表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/129

未来の勇者との出会い

 洋々と帰還し、馴染みの酒場の指定席に就く。ヴィエネッタがすぐに供してくれた酒を飲んでいると、「おや? 初めましてだな、新人殿」

 はす向かいのテーブルでんでいた一団から声が掛かった。ギルドには珍しく他の客――冒険者たちが姿を見せている。半龍と魔族……純粋な人間も一人いる。

 冒険者の男女比など知るよしもないし興味もないが、このギルドには見目麗みめうるわしい女性が多く所属しているようだ。

 声をかけて来た龍人に挨拶を返し、くいと一献いっこんあおる。と、「あ、あのぉ」

「こんにちはお嬢さん。どうされたかな」

 テーブルからこちらにやってきて、おずおずと話しかけてきた娘に精一杯の笑顔を見せる。ロデルと練習しておいて助かった。

「……僕と友達になってくれませんか? この辺の小さな村から出てきたばかりで……恥ずかしいんですけど、ちょっと心細いんです」

 すでに同様に声を掛けられ得て快諾したのだろう、龍人と魔族は微笑みながら生暖かい視線を送ってくる。悪い気はしないが……何なのであろう、この状況は。

「正直なお嬢さんだな。余でよければ友となろう。スゴロクだ、宜しくな」

「ありがとうございます、スゴロクさん。僕はシオンです。よろしくね」

 きらめくようなプラチナ・ゴールドの長髪、あおく澄んだ瞳に整った鼻筋。唇も血行よく、子どもらしいほほは程よい丸みを帯びている。

 外見は美少女そのもので愛らしくあるが、少年のような名前や物腰に違和感はない。そんな些事さじよりも――、「シオン殿、貴公は」

「はい?」

「いや……試験は受けたのかと思ってな」

「通りました。潜在能力があるとかないとか、よくわかんない理由だった? んですけど」

 魔王はまだ名も知らぬ龍人と魔族を見やる。意味深なウィンクなど返してくるのだが、この場合は嬉しくない。――教えてやりゃいいじゃねぇか。

「あー、女将」魔王はごほんごほんと咳払いしつつ、

「この子に美味い物を。そこの二人にもな、余のおごりで構わん。今回の買い取り金額から好きなだけ差し引いてくれ」

「はいなー、お任せ!」

 てきぱき動き出した女将をまじまじと見つめる少女を、魔王もまじまじと見つめる。

 よこしまな気持ちがあるわけではない、それは赤毛の側近に誓って断言できるのであるが、なにせ相手が相手だ。

「やー、スゴロクさんって太っ腹ですねぇ」

 早速運ばれた女将特製のコロッケをさくさく頬張る。歳に似合わない美貌びぼうが、相応そうおうの子どものような笑顔になる。うまそうに食う娘だ。

「存分に食うがいい。そうすることで生命いのちは力となり、血肉と成ろう」

 己が手で育んできた子どもたちと同じことを言い聞かせ、杯を傾ける。スゴロクの眼に狂いはない。有り得ない。『慧眼けいがんの魔王』の渾名あだな伊達だてではない。

――潜在能力だと? 莫迦ばかを言うな、そんなもの在るに決まっているだろう

「ご両親は」

「農夫です。おいしいお野菜を売って生活してます。僕は出稼ぎ」

 その他ぽつぽつ聞いたことを総合しても、変哲へんてつない家庭の変哲ない十四歳の少女である。

「シオン殿はきっと、誰もが驚くような事をやってのける」

「はい!? な、なぜそんな、いきなり……」

「分かるのだ、余には。剣を掲げて雄雄おおしく戦い、その名を世界に轟かせる姿が見えるのだよ。……そちらのお二人も見たのだろう?」

「まぁな、」龍人は種族の特徴である八重歯やえばを見せてワルい顔で微笑む。「貴殿ほど正確ではないが」

 黒髪の魔族も静かに頷き、お相伴しょうばんの肉を上機嫌でかじった。

「うーん? そうなのかなぁ」ただ一人ピンとこないらしい少女は、考え考え異国の麺類をすすっている。

 魔王の力と魔眼が示す直観に従い、「今のうちにサインを貰えぬか」少々おどけて最高級の紙を取り出す。「プレミアがつくだろうからな」

 マジですかとか言いつつ悪い気はしないようで、さらさらと自分の名前を書いていく。本名もやはり男性的だが、似合いの名だと思う。

「アンヴィシオン殿と仰るか。覚えたぞ」

 返礼は明日まで待てと言い置いて席を立つ。「いま少し飲みたいが、今日はこのあたりで失礼する。少々疲れているのでな」

 最大限に愛想よく微笑んでから、寝室に消えた。


 翌日。

「あ、スゴロクさん!」

「おーう、お早う。どうしたシオン殿」

 小さな町の通りを勢いよく駈けて来た少女は、「今ね!」息を切らせて言う。「初めておつかいを頼まれたんだ!」

「それは僥倖であ「ぎょうこう?」「とてもよい、嬉しいことという意味だ」

 市井しせいの依頼というのは、それほど大げさにも物騒にもなり得ない――とは女将の受け売りであるが、やはり第一歩は祝うべきであろう。

 「差し支えねば、内容を聞いておきたいが」

「いいよー。ちょっと南の、短い洞窟あるでしょ? そこにある花を取ってきてくれって」

 幸いにもマッピングを終えたダンジョンだ。

「その花は煮込んで飲むと美味い。少し貰う約束をしておいたらどうかね?」

「うん、もうファルチェさんが予約したよ」

 行動の早い女だ。

「そうか……あの二人は付いていくのか?」

「仲間だと思っていいって!」

 ならば必要ないかも知れないとも思ったが、志は志である。「これを持って行くといい」

「これ、洞窟の地図?」

「若いからといって苦労せねばならん理由はなかろう? 使えるものはすべて使え、貰えるものはすべて貰え、受けられる助力はすべてけよ」

「わかった。がんばるよ、でも……僕も何か力になれないかな。受けた恩は必ず返せって、お父さんが言ってた」

「良き言葉である。ひとつ助力を頼みたい。別にこれを狙ってたわけではないぞ?」

「ははっ、そんなふうには見えないよスゴロクさん! で、何をしたらいいのかな」

「うむ。貴公は近いうちに、『霧の森』へ赴くはずである。その地下に広がるという迷宮の経路を、なるたけ正確に踏破して欲しいのだ」

「そんなことでいいの?」肩透かしを食った