Ⅵ
俺がこの国を出ることを決意した人物で、彼女と一緒に旅をするきっかけを作った人物。そして、二度と会いたくない人物。
そいつは俺と正反対の考え方と生き方をしている男だった。
『死合おうか、玄武』
強者と戦うことを生甲斐にしていたと言ってもいいだろう。
俺はもともと戦うことなど好きではなかった。戦うことで得られるものは何もないから。俺が生まれた集落は黒の一族と言われて、忌み嫌われていた。そして、俺の集落はその国の軍隊が滅ぼしに来た。勝ち目がないと分かっているのに、彼らは逃げずに、勇敢に戦った。
その結果、俺以外、生き残った者はいなかった。俺は生き残った者としての責務として、どんなことがあろうと生きようとした。その為、幾度も戦わなくてはいけない時があった。その度、虚しさが残った。
彼のその姿勢が理解できなくて、俺は彼に尋ねた。何故、そこまでして戦うのか、と。すると、彼は笑った。
『闘っている時の命のやり取りをするこの緊迫感。それが戦いの醍醐味だ』
そう言っていたが、今になっても俺は理解できない。いや、一生かかっても理解できないかもしれない。
俺は剣士としてのプライドもそうだが、剣士としては“何か”が欠けているのかもしれない。
***
あの後、昼飯となったわけだが、シレン皇子は城に帰ろうとしない。どうやら、ここで食べる気らしい。青龍さんや朱雀さんは説得を試みるが、本人は聞く耳持たない。しかも、無傷だったとはいえ、自分に剣を向けたと言うのに、青い鳥のことを気に入ってしまったようで、青い鳥と剣術談義をしている。さっきの件があったので、青龍さんと朱雀さんも同席しているわけだが、いつの間にか、朱雀さんもその話し合いに入っている。青龍さんは青い鳥がもうあんな行動を取らないことを理解しているようで、苦笑い交じりで彼らを見ている。
親父はと言うと、青い鳥と朱雀さんによって、強制的に剣術談義に参加させられている。といっても、ただ相打ちをしているだけだ。あの親父が熱心に話す姿はあまり想像できないが。
「………客人に料理を作らせるとはいい度胸しているとは思わないか?黒犬」
白虎さんは剣術談義に花を咲かせる彼らを見て、そうボヤいてくる。そうボヤいても仕方がないのかもしれない。「白虎、材料はあるから、昼食を作ってくれない?」と、朱雀さんに強制的に料理担当を押し付けられていたのだから。
「まあ、青龍さん達がトラブルメーカーのお守りを引き受けてくれていますから、俺としては都合がいいです」
俺は料理手伝いを条件に、縄から解放された。あいつのお守りをするよりは料理を作っていた方がいい。
「………彼女は地元でもああなのか?」
「あ、はい。周りの人間を振り回しています」
あいつのすることは本当にハチャメチャだが、不思議なことに、あいつの周りから人はいなくならない。周りの人間がお人好しと言うこともあるかもしれないが、あいつ自身に、人を引き寄せるような不思議な力があるのかもしれない。
「………まさに、“青い鳥”の再来だな」
彼は苦笑いをする。彼らの話によると、あいつ同名だけではなく、していることもそっくりだと言う。あいつが“青い鳥”と言う人物を知っており、その人物を模倣しているのなら、筋は通るのだが、あいつは“青い鳥”言う人物のことを知らないそうだ。それに、親父の言葉が真実なら、彼女はこの世にはいない。
親父と“青い鳥”と名乗る少女と何があったのだろうか?
どうして、“青い鳥”と名乗る少女は親父の前から姿を消したのか?
謎だけが深まるばかりだ。
「………白虎さん、青い鳥と言う人と親父はどんな関係だったんですか?」
親父はこの国から出たかったから出たと言っていたが、朱雀さんの話によると、親父は青い鳥を追いかけて、この国を出た。駆け落ち、と言う単語が頭に浮かんでくるが、あの唐変朴の親父ほど似合わない言葉はない。なら、何故、親父は青い鳥と言う少女とこの国を出た?
