒れて死にかけの俺を?こいつの頭はおかしいのではないか?
それが奴の第一印象だった。頼んでもいないのに、奴は世話を焼いた。体力も回復しておらず、旅をするには物資が不足していたので、大いに助かったが、何故、奴が世話を焼いたのかはわからない。ただ、ある日を境に姿を消した。奴が向かった村に向かうと、村はし跡形もなかった。何が起きたかは分からない。そこに居続けるのは不味いと思い、その場を後にした。
奴との関係はそこで終わるはずだったが、あの時、最悪な形で再会するとは思わなかった。
本当なら、あの時で切れたはずの繋がりが彼女という存在が繋いだのだろうと思うことがある。
そして、今はあの少女が俺達を繋ぎとめている。
あのことを思いだすと、あの時の痛みが伴う。
彼女は俺を選ばず、奴を選んだ。そのことだけでも、奴を腹立たしく思うわけわけだが、奴は彼女を守ると言ったのに、結局守ることが出来なかった。
俺はただ彼女に幸せとなって欲しかった。それだけなのに……。
奴が俺の前に姿を現したら、奴の息の根を止めるつもりだった。だが、できなかった。
奴は彼女と共に、俺の前から姿を消してから10年ほどの歳月が経った後、現れた。だが、一人ではなかった。彼女の面影を残した少女と共に。
彼女が残した唯一の生き形見。彼女の愛を受けて、生を受けた少女。
この子だけは彼女のような悲しい想いをさせてはならない。
例え俺の命を掛けることになっても……。
***
青い鳥が彼に無数の攻撃を浴びせるが、彼はいとも簡単に受け流していく。
「………ここまで成長するとはな。流石、俺が見込んだ女だけのことはある」
「……そう言っている割には余裕そうですが」
青い鳥はそう言って、蹴りを入れるが、それも彼は避け、
「当たり前だ。俺を簡単に倒せると思うな」
さっきのお返しと言わんばかりに、攻撃をお見舞いする。青い鳥はそれをどうにか避ける。
「感動の再会をしましたのですから、少し話しませんか?」
青い鳥はそう言うが、攻撃を緩めない。それは彼も同様だ。戦いながら、話すつもりか?
「……八年ぶりの再会だしな。少しくらいは話を聞いてやる」
勿論、闘いながらだが、と彼は言う。
「それでいいです。私は数か月前に翡翠の騎士に会いました。流石、貴方が鍛えただけのことだけあって、強かったです」
彼とは武道大会で戦いました、とあいつは言う。
「あいつに会ったのか?武道大会で戦ったのか。それは見てみたかったな」
まあ、その頃、彼はもうお亡くなりになっていたそうなので、見ることなどできるはずがない。
「それは剣の中で熟睡していた貴方が悪いと思います。まあ、帝王は私達の妹弟弟子対決には興味がなかったそうなので、どっちにしろ見えなかったとは思いますが」
青い鳥は興味なさそうに返す。剣の中で眠っていた?
「……剣の中で眠っていた?お前の師匠様は剣の精霊をやっているのか?」
思わず青い鳥に尋ねると、
「近いものがあると思います。剣の精霊さんをやり始めたのは死後だと思われます」
とは言え、彼は剣の精霊などする気は全くなかったので、今まで寝ていたのでしょう、とあいつは言う。こいつの言うことが本当なら、数年間眠っていたのか?精霊はお寝坊さんなのか?
