Ⅴ
「………何だ、この少女は?誘拐でもしてきたのか?」
白虎は彼女の姿を見て、そんなことを言ってくる。
「誰が、こんな小娘を誘拐するか。勝手に付いてきただけだ」
「そう、勝手に付いて来たの。貴方がうんと言うまでいるつもりよ」
「ほう?いつものことながら、また引っかけてきたのか。色男は羨ましいもんだな、青龍?」
「………は、はい。だけど、これを朱雀が見たら、怒りますよ?」
青龍はそんなことを言ってくる。
「………そこに、朱雀が出てくる?」
俺が彼女といると、あいつが怒る理由が分からない。
「これだから、堅物鈍感男は嫌だよな?もてない男共の敵だ」
「白虎さんが言える口ではないと思いますよ。こないだなんて、彼氏持ちの女性に手を出して、修羅場を作ってたじゃないですか」
「………お前はまたそんなことをしてたのか?」
俺は呆れた表情を浮かべる。この男はその悪癖を治す気はないのだろうか?
「彼女はたくさんいて、なんぼだ。一人しか愛せないなんて、つまらない人生だ」
「貴方を愛してしまった女性は本当にかわいそうだわ。こんな最低男にひっかけられるなんて。だから、この世界は信じられないのよ」
「耳が痛い言葉だな。だけど、お嬢さん。この世界に生まれてしまった以上、自分をだまし続けていかないと、生きていけない、そう言った世界なんだ。君がどんな世界に生まれてきたかは知らないが、俺達が生きてきた世界はそう言った世界だ。一瞬だけでも、偽りの幸せを欲するのが人の性だ」
白虎の言うことは正しい。今のこの国には信じられものはないかもしれない。だが、この国は変わることができる。この国を変えたいと言う気持ちは本物だから。
「………いじめるのはそこまでにしておけ。一つ言っておくが、彼女は想い人がいるらしい。俺なんて、アウトオブ眼中だ」
俺はそう言って、さっき買って来た団子を頬張る。この団子を買う為に、出歩いていた。その帰りに、彼女と会ったと言うことだ。それにしても、美味い。この団子の美味しさは本物だ。
「この国を救った英雄様のことを興味がないとは変わったお嬢さんだ。こいつが歩くだけで、この国の女性が寄ってくると言うのに」
白虎は興味深そうに、彼女を見る。
「彼女達が愛しているのは俺ではない。俺の肩書だ」
とある噂では、皇帝陛下が俺を家来として迎えようとしているらしいが、俺には興味のない話だ。いつかはこの国を出る身だ。そんな奴がそんなものを貰っては重いだけで、意味がない。
「この国も大変なのね」
彼女はそう言うと、俺の団子を盗って、一口で食べてしまう。
「おい、それは俺のものだ。勝手に食べるな」
「いやよ。食べてしまったもの。食べたものを返せなんて、酷い人」
「酷いのはお前だろ!!」
女性に囲まれることを知った上で、外を出歩くのはこの団子の為だ。そうでなければ、誰が外に行くか。
「じゃあ、その団子を買えば、貴方は私をルーフェル王国に連れて行ってくれるのね?」
彼女はそんなことを言って、外を出る。
「何で、そうなる?その前に、外は危険だって、言っているだろ!!」
さっきのは彼女を連れ戻しにきた人達らしいが、町のごろつきに襲われない保証はない。俺は後を追いかけると、
「ちょ、ちょっと待って下さい。朱雀に、帰ってきたら、ここで捕まえて置くように言われているんです。勝手に行かないで下さい」
青龍の声が聞こえ、
「何か面白い展開になってきたな」
白虎のそんな呟きも聞こえてきた。
***
珍騒動を引き起こしたご本人である青い鳥を無事に捕獲した俺は急いで朱雀さんの家に連れ帰った。これ以上、あそこに置いておくと、何をしでかすか分からない。
俺としても、帝王と青い鳥が出逢うことを願っているのだが、帝王を捕まえる為に、町の人達に迷惑を掛けるわけにもいかない。
今度、帝王に会ったら、嫌がっても青い鳥の前に連れて行く必要があるかもしれない。それがこの国のためであり、何よりも、俺の為だ。
一方、青い鳥は街中の赤毛さん達を恐怖に突き落としていることを分かっていないのか、もしくは、分かっていて、尚、自分の気持ちを優先しているのか、「まだ帝王を捕まえていません。彼を捕まえるまではやめません」と、叫んでいる。
冗談じゃなくて、後で、青龍さんあたりに頼んで、帝王を訪ね人として、張り紙をはってもらうしかない。勿論、懸賞金は青い鳥持ちで。
家に戻ると、いつの間にか、白虎さんが来ていた。と言うか、この人は喫茶店をやっているんじゃなかったのか?仕事をしてなくても、大丈夫なのか?
