未来の勇者との出会い
洋々と帰還し、馴染みの酒場の指定席に就く。ヴィエネッタがすぐに供してくれた酒を飲んでいると、「おや? 初めましてだな、新人殿」
斜向かいのテーブルで吞んでいた一団から声が掛かった。ギルドには珍しく他の客――冒険者たちが姿を見せている。半龍と魔族……純粋な人間も一人いる。
冒険者の男女比など知る由もないし興味もないが、このギルドには見目麗しい女性が多く所属しているようだ。
声をかけて来た龍人に挨拶を返し、くいと一献あおる。と、「あ、あのぉ」
「こんにちはお嬢さん。どうされたかな」
テーブルからこちらにやってきて、おずおずと話しかけてきた娘に精一杯の笑顔を見せる。ロデルと練習しておいて助かった。
「……僕と友達になってくれませんか? この辺の小さな村から出てきたばかりで……恥ずかしいんですけど、ちょっと心細いんです」
すでに同様に声を掛けられ得て快諾したのだろう、龍人と魔族は微笑みながら生暖かい視線を送ってくる。悪い気はしないが……何なのであろう、この状況は。
「正直なお嬢さんだな。余でよければ友となろう。スゴロクだ、宜しくな」
「ありがとうございます、スゴロクさん。僕はシオンです。よろしくね」
煌くようなプラチナ・ゴールドの長髪、蒼く澄んだ瞳に整った鼻筋。唇も血行よく、子どもらしい頬は程よい丸みを帯びている。
外見は美少女そのもので愛らしくあるが、少年のような名前や物腰に違和感はない。そんな些事よりも――、「シオン殿、貴公は」
「はい?」
「いや……試験は受けたのかと思ってな」
「通りました。潜在能力があるとかないとか、よくわかんない理由だった? んですけど」
魔王はまだ名も知らぬ龍人と魔族を見やる。意味深なウィンクなど返してくるのだが、この場合は嬉しくない。――教えてやりゃいいじゃねぇか。
「あー、女将」魔王はごほんごほんと咳払いしつつ、
「この子に美味い物を。そこの二人にもな、余のおごりで構わん。今回の買い取り金額から好きなだけ差し引いてくれ」
「はいなー、お任せ!」
てきぱき動き出した女将をまじまじと見つめる少女を、魔王もまじまじと見つめる。
よこしまな気持ちがあるわけではない、それは赤毛の側近に誓って断言できるのであるが、なにせ相手が相手だ。
「やー、スゴロクさんって太っ腹ですねぇ」
早速運ばれた女将特製のコロッケをさくさく頬張る。歳に似合わない美貌が、相応の子どものような笑顔になる。うまそうに食う娘だ。
「存分に食うがいい。そうすることで生命は力となり、血肉と成ろう」
己が手で育んできた子どもたちと同じことを言い聞かせ、杯を傾ける。スゴロクの眼に狂いはない。有り得ない。『慧眼の魔王』の渾名は伊達ではない。
――潜在能力だと? 莫迦を言うな、そんなもの在るに決まっているだろう
「ご両親は」
「農夫です。おいしいお野菜を売って生活してます。僕は出稼ぎ」
その他ぽつぽつ聞いたことを総合しても、変哲ない家庭の変哲ない十四歳の少女である。
「シオン殿はきっと、誰もが驚くような事をやってのける」
「はい!? な、なぜそんな、いきなり……」
「分かるのだ、余には。剣を掲げて雄雄しく戦い、その名を世界に轟かせる姿が見えるのだよ。……そちらのお二人も見たのだろう?」
「まぁな、」龍人は種族の特徴である八重歯を見せてワルい顔で微笑む。「貴殿ほど正確ではないが」
黒髪の魔族も静かに頷き、お相伴の肉を上機嫌で齧った。
「うーん? そうなのかなぁ」ただ一人ピンとこないらしい少女は、考え考え異国の麺類を啜っている。
魔王の力と魔眼が示す直観に従い、「今のうちにサインを貰えぬか」少々おどけて最高級の紙を取り出す。「プレミアがつくだろうからな」
マジですかとか言いつつ悪い気はしないようで、さらさらと自分の名前を書いていく。本名もやはり男性的だが、似合いの名だと思う。
「アンヴィシオン殿と仰るか。覚えたぞ」
返礼は明日まで待てと言い置いて席を立つ。「いま少し飲みたいが、今日はこのあたりで失礼する。少々疲れているのでな」
最大限に愛想よく微笑んでから、寝室に消えた。
翌日。
「あ、スゴロクさん!」
「おーう、お早う。どうしたシオン殿」
小さな町の通りを勢いよく駈けて来た少女は、「今ね!」息を切らせて言う。「初めておつかいを頼まれたんだ!」
「それは僥倖であ「ぎょうこう?」「とてもよい、嬉しいことという意味だ」
市井の依頼というのは、それほど大げさにも物騒にもなり得ない――とは女将の受け売りであるが、やはり第一歩は祝うべきであろう。
「差し支えねば、内容を聞いておきたいが」
「いいよー。ちょっと南の、短い洞窟あるでしょ? そこにある花を取ってきてくれって」
幸いにもマッピングを終えたダンジョンだ。
「その花は煮込んで飲むと美味い。少し貰う約束をしておいたらどうかね?」
「うん、もうファルチェさんが予約したよ」
行動の早い女だ。
「そうか……あの二人は付いていくのか?」
「仲間だと思っていいって!」
ならば必要ないかも知れないとも思ったが、志は志である。「これを持って行くといい」
「これ、洞窟の地図?」
「若いからといって苦労せねばならん理由はなかろう? 使えるものはすべて使え、貰えるものはすべて貰え、受けられる助力はすべて享けよ」
「わかった。がんばるよ、でも……僕も何か力になれないかな。受けた恩は必ず返せって、お父さんが言ってた」
「良き言葉である。ひとつ助力を頼みたい。別にこれを狙ってたわけではないぞ?」
「ははっ、そんなふうには見えないよスゴロクさん! で、何をしたらいいのかな」
「うむ。貴公は近いうちに、『霧の森』へ赴くはずである。その地下に広がるという迷宮の経路を、なるたけ正確に踏破して欲しいのだ」
「そんなことでいいの?」肩透かしを食った顔で記録装置を受け取る。
「余には大事な事なのだ。ひとつ頼むぞ――」
「わかったよ。今からどこへ行くの?」
「次の街へ――未だ見ぬ場所へ向かう。どこかで巡り合うこともあろうが……幸運をな、シオン殿」
「うん、スゴロクさんもね!」
ニカッと笑って手を振り走り去るのを見送ってから、魔王も街の出口を目指す。
「沈黙は美徳。なれど……フフ、危なかったな」
事あるごとに口を滑らせて『勇者』と呼びそうになるのを堪えるのは、この男をしてもなかなかの試練と言えた。
2015年 07月31日 16時14分 公開