「………どんな関係か。難しい質問だな。彼女にとって、あいつは王子様役代理で、あいつにとって、彼女はトラブルメーカー、不幸を呼ぶ鳥だな。そっちの国に渡った後のことは知らないが、この国に出るまで、あいつは彼女のトラブルに揉まれて揉まれまくったわけだ。昨日話した殺人鬼も彼女がらみだ」
親父と青龍さんにトラウマを植え付けたと言う殺人鬼のことが挙がる。まさか、その殺人鬼が彼女がらみだとは知らなかった。そうだとすると、彼女は本当に何者なのだろうか?
「まあ、一言で説明すると、彼女はあいつの依頼人みたいなものだろう。話によると、想い人のところに行くまでの護衛と言ったところだ。まあ、あっちの国で、いろいろとあったようだがな」
彼女の依頼人。それなら、納得出来るが、納得できない部分もある。彼女がただの依頼人だったら、親父はあそこまで彼女の話をすることを避ける?もしかしたら、護衛をしている過程で、何かあったのだろうか?
「………ん?朱雀、野菜が足りないぞ?」
白虎さんは倉庫を漁り、朱雀さんにそう叫ぶと、
「そう言われても仕方がないじゃない!!本当は買ってくるつもりだったけど、できなくなったんだから」
朱雀さんはそう言い返してくる。おそらく、シレン皇子が青い鳥に逢いたいと言い出したからなのだろう。流石に、本人にそんなことは言えないだろう。
「それなら、俺が買ってきましょうか?」
昼食はこの国の郷土料理だそうなので、白虎さんが買い物に行かれると、料理に支障が出る。それなら、俺が買いに行った方がいい。
「そうして貰えると、助かる。ちょっと待て。足りないものが他にないか、確認する」
白虎さんはそう言って、倉庫を見る。
数分後、俺は白虎さんにメモを貰って、外に出る。そして、その横には親父がいる。その上にはスノウがいる。荷物持ちが必要だと、珍しく、親父が買って出たが、おそらく、朱雀さんとシレン皇子から逃れるためだろう。スノウもそこでは五月蝿くて昼寝が出来ないからだろう。なら、家に帰れ、と言いたいが、昼飯を戴くまでは帰るつもりはないようだ。
ちなみに、青い鳥も付いていこうとしていたが、シレン皇子に捕まり、居残り組となった。まあ、俺としても、あいつがいると、トラブルしか遭わないので、それはそれで有難い。
俺と親父が歩いていると、物珍しいようなものを見るかのような視線が向けられる。俺はとにかく、変人セットの親父に、プラスαで、新種生命体のスノウがいるからかもしれない。この生命体は世界を探してもいないだろう。
「そう言えば、親父。スノウ以外に精霊とかあったことあるのか?」
あの森にこいつがいると、最初に気づいたのは親父だろう。魔法のマの字を知らない親父が精霊に気づいたと言うことは精霊にあったことがあるから、と思うが。
親父があったことのある精霊がいるとしたら、どんな姿をしていたのだろう。やはり、スノウのような摩訶不思議な姿をしているのだろうか?
「……精霊にあったことがあるか。確かにあるな。とは言え、あれを“彼”と同列に考えていいのか不安だが」
親父がそう言うと、
―そうだよ。ボクとアレを一緒にして貰っては困るよ。人が作ったにしては凄いけど、それでも、本場を馬鹿にしてはいけないよ―
スノウが反論する。人が作った精霊?人工精霊と言うものか?人工精霊の研究をしている魔法使いがいると言う話を聞いたことがあるけど、まさか実現しているとは思ってもいなかった。
「まあ、本物よりは精霊らしい姿だったがな」
―精霊らしくない姿で悪かったね―
スノウは不機嫌そうにそう言ってくる。まあ、精霊らしくない姿ではないのは確かだ。こいつを見て、精霊と分かる奴がいたら、そいつはそいつで凄い。ん?その前に、俺は何か見落としてないか?