―精霊は寝るという概念はあまりないけどね。と言うか、彼の眠りは自分の存在を維持する為じゃない?器を失くした魂は不安定になる。普通は死んだら、魂は飛散する。だけど、たまに、飛散せずに、魂のまま、現世に残る者もいる―
どうやら、彼はあの剣の中に入ったお陰で、飛散せずに済んだみたいだね、とスノウが青い鳥の説明に補足してくれる。
「普通の人間がそんなことできるのか?」
青い鳥やスノウの言うことが正しくても、彼は只の剣士だ。そんな人がそんなことができるとは思えない。
「それは帝王と彼の特異能力が為せる技でしょう」
帝王の特異能力は“呪縛”。全てのものを縛りつけることができる。殺戮王が執行者にいたのだから、何か特異能力を持っていてもおかしくはないが……。
「貴方の能力は“寄生”ではありませんか?」
青い鳥はそう言って、彼を見る。すると、彼はニヤリと笑う。
「よく分かったな。俺は一度もその力を使ったことはないが?」
「それはそうです。貴方の魔力の波長が精霊さんと似ていましたので。私としてはゲンおじさんに寄生できたことが驚きですが」
「あいつはわざと俺に身体を譲ったんだよ」
あの野郎も余計なことをしてくれる、と彼は言う。
「ゲンおじさんに関しては、何を言っても聞きません。彼は私達が理解できる思考はしていないので、放っておきます」
青い鳥はそうきっぱり言う。親父よ。人外思考している青い鳥に理解不能と言われているぞ?まあ、俺もあんたの思考を理解できないけど。
彼と青い鳥の話を聞いて、やっと理解した。帝王は殺戮王を殺した後、意識してか、無意識か、彼の魂を剣に縛りつけた。そこまではいい。自分の思い人が姿を現したのを感じ、帝王の身体に寄生して乗っ取り、ついでに親父も乗っ取った。
殺戮王が“寄生”なら、生きている間は使わなくても納得できる。おそらく、自分の身体を捨て、人の身体を乗っ取る能力だと思うから。
「貴方が人でなくても、私は関係ありません。最初から、貴方を同じ人間だと思っていません。本題はここからです。貴方は何故カレンを殺したのですか?」
カレンは貴方の眼中にはなかったはずです、とあいつの声色が急に低くなる。
カレン。帝王とトニーと同じ、青い鳥の幼馴染。そして、彼が殺した少女。その所為で、帝王と殺戮王が殺し合いをしたと言う。
「………カレン、か。確かに、殺す価値もなかった女だったな。まあ、あいつを焚きつけるにはいい贄ではあったがな」
彼がそう言った瞬間、青い鳥の攻撃が早くなり、彼の顔に傷を付ける。ちょっと待て、青い鳥。それは親父の身体だぞ!?
「カレンは貴方の道具ではありません!!どうして、そんなことをしたんですか!?貴方には彼女の人生を終わらす権利なんてありません。どうして、彼女は死ななくてはいけなかった理由が何処にあるんですか?」
青い鳥は怒りをあらわにしている。どうやら、怒りで、自分の目の前にいる人物が親父の身体と言うことを忘れている。
「私はカレンにも約束をしました。また再会します、と。貴方の所為で、私は彼女に会えなくなってしまいました。私は彼女に話したいことがありました。彼女としたいことがありました」
青い鳥は怒りに任せて、攻撃を仕掛ける。もう、あいつは冷静な判断が出来なくなっている。その所為で、いつもの青い鳥とは思えないほどの隙が出来てしまう。あの彼がそこに攻撃を入れる。すると、青い鳥の身体には次々と怪我を負う。だが、あいつはそれでも攻撃を止めない。自分の体などどうでもいい、と言っているかのように……。目の前にいる男を壊すことだけを考えている。
青い鳥は魔法が効きにくい身体をしている。その為、重症になっても、魔法では治すことができない。このまま、怪我を負うのは危険だ。そして、目の前にいる人物の意識は彼でも、身体は親父のものだ。このまま、大怪我を負わせるわけにもいかない。
それに、幸せを呼ぶ鳥が人を不幸にしてはいけない。例え、目の前にいる男がどれほど救いようがないとしても………。
「スノウ」
―君は本当に無茶ばかり考えるよね。君も人のこと言えないよ―
スノウはそんなことを言ってくる。それは自分でも分かっている。だが、もうこれ以上、俺は傍観することができない。俺はあんな青い鳥を見たくない。青い鳥のみんなに幸せを運ぶことを第一に考えて、頑張っているところが格好いい。だから、俺は青い鳥が格好良く羽ばたけるためならば、どんなことだってする。
あいつは幸せを呼ぶ鳥だから。
これ以上、あんな青い鳥の姿を見たくないから。
俺は剣を現す。ズキンと頭痛がするが、今は気にしていられない。
俺の剣の腕などたかがしれている。だけど、彼らを止めることができる奴はいないのだから……。なら、俺がやるしかない。
俺はその剣を手に取ろうとすると、腕を掴まれる。ここには俺たち以外に誰もいない。誰が、と後ろを振り向くと、気を失っているはずの帝王がそこにいた。
「………帝王!!眼が覚めたのか!?」
身体の中に干渉されたのだから、しばらくの間は目を覚まさないと思っていたが。