そして、白虎さんと親父は真剣にゲームをしていた。ルーフェル王国では見たことがないゲームである。
「―――悪いな、玄武。今回も戴かせてもらおう」
「………待ってくれ」
「勝負はいつも非情なものだ。お前の負けだ。何の罰ゲームをしてもらおうか?」
「……っく」
勝ち誇った表情を浮かべる白虎さんと悔しそうな表情を浮かべる親父。
ここに来てから、今まで見たことがない親父の面が多い。いい面も、悪い面もだが。
「………何かいい罰ゲームは、と。青い鳥と黒犬か。いいところに来た。こいつにやらせたい恥ずかしいプレーがあったら、受け付けるぞ」
白虎さんは俺達に気づいて、そんなことを言ってくる。俺が親父の方を見ると、お前は両親を売る真似はしないよな、と言った表情でこちらを見る。
親父よ。俺にそんなこと言っても無駄だ。俺が親を売る前に、あの方がとんでもないことを言い出すから。
一方、その張本人は手をポンと叩き、
「私、一度やって欲しいことがありました」
そんなことを言ってくる。その内容に、嫌な予感しかしないのは俺だけか?
「彼とゲンおじさんが二人で女装して並んで欲しいです。もしかしたら、美人親子として写真が撮れるかもしれません」
彼はとても美人でしたので、その可能性は大です、とこいつがそう言うと、白虎さんはあくどい笑みで俺達を見る。
「それはいい案だ。確かにこれ以上屈辱なことはないな。それに、それを売りさばけば、いい値で買い取ってくれるかもしれない」
「ちょっと待って下さい。俺、関係ないですよね?親父一人にさせればいいじゃないですか?」
もう、二度とあんな醜態を晒してたまるか。
「おっさん一人に女装させて、痛い姿だった場合、それはいただけません。やはり、一人はその衝撃を緩和させる中和剤が必要です」
青い鳥はそう言って、縄で俺を捕獲しようとする。
「そんなのはお前の事情だ。俺には関係ない」
そんな身勝手な事情で、俺が女装しなければならない?
そんなことを言い合っていると、親父は窓から脱出しようとしていた。あんたは子供をこの外道共に売るつもりなのか?
「あんた、親なら、子供の危機を助けるもんだろうが」
「………今は親も子供も関係ない。人は自分の命さえ、助かればいい生き物なんだ。生きてたら、また会おう」
そう言って、親父は三階だと言うのに、飛び降りていった。と言うか、あの人と俺に血縁関係があるのか、疑問を覚える。
「逃がすか。俺は玄武を追う。君は黒犬を捕まえておいてくれ」
白虎さんはそう言って、彼も飛び降りる。本当に、俺の周りにはびっくり人間が多くないか?
「おじさん達は元気です。私はあまり労力を使いたくないので、大人しくしてくれた方が嬉しいです」
青い鳥はそう言って、俺に近づく。
「………俺としては逃がしてくれるといいんだが」
「駄目です。もう一度、貴方の女装を生で見たいのです」
やはり、貴女の望みなんですね?それ。
「誰がもう一度女装してたまるか!!」
俺は空間魔法を展開させようとすると、
「逃がしません」
こいつは俺が発動させる前に、魔法陣を無効化し、その後、御用となった。
一方、親父と白虎さんのいい年したおっさん同士の追いかけっこは白虎さんのスタミナ切れで、親父の勝利となった。
現役猟師さんは汗一つかかずに、しかも、お土産に、この国の特産のお菓子“団子”を持ってきた。
青い鳥は罰ゲームよりそっちの方が興味あったようで、美味しそうに食べていた。この場に、天敵(主に、俺の弟達)がいないので、ゆっくり味わっている。その隣で、スノウも頬張っている。お前はとっとと家に帰れ。
「………お前、隠居したんじゃなかったのか?」
それなのに、あんなに体力が残っている?と、白虎さんは仰向けになってそう言ってくる。
「確かに、隠居はしたが、猟師をしているんでな。体力はある程度残っている」
親父はそう言って、団子を頬張る。話によると、この団子は親父の行きつけだったお店のものらしい。わざわざ、白虎さんを振りきって、そのお店まで運んだらしい。
この二人は二時間近く鬼ごっこをしていたらしい。それでも、彼らの体力は凄いと思うのに、それでも尚、疲れた顔を見せない親父は只者ではない。