「………親父、スノウの声が聴こえるのか?」
スノウと会話が成立しているのは俺とハクだけだった。もしかして、とは思っていたが、親父もスノウの声が聴こえていたのか。そうでなければ、スノウから俺の名前を貰うことはできなかったが。
「ん?聴こえる?他の奴らも聴こえるんじゃないのか?」
親父は怪訝そうに俺を見る。いやいや。他の人達にはあいつの声は聞こえません。そうであれば、エンやレン、青い鳥が大喜びして話しかけるだろう。
「違うのか?レンの奴は真夜中、“彼”とお喋りしていたが」
「………はい?」
レンがスノウとお喋りをしていた?しかも、真夜中?どう言うことだ。おしゃべりするなら、わざわざ真夜中じゃなくて、昼間にすればいい。その前に、レンは真夜中に起きて、何をしている?
「スノウ、それは本当のことか?」
俺がそう言うと、スノウは何故か視線を逸らす。何故、視線を逸らす必要がある?
「お菓子を食べながらな」
「スノウ!!」
俺がそう大声を出すと、スノウは身を縮こませる。俺の知らないところでそんなことをしていたのか。毎回、夜中にはお菓子を食べるな、と叱っていると言うのに。しかも、親父はそれを知っていて、叱らないとは親をやるつもりはあるのか?
帰国したら、レンには叱ろう。勿論、隣にはスノウを座らせて。
「まあ、そのことは後で説教するにして、スノウ、レンはお前と話ができるのか?」
レンがつまみ食いしていたのも問題だが、レンがスノウと話ができるとしたら、そっちも問題だ。
―………夜中には世間話をしているね。でも、昼間は無理みたい。君の下の弟は陰の力が強くて、夜とか陰の力が強い時には聴力も鋭いみたい―
本人はボクが話すのは夢だと思っているみたいだけど、とスノウがそんなことを言ってくる。陰の力が強い、か。陰の力が強ければ、強くなるか。黒龍さんが欲しがりそうな人材だな。とは言え、可愛い弟を悪逆非道の黒龍さんの元にやるつもりはない。
とは言え、このまま、隠す通すこともできないだろう。今はまだいいとして、近い将来、魔法を教えてあげるべきか?
「じゃあ、エンとは会話出来るか?」
俺とレンがそう言う体質なら、エンもそう言った体質の可能性があるが、
―残念ながら、君の上の弟とは会話できないね。あの子、生粋の剣士タイプみたいで、そこまで魔力と聴力はないよ―
あそこまでの運動神経を持っていて、魔法使いの素質があるとか言われたら、俺が虚しくなる。魔法も使え、剣も振るいたいと言う俺の願いを弟が達成できるのは不公平だ。流石に、俺の弟もそこまで化け物ではなかったというわけだが、俺はまた見落としていないか?俺の夢を簡単に成し遂げそうな人物を。
俺は親父を見る。剣の腕前は達人級、そして、スノウの声を聞くことができる鋭い“聴力”。俺が魔法を使えるのは、突然変異の賜物だと言われてきたが、もしかしたら、この魔力は親父譲りではないだろうか?
「………親父、本当に何者なんだ?」
親父のことを知れば知るほど、親父の化け物性が露わになる。
「俺はただの親父だ」
親父は俺の問いに真面目に答える。ただの親父がこの国の王と知り会うはずがないし、精霊と知り合うはずがない。とは言え、そんなことを言っても、しらを切り通すだろう。親父が何処で何をしていたのか、を気にしていたら、きりがないのかもしれない。親父の全てを知りたいのなら、世界を旅しない限りは………。
「……不良親父の間違いだろ」
格好を見れば、町のごろつきだ。こんな親父が普通の親父のはずがない。
「ところで、スノウ、お前は親父とは契約しようとは思わなかったのか?」
俺は親父から視線を逸らし、スノウを見る。親父がどれほどの魔力を持っているのか分からないが、俺の魔力が親父の魔力譲りなら、親父と契約しても良かったのではないのか?
―難しい質問してくるね。君の魔力の質と君のお父さんの質は同じさ。でも、ボクは彼と契約しない。いや、契約できない―
スノウはスノウで、意味深なことを言ってくる。親父と契約しないのは好みだけではないのか?