「………俺をあんたと一緒にして欲しくないわ。まあ、頭がぼーっとするけどな」
帝王は苦笑いを浮かべ、青い鳥達を見る。
「……あの男が黒髪のおっさんに乗り移っているんやな?」
「………ああ」
「そうか。それなら、その剣借りるで」
あんたは剣を握るべきやない、と帝王は言う。確かに、俺なんかより、帝王が扱った方がいい。だが………、
「あんた、まだ本調子が戻っていないんだろ」
そんな状態で、あの中に飛び込むのは自殺行為だ。
「その通りや。俺は上手く身体を動かせへん。やけど、逆上した青い鳥を正気に戻すことくらいはできるわ。それに、あんたがいる」
頼りにしとるで?と、帝王は言う。俺はこのまま指をくわえているつもりはない。
「当たり前だ」
彼がいようと、いまいと、俺はあいつを助ける。あいつは俺の相棒でもあるから。
「じゃあ、サポート頼むで」
彼はそう言って、剣を握りしめ、青い鳥達の所に走りだす。それなら、俺は帝王が有利に戦えるように補助するだけだ。
「スノウ!!」
―分かっているよ―
帝王に速度強化を付加する。すると、帝王はスピードを上げ、戦っている彼と青い鳥の間に入り、彼と青い鳥の攻撃を止める。予想外の乱入者に、彼も青い鳥も驚きの様子を見せる。
「………帝王、邪魔しないで下さい!!私はカレンの……」
青い鳥の叫びを聞く前に、帝王は青い鳥を蹴り飛ばす。
「カレンの何をするんや?カレンは自分の為にあんたが傷つくことを望んでおらへん!!いつものあんたらしくもない。そんなに自分の身体を傷つけて何がしたいんや?あんたが無謀の行動に出るから、あんたの魔法使いが自滅覚悟で止めに入ろうとしてたんや?」
帝王に喝を入れられて、青い鳥は驚いた様子を見せて、後ろを振り返る。
「………私は、私は」
あいつは自分が何をしたいのか。しようとしているのか、分からないようである。それなら、あいつがしようとしていたことを思い出させればいい。
「お前は剣術ごっこに付き合ってくれたおじさんとの約束を守る為にここにいるんだろ?」
―もしお前が名のある剣士に成長したら、俺に挑みに来い。その時は命をかけた戦いをしてやる―
武道大会で、あいつが話してくれた約束。今、彼はそれを望んでいる。なら、それを果たすのがお前の役目だろ?
「お前はその約束を果たす為に、ここにいるんだろ?殺戮王の言葉に惑わされるな!!」
カレンのことはこの出来事が終わった後に問い詰めればいい。だから、今はしなければならないことをしろ。
すると、青い鳥は冷静さを取り戻したようで、怒りは潜む。
「分かっています」
「いいところだったと言うのに、 、黒犬、邪魔してくれるな」
彼は俺と帝王を睨むが、
「あんたのやり口は理解した。二度もそれに引っ掛かってやるほど馬鹿やない」
「俺は貴方の茶番に付き合うほど暇じゃありません」
俺達は口々に言い返す。全て、思ったとおりシナリオが行くと思うな。青い鳥はどんな陰謀もぶち壊して、空高く飛翔する幸せを呼ぶ鳥だ。
「ふん。まあいい。なら、来い。まとめて、相手してやる」
彼は剣を一閃させる。
「……帝王」
「言われなくとも、分かってるわ。あんたはしたいようにしい。尻拭いはしてやるさかいに」
帝王はそう言うと、あいつは殺戮王《先代のキュリオテテス》の方に向かって、彼に向かって突きをするが、彼は容易に避ける。相手が青い鳥だけなら、それでいい。だが、相手は青い鳥だけじゃない。
帝王は後ろから斬りつける。彼はさっきまであった余裕の顔はなくなる。
「っち」
彼は舌打ちをしながら、帝王の剣を避け、蹴り飛ばす。だが、帝王はどうにかその蹴りをガードする。すると、青い鳥は彼に無数の突きを浴びせる。彼は全てを反応することができずに、彼の身体にヒットする。
そして、帝王が剣を攻撃する。彼は帝王の攻撃を上手く受け流し、がら空きになった帝王に攻撃をしようとする。このまま喰らえば、致命傷になる。間一髪、帝王の周りにバリアを張り、攻撃を防ぐ。すると、青い鳥は後ろから攻撃をくわえる。
「流石に、三人も相手すれば、不利か」
彼は青い鳥の攻撃をどうにか避けて、距離を取る。
「それなら、最初に狙うのは……」
彼の視線が俺に向く。青い鳥達はそれにいち早く気づき、阻止しようとするが、彼は帝王の身体に蹴りを入れ、青い鳥を斬りつけ、数メートル離れた所にいる俺の元へ向かってくる。彼の動きを止めようと、魔法を連発させるが、彼は動きをとめない。
そして、世界の法則を捻じ曲げてきた反動で、激痛が頭を襲う。
「っく」
俺の体がよろめく。その瞬間、彼の剣が俺を襲う。
―黒犬!!―
スノウはそう叫び、俺の周りに風を起こし、彼の軌道を逸らす。さっきの魔法はスノウ自身の魔力で起こしたものだろう。その反動で、スノウの憑依は解ける。おそらく、スノウが溜めていた魔力を放出した所為だろう。
スノウは魔力生命体だ。魔力が尽きれば、スノウの存在も消える。これ以上、スノウの力を借りれない。
だが、彼の剣は俺を襲ってくる。肝心の身体は動かない。このまま、俺は剣の餌食になるのか?