「この団子、美味しいです。貴方が食べないのなら、私が食べます」
「………俺が食べたくたって、この状態じゃ食べることもできないだろ。と言うか、自分が食べる為に、わざと解かずにいるだろ!!」
俺は縄で雁字搦めになっているので、食べたくとも食べられない。
「そんなことはありません。きっと、彼らはこれを食べたら、午後の部を開始すると思うので、ゲンおじさんを捕まるまでの辛抱です」
「………それはおっさんには正直辛い」
白虎さんはギブアップ宣言をする。それはそうだ。この状態で、また鬼ごっこを続けたら、白虎さんが倒れる。
「仕方ありません。今度は私が追いかけることにします」
青い鳥はそう言う。どうしても、親子女装が見たいらしい。
「そう言うことで、私が貴方に団子を食べさせます。あーん、です」
青い鳥は団子を持って、そんなことを言ってくる。
「単に、それがしたいだけだ、ごはっ」
俺は言いきる前に、団子を押し込められた。
「愛の共同作業です」
こいつは満足そうにそんなことを言う。
「………何が愛の共同作業だ。人の口に無理矢理詰め込みやがって」
「美味しいですか?」
「そりゃあ、美味しいが、そんな話じゃないだろ!!」
「それは愛と言うスパイスがかかっているから、より美味しく思えるのです」
「そんな怪しいものがかかってたまるか!!」
俺と青い鳥が言い合いしていると、
「………昔のお前と彼女を見ているみたいだな」
白虎さんはそう言って、親父を見る。
「………ここまで神かかったコントはしていないと思ったが」
「おそらく、同等くらいには神かかっていたと思うぞ?あの会話を聞いていて、笑いが込み上がったものだからな」
堅物のお前を娯楽として見れるなんて、思ってもいなかったからな、と白虎さんは言う。おそらく、彼が言う、“彼女”とは青い鳥の同名を名乗る少女のことだろう。
「それより、朱雀達は帰ってきていないのか?昼飯前には帰ってくると言っていたが?」
「朱雀さんと青龍さんはまだ帰ってきていません」
美味しいご飯を御馳走してくれるって言っていました、と青い鳥が言うと、スノウは嬉しそうにキュルルと鳴く。お前は昼食まで御馳走になるつもりなのか。
「確かに、もう昼時すぎているな。何かあったのか?」
白虎さんが時計を確認した時、
『―――様、わざわざこんな所に来なくてもいいはずです』
『そうよ。貴方のような人が来るようなところではありません』
青龍さんと朱雀さんの声が聞こえてくるが、様子がおかしい。
「……お客さんですか?」
青い鳥が不思議そうな様子を見せていると、
「青い鳥とやらはどれだ?」
藍色の髪と瞳をした青年が姿を現す。この国で身分が保障されている青龍さんや朱雀さんが様付しているのだから、やんごとなき身分の方だとは思うが。俺と親父は突然の訪問客に怪訝そうな眼差しを向けていたが、白虎さんは彼の正体を知っているようで、
「シレン様。ここに訪れるとは珍しいですね。青い鳥がどうとかと仰っていましたが、彼女に何用ですか?」
そう話しかける。シレン?何処かで聞いたことがあるような名前のような………。
「白虎か。青い鳥と言う少女が我が国の猛者達を倒していったという話を聞いて、立ち寄ったのだ」
彼は白虎さんと顔見知りのようでそう答える。すると、青い鳥は前に出て、お辞儀をする。
「……シレン皇子、お初にお目にかかります。私が青い鳥と申します」
皇子?そう言えば、昨日、青い鳥がこの国の皇子と戦いたいと言っていたが、そのご本人がわざわざやってくるとは思わなかった。
「お前が青い鳥か?どう見ても、強そうには見えないが?」
彼は青い鳥をじろじろと見る。確かに、青い鳥の外見は強そうに見えない。だが、人は見た目だけでは判断すると痛い目を見る。青い鳥はこう見えても、翡翠の騎士や帝王には及ばないとは言え、かなりの剣術の腕前だ。それに、お人形さんのように可愛い容姿をしている青い鳥の友人・再生人形は国一つ滅ぼすことができるほどの戦力をお持ちのようだ。
「それなら、その腕前を披露致しますか?」
