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【旧】イノチノバショ  作者: 蘭 一二三
1/5

プロローグ

 寛政八年江戸。

「わ、若! 敵が――敵襲でござる!」

 初老の武士が襖を勢いよく開けた先で、若と呼ばれた男が目覚める。

「何事じゃ!」

 男が尋ねると同時に、鉄砲の音やつばぜり合いの音が聞こえる。そして事の重大さに気づいた男は叫ぶ。

「馬鹿な、ここは藩邸だぞ! どこの手の者か!?」

「わかりませぬ! しかし、敵は二百はおります!」

「二百だと!?」

 藩邸を襲撃するうつけはいないと考えていたため、三十足らずの人数しか常駐していない。男は考える。新月の夜とはいえ、江戸の中心部にある藩邸を襲う理由はなにかと――

「若はお逃げください! 若にもしものことあらば、我々の面目が立ちませぬ!」

 初老の武士は、男の腕を掴み廊下に出る。

「まさか!」

 思い当たる節がたった一つだけあった。それは、一年前、堺の商人である今井家に囚われていた少女、キリ。男は、その少女を今井家から救い出し、藩邸に匿っていたのである。

「キリも連れて行く。武器を持て」

「若! キリ殿は拙者があとから送ります故に、まずは若だけでも!」

「ならぬ! 刀を貸せ」

 男は刀を受け取り、廊下を走る。しかし、すでに襲撃者たちは藩邸の中に入り込んでいた。男は襲いかかってくるものたちを斬り捨てながら、駆け抜けていく。

 たった数百メートルの距離が、非常に遠く感じる。あと少しというところで、火縄銃を持った敵兵が銃口を向けていた。乱戦で気づくのが遅れてしまったのである。

「く……しまった!」

 ここまでかと覚悟を決めた矢先、目の前に立ちふさがる初老の武士がいた。そして、ドンという火縄銃特有の重い音が聞こえる。

「うおおおおおおおおおおおおおお」

 立ち塞がった者が叫び、狙撃手に渾身の力を込めて投げる。槍は、狙撃手の首に吸い込まれるようにして刺さり絶命させたのである。

「三原!」

 三原と呼ばれた初老の武士は、足下から崩れ倒れた。

「も……申し訳ござい……ませぬ……キリ殿……を……送る約束……果たせそうに……」

「もう良い、しゃべるな」

 三原の胸からは血が止めどなくあふれていく。気づけば、男の刀も満身創痍であった。刀は、刃こぼれで、のこぎりのようになり、刀身に至っては歪んでいた。十人を斬ったところまでは覚えているが、それ以上は覚えていない。昔の将軍は何本も畳に刀を刺し、取り替えながら戦ったという。合戦の起きない今では刀の強度なぞわからないが、なるほど、理にかなった行為だったのだなと、今更ながら座学の大切さを知ったのである。

「わ……か……先に……先にゆきますぞ……」

「すまぬ」

 その言葉を最後に、三原は事切れた。口うるさい爺さんではあったが、ずっと今日までずっと背中を守ってくれていたのであった。

 男が三原を看取ると、気づけば静かになっていた。周りを見ると、敵兵が一斉に退いていくのが見える。男はいぶかしげに思ったが、辺りに倒れている兵士の刀を拝借し、目的の部屋まで駆け抜けた。


「キリ!」

 襖を開けるのがもどかしかった男は、襖を斬り捨て部屋に入った。

「おやおや、遅かったですね」

 しかし襖を開けた先に広がる光景は、最悪な結果だった。今井家当主と火縄銃を持った二人の兵士。さらに長槍を持った兵士が二人。長槍の切っ先には、キリと呼ばれた十歳くらいの少女がいた。

「貴様! 藩邸を襲いただで済むと思っておるのか!」

「まあ、それは後からなんとでもなるでしょう。この子がいればねえ」

 にたにたと笑いながら話す商人。

「お兄ちゃん! お願い! 私のことは構わないでください!」

 少女が叫ぶ。

「ほらほら、この子もこう言っているのです。邪魔をしなければ、命までは取りませんよお」

 気持ちの悪い笑顔を男に向ける。

「ふざけるな! 貴様! こんなにも小さな子を捕らえ、閉じ込め、なにも感じないのか!」

 今井はその台詞を聞くなり、いぶかしげな顔をし、

「なにを言っているのですか、あなたは? こいつは人間ではない。アヤカシなのですよ? 家畜みたいなものです。家畜をどう扱おうが、文句を言われる筋合いはないですよねえ?」

「家畜だと……? アヤカシだろうと意思がある者を家畜と呼ぶか貴様!」

「ぐっふっふっふっふ……ぐふふふふ……ふははははははは!」

 今井は男の台詞で笑い出す。

「人ではない、人に利益をもたらすモノを家畜と言ってなにが悪いのですか? あなたは家畜を使わないのですか? あなたは家畜にも愛着が湧くのですかねえ」

「それ以上、その子を家畜呼ばわりするな――その子はアヤカシだろうとなんだろうと、人と話し、時に笑い、時には怒り、時には喜び、時には悲しむ。これ以上人間らしい人間はおらぬ!!」

「おやおや、相当入れ込んでいるみたいですなあ。こんな家畜ごときに」

 今井は、キリの顔を殴る。キリは勢いよく畳に叩きつけられた。

「貴様あ!」

 男は、今井に斬り込もうと一歩踏み出した瞬間、兵士の持つ火縄銃が噴く。

「いやああああああああ!」

 キリが叫ぶ。畳には血だまりが広がっていく。

「ぐ……ぐぐ……」

 男は歯を食いしばり、刀を支えとして立ち上がる。弾は膝にあたり、膝からは出血を起こしていた。

「もうお願いです! お兄さん! 逃げてください!」

「貴様だけは……貴様だけは絶対にゆるさん。俺が死んだとしても、こんな横暴を藩が……幕府が許すとは思えぬ」

 ずるずると足を引きずりながら、一歩一歩今井に近づく。それでも嗤った顔を隠さない今井は、「まあ、三池藩には悪いことをしますねえ。折角、従五位下を叙任し跡継ぎとなる嫡子を殺してしまうことになるので」そう言いながら、キリの髪を引っ張り、脂ぎった顔を近づける。

「こいつがいれば、なんとでもなるでしょうがねえ」

「その子に触れるなあああ」

 男は刀を構える。

「いささかあなたとの会話にも飽きましたし、そろそろ刻限です」

 今井は、槍を持った兵士に目配せをする。

「では、さようなら」

「やめ――」

 キリの願いと届かず、男は槍に突かれ畳に沈んだ。

「き……り……い……つか……たす……け……」

「おに――おにいちゃ――」

「さあ、行きましょう」

(お兄さん、ごめん……なさいごめんなさい……この先、何年、何十年……いや何百年かかっても、絶対に―絶対に恩を返すね。ごめんなさい……)

 キリは、男の亡骸に誓ったのである。 

連載開始しました。

初連載です。

緊張します。

プレッシャでキーボード打つ手がぷるぷる震えています。


本作品は、人魚の呪いによって、座敷童を中心に不老不死となった少女と少年が、奮闘する小説です。


六月の初旬にはプロローグ投稿できるできるとか思っていたのですが、月が変わってこの様です。

なお、プロローグとエピローグ含め、全六幕想定です。


第一幕とその幕間は、来週くらいにアップする予定です。

読んでくれてた人が楽しんでいただけるよう、頑張っていきたいと思っています。


それでは、ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。

第一幕も楽しんでいただけるよう、執筆してまいりますので、何とぞよろしくお願い申し上げます。

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