そう思っていると、俺の目の前に立ちふさがる影が現れる。青い鳥が追い付き、俺を守るように、立ちふさがる。
「青い鳥、逃げろ!!」
お前がそれをまともに食らえば、死ぬ。だが、
「嫌です。私は貴方を守ります」
あいつはそう叫ぶ。
「馬鹿言うな。逃げろ」
「嫌です」
そうしている間に、青い鳥を襲う。俺は青い鳥をどかそうとするが、その瞬間、彼の剣は青い鳥や俺達に届くことはなかった。
「………今になって、邪魔をするつもりか?」
彼は苦々しそうに剣に向かって、呟く。剣は俺達がいるところを避けるかのように、弧を描いて、地面に刺さる。
―もう気が済んだんだろ?お前の当初の目的は青い鳥の実力を推し量る為であって、青い鳥達を殺す為ではないだろう。もう止めろ―
親父の声が何処からか聴こえてくる。
「ふん」
彼はつまらなそうに剣を地面から抜く。
「甘いのは昔から変わってないようだな」
―お陰さまでな―
「まあいい。青い鳥が気を失っているのなら、これ以上闘う意味がない」
彼がそう言うと、青い鳥がこちらに倒れかかってくる。俺はどうにか青い鳥を支える。どうやら、今まで持たせていた気力が切れてしまったようだ。帝王はと言うと、先ほどの彼の攻撃で気絶してしまったようだ。
「まだまだ手がかかる奴らだ」
彼は青い鳥と帝王を見て、そんなことを呟く。もしかして、彼が出て来たのは青い鳥と帝王を会わせる為……。
もしかしたら、彼は剣の中で寝ておらず、剣の中で、帝王のことを見ていたのではないだろうか?
「カレンさんを殺したのはカレンさんが望んだからなんですか?」
俺がそう尋ねると、彼は鼻で笑い、
「………さあな」
あいまいな答えを返してくる。それは俺が知ることではないのかもしれない。これは帝王と彼で解決すべき問題だ。
一つ分かったことがあるとしたら、彼は帝王と青い鳥のことを心配していると言うこと。どんなに冷酷な人間でも、身内までは冷酷になれるものではないのかもしれない。かの、鏡の中の支配者の師匠である道化師がそうだったように……。
「身体は奴に返す。俺はもう寝る」
彼はそう言って、剣を手放す。すると、一瞬、親父の身体は倒れかけるが、どうにか踏ん張る。
「………勝手な奴だ。っつう。思っていた以上に怪我を負ってるな。加減と言うことを奴らは知らないのか」
親父は悪態を吐く。親父の言う奴らとは青い鳥と帝王だけではなく、殺戮王も入っているのだろう。
「………親父は殺戮王のことを知っているのか?」
俺がそう尋ねると、
「あいつ、そんな名前なのか?」
物騒な名前だな、と親父は初めて知ったようで、驚いた表情を浮かべる。
「名前を知らないで、会ったのか?」
「闘っている最中に、名前など名乗る奴などいないだろう」
確かに、そうかもしれない。
「………“青い鳥”さんと旅をしている時に、出会ったのか?」
白虎さんや青龍さんが知っているのだから、この国に滞在中に会ったのかもしれない。だけど、そんな気がした。
「よく分かったな。彼女と旅をしている最中、アレにあった。あの国に渡るまで、いろいろなトラブルにあった」
今のお前みたいにな、と親父は言う。俺は青い鳥と会って、いろいろな目に遭った。それでも、俺は青い鳥と別れようとは思わなかった。それ以上に、あいつに与えて貰ったものが多いから。
「親父はどうしてその人と別れたんだ?」
もし青い鳥の別れが来ても、俺は青い鳥を引きとめようとするだろう。親父が俺のように、その人が大切な人物になっているとしたら、どうして、別れたのだろうか?
「………それはまだ話せない」
親父はそう言って、空を見上げる。
俺はまだそれを知る時期ではない。そう言うことか。だが、それを知らなければならない時がいつかやってくる。
「それより、その術を解いた方がいい。青龍達が心配して、やってくるだろう」
腹を空かせた朱雀はいつもより機嫌が悪い、と親父は真面目な顔で言う。
青い鳥はとにかく、帝王をそのままにするわけにもいかない。それに、スノウも弱っている。一人で帰る力は残っていないと思うので、魔力が豊富な土地で療養させた方がいいだろう。
俺は魔法を解くと、先ほどの光景が広がる。
これで、青い鳥と殺戮王の約束が叶ったのなら、それでいい。俺の役目はここまでだから。