―まあ、あんな鈍感で堅物と一緒にいても、疲れるし、面白くないし、つまらないし―
本人の前で言いたい放題言っていいのか?まあ、本当のことだが。一方、当の本人はあまり気にしていないようである。もしかしたら、本人も認めているのかもしれない。
―それに………、あれ?あそこにいるの、昨日の赤毛じゃない?―
スノウがそんなことを言ってくる。昨日の赤毛?俺はスノウが見ている方向を見ると、青い鳥が赤毛狩りをする元凶がいた。
また目撃証言が出れば、あの青い鳥のことだから、赤毛狩りを始めるだろう。俺にとっても、赤毛の皆さんにとっても、それはよろしくない。ここで、捕まえよう。俺と赤毛の皆さんの平和の為に。
「スノウ、手伝ってくれ」
―仕方ないな―
俺は魔法を展開して、空間魔法を使う。そして、帝王の目の前に座標を合わせる。
「!!!」
一方、帝王は目の前に俺が現れると、驚愕の表情を浮かべるが、流石、トップクラスの剣士と名乗るだけのことがあり、俺と距離を取る。
「また会うなんて、奇遇だな。帝王」
なるべくフレンドリーに話しかける。
「奇遇じゃあらへんやろ!!空間魔法を使っている時点で、俺に会う気満々やないか!?」
「そりゃあそうさ。お前を青い鳥の前に連れて行かないと、赤毛の皆さんと俺の心労が絶えないんだよ!!」
このまま、あいつのしたい放題させるわけにもいかない。
「俺達の為に、もう決心してくれ」
彼が決心つく前には俺が過労死してしまうかもしれない。
「あんたの事情なんて知るか!!俺やって、はよ帰らんと、聖焔に殺されるわ!!」
どうやら、聖焔と言う人物は短気な人のようだ。まあ、俺のところの青い鳥さんも短気だが。ついでに、黒龍さんも短気だ。俺達の周りは短気さん勢ぞろいだ。
「話し合いで聞いてもらえないのなら、取り押さえるしかないようだな」
「あの魔法さえ使わせなければ、俺の有利や。今回は剣も持ってきとるし、負けへん」
帝王はそう言って、剣を抜く。どうやら、まだ青い鳥には会ってくれないようだ。しかたがない。こうなれば、先手必勝だ。
「スノウ!!」
―はいはい―
俺がそう言うと、スノウは俺に憑依し、俺が思い浮かべる魔法陣を展開させてくれる。そして、蔓が帝王に向かって伸びる。
「………うわ」
流石の帝王もこれは予想外だったらしく、大人しく捕まってくれた。これで、後は青い鳥に捧げるだけだ。
「スノウ、ありがとう」
俺が感謝の言葉を掛けると、スノウは俺の頭の上に現れ、
―まあ、君は契約者様だから、ボクは言うことを聞かないといけないわけだから。それに、君の魔力はたんまり貰ったし―
御馳走様、と言う言葉と共に、また視界が一瞬ぼやける。どうやら、憑依した状態で、魔法を行使すると、大量の魔力を消費するようだ。魔法陣を無視してやったのだから、仕方がないのかもしれない。初級の魔法でさえ、こうなのだから、スノウ憑依時に高度の魔法は控えた方がいいかもしれない。
「………いつの間に、あんたは反則技を身に付けたんや!?」
化け物、と帝王は叫んでくるが、化け物芸ができる彼には言われたくない。
「企業秘密だ。大人しく、青い鳥に会って貰うぞ」
とはいっても、俺一人では運ぶことはできない。どうするべきか、と俺が思案していると、親父の姿が目に入る。大男である親父なら、帝王を運ぶことくらい可能だろう。
「親父、青い鳥の探し人運びを手伝ってくれ」
親父に手を振る。すると、親父は俺と縛られている帝王を見て怪訝そうな表情をするが、次の瞬間、親父の表情が凍る。
―黒犬、危ない!!―
スノウの声に、俺は反射的に自分に向けられた攻撃を避ける。俺はその攻撃の方を見る。どう言った方法をとったか知らないが、帝王は蔓から脱出していた。手と足を拘束したので、剣を使うことはできないはずなのに、どうやって脱出した?それに、帝王の様子がおかしい。
一方、帝王は右腕と左腕を回した後、右足と左足を動かす。まるで、ちゃんと動くか確認するかのように………。そして、帝王は俺を見るが、瞳は虚ろだ。帝王に何が起きている?