青い鳥は腰にしている細剣を手にする。おいおい、お前は皇子様相手に戦うつもりか?青い鳥は細剣を出すと、青龍さんと朱雀さんは彼の前に躍り出る。それはそうだ。どんな事情があろうと、皇子に剣を向けることは許されない。青い鳥を止めなければならないが、俺は縄に縛られて、身動きが取れない。
緊張が走る空間の中で、青い鳥は予想外の行動に出た。青い鳥はシレン皇子のいる方向とは真逆の方に剣を指す。そこにはちょうど親父がいる。シレン皇子に斬りかかっても困るわけだが、話の流れからしても無関係な親父を斬りつけるとは誰も予想しなかったことだろう。
一方、親父は青い鳥の行動に驚きつつも、ちゃんと反応して避ける。流石、天下の黒龍さんと青い鳥の喧嘩を止めた猛者だけのことがある。
「………」
親父は無言で批難するような眼差しで青い鳥を見るが、当の本人は止めるつもりはないらしく、常人では見きれないほどの攻撃を浴びせる。親父はいとも簡単に避ける。これだけでも、親父が凄腕の剣士と言うことが窺える。下手したら、国随一の剣士・翡翠の騎士や執行者が誇る凄腕の剣士・帝王も凌ぐ腕前かもしれない。
そんなことを思っていると、親父は青い鳥の茶番にこれ以上付き合う気などないと言わんばかりに、青い鳥の攻撃を受け流しながら、懐に入る。どうやら、青い鳥の戦闘不能にしようとしているようだ。流石の青い鳥も懐に入られてしまえば、ガードできない。だが、あいつは珍しく、口元を歪ませる。何故か、嫌な予感がする。
青い鳥は何を思ったのか、細剣を放り投げる。その方向はシレン皇子のいる場所だ。その仰天行動には親父も攻撃を緩める。
シレン皇子には朱雀さんと青龍さんがいるとは言え、物凄い勢いで落下する剣を止めることは物理的には不可能だ。魔法でなら、どうにかできるが、俺はこの状態だ。魔法陣を書くことすらできない。なら………。
「スノウ!!」
俺は契約した精霊を呼ぶ。お前の力なら、アレを止めることは可能だろう?
―ボクを甘く見て貰っちゃ困るよ―
その声と共に、シレン皇子や朱雀さん達の周りに風が吹き、シレン皇子に向けられた剣の軌道を変え、シレン皇子の数十センチ横に突き刺さる。同時に、頭痛が襲う。
一方、流石のシレン皇子もこの出来事は予想していなかったようで、唖然としている。ハチャメチャな出来事の元凶である青い鳥は自分の剣を回収し、
「こんなものです」
何事もなかったかのようにそんなことを言ってくる。どうやら、あいつは俺と親父の行動を予測して、自分の実力を見せる為だけにあんな行動に出たらしい。いつものことだが、とんでもない奴である。
青龍さんや朱雀さんは青い鳥に敵意がないと知っていても、警戒を解かない。それはそうだろう。一国の皇子に万が一怪我されたら、何が起きるか分からない。
「………っくはははは。これは凄いものを見せて貰った」
そんな中、今まで傍観していた白虎さんがそんなことを言ってくる。
「朱雀や青龍もそんな警戒するな。これはほんの悪戯心が入った自己紹介みたいなものだ」
そうだろ、と白虎さんは青い鳥を見る。
「……そんなものです。私の剣の腕前を見て貰うだけではつまらないのですので、黒犬さんや玄武おじさんの腕前も見て貰いました。どうでしたか?」
青い鳥はシレン皇子を見る。
「………黒犬と言えば、ルーフェル王国の天才魔法使いではないか?それに、玄武と言えば……」
シレン皇子はそう言って、親父を見る。一方、親父は青い鳥を睨む。だが、本人は平然としている。
間違いなく、あいつはわざと俺と親父の名前を出したな。
「そう言うことです。彼女の悪戯は少し過剰ですが、これは玄武と息子の黒犬に免じて許してやって下さい」
白虎さんは息子と言う単語を強調している。こちらもわざと、俺と親父の関係を出している。
「黒犬が玄武の息子?これはどう言うことだ?」
シレン皇子は朱雀と青龍を見るが、彼らは何も言えずに目を逸らす。だが、爆弾を投下してくれた当の本人達は面白そうな様子を浮かべている。
俺はこの後のことを思い、深く溜息する。
やはり、こいつと行動していると、ろくな目に遭わない。