「………久しぶりだな。玄武」
帝王は俺の後ろにいる親父に気がつく。帝王が親父を知っている?そんなはずがない。俺の記憶が正しければ、親父と帝王が会ったことはないはずだ。それに、帝王の言葉からはいつもの訛りが消えている。
「……確かに、久しぶりだな。もう二度と会いたくはなかったが」
親父は吐き捨てるように言う。
「つれないことを言うなよ、玄武。俺はお前のことが頭から離れないで、夢に出てくるんだ。お前のことを抱きたくて仕方がなかった。この場を与えてくれるとは、たまには、カミサマも粋な計らいをするもんだ」
その言葉に悪寒が走る。今の帝王は幼い青い鳥を抱こうとした性犯罪者にピッタリな言動をしていないか?まさか、帝王や翡翠の騎士が師事していたと言う、あの……、
「………あんたが青い鳥の言っていた殺戮王か?」
そんなはずはない。話によると、帝王に殺されたそうだ。その彼が俺の目の前に現れるはずがない。
すると、彼は俺の存在に気づいたようで、
「青い鳥?アレもここにいるのか?玄武だけでなく、アレにも会えるとは俺は幸運だな」
彼は猛禽類を連想させるような笑みを浮かべる。
「アレはここにいないようだが、暴れていれば来るだろ」
彼はそう言って、俺を切りつけようとする。どうやら、亡くなったはずの殺戮王が帝王に乗り移っているのは分かった。だが、何故、俺は斬りつけられなくてはいけない?
「借りる」
その瞬間、親父の声と共に、背中が軽くなる。そして、親父は俺の大剣を手にして、彼の攻撃を受けきる。
「どうやら、腕はまだなまっていないようで、何よりだ」
「………それは良かったな」
親父は彼の剣を弾き、彼を怯ませた後、見切れないほどの攻撃を当てていく。どうやら、白虎さんの話通り、親父は凄腕の剣士のようである。だが、彼は全てしのいでいく。流石、帝王と翡翠の騎士の師匠だけのことがある。
彼はお返しとばかりに、無数の攻撃を与える。だが、親父は全てを受け流していく。
あんな凄い攻防の中、俺の剣はまだ壊れていない。やはり、俺がヘボヘボなだけなのだろうか?
一方、町の人達は町のど真ん中で争い始めた親父達を好奇心な目で見ている。時間がかかるだけ、かかるだけ、野次馬が多くなっていく。それはいろいろと不味い。親父達を町外れに連れ出す必要がある。
空間魔法で親父達を違う場所に飛ばせればいいのだが、そもそもこの近辺の地形を知らない。
どうすればいい?野次馬達はここにいる危険性を理解していない。このままでは関係ない人達に危害が及ぶ。
その瞬間、俺の横を何かが通り過ぎ、彼の居る所に短剣が突き刺さるが、彼はその攻撃に気づき、高く跳躍して避ける。
「………誰だ?」
彼は自分の決闘を邪魔した者を見る。
「………誰だ、とは酷いことを言います。自分の弟子くらい覚えておいて欲しいものです」
青い鳥が野次馬の中から姿を現す。お前、ナイフなんて持っていたか?一方、彼は青い鳥を見ると、
「ふはははは。久しぶりだな。今は青い鳥と名乗っているそうだな。お前に会うことができる日を楽しみにしていた。あの頃よりも美人になったな」
狂喜を孕んだ視線を向ける。
「褒め言葉としてとっておきます。私は貴方とは会いたくありませんでした。私は帝王に逢いたいのです。さっさと帝王に身体を返して下さい」
青い鳥は自分勝手な要求をするが、
「それは無理な相談だな。こいつから剣を剥がさない限りは無理だ」
いっそのこと、腕を切ってみるか?彼は挑発してくる。つまり、自分からは身体を離れるつもりはない。そう言うことか。
俺はあいつを見る。流石に、あいつとは言え、ただ操られているだけの帝王を斬りつけることはできないようで、唇をかみしめている。無傷のまま、彼から剣を離せればいいのだが、彼は帝王に敗れたものの、トップクラスの剣士だ。そう簡単にいく相手ではない。
「………そういうことか。剣を取り上げればいいわけか」
親父はそんなことを呟く。
「そうだ。まあ、そう簡単には剣を放すつもりはないがな」
久しぶりに死闘だからな、と彼は言う。
「………そうか。なら、その赤毛からは離れて貰おうか」
親父は俺の大剣を彼目がけて投げる。ちょっと待て。武器なしでどうやって戦うつもりだ?一方、彼は虚を突かれたようで、隙ができる。親父は彼の懐に入り、彼の剣を触り、剣を奪おうとする。
「………玄武、お前、何を」
流石の彼も驚きを隠せないでいると、
「赤毛から剣を剥がせば、赤毛の餓鬼からはお前はいなくなる」
親父は淡々とそんなことを言ってくる。
「そうすると、お前が、まさか」
「そのまさかだ。俺はもうお前と戦うのはこりごりだ。お前の相手は若い者に任せる」
親父はニヤリと笑顔を浮かべ、
「後は頼む」
親父はそう言って、剣を奪う。ちょっと待って下さい。後は頼むって、どういうことだよ。
「………ゲンおじさん、上手く逃げました。その代わり、私達の難易度が格段に上がりました」
青い鳥は苦々しそうに呟く。すると、帝王の身体は糸が切れた操り人形のように地面に倒れる。
一方、親父は剣を振り、
「……つまらないことをしてくれる。まあいい。青い鳥と言うターゲットがまだ残っているだけましか」
そんなことを言ってくる。どうやら、親父は完全に殺戮王に乗っ取られてしまったようである。
「まあ、帝王よりは斬りやすい相手ではあります」
青い鳥はそう言って、細剣を抜く。おいおい、こいつ、親父を斬る気満々だ。それよりも、ここでどんぱちするつもりか?仕方がない。
「スノウ!!アレを展開する。手伝ってくれ」
―それしか方法がないみたいだね―
スノウはそう言って、俺に憑依する。今度は魔法陣破棄せずに、魔法陣を展開させる。この魔法を魔法陣破棄などしたら、どんなことになるか分からない。
すると、俺達以外の存在が姿を消す。
「………ほう。これは凄い。あいつもこんな魔法を使えなかったはずだ。流石、玄武の息子、それよりも、こっちの方がいいか?黒犬」
彼から、俺の名前が出てくると思わなかった。強い剣士には興味はあるが、魔法使いは興味ないと思っていた。
「………よく俺の名前を知っていましたね?貴方は俺のことなんて興味ないと思っていましたが?」
「確かに、魔法使いとしてのお前には興味ない。だが、青い鳥の連れと言う意味では興味はあった」
なるほど、今回は俺が青い鳥のおまけか。
「よかったな。青い鳥、今回はお前が主人公みたいだ。前、言っていた悪者退治が出来るぞ?」
悪役は殺戮王(親父)。ちなみに、お姫様は帝王だ。
「複雑な気分ですが、今はどうでもいい話です。殺戮王《先代のキュリオテテス》、私が貴方が望んだほどの力を付けたかは分かりませんが、それでも貴方を倒します」
青い鳥はそう言って、細剣を彼に向ける。すると、彼は口元を歪ませて、
「なら、俺を満足させてみろ」
そう言ってくる。そして、青い鳥は俺の方を見る。
「今回もですが、私の我儘に付き合って下さい」
「言われなくても、最後まで付き合ってやるよ」
こいつに付き合ってやる奴は俺くらいしかいない。それに、あいつは大きな壁に立ち向かおうとしている。それなら、俺はどんな結果であろうと、見届ける義務がある。
「……いきます」
青い鳥は駆け走る。幼い頃に交わした約束を果たす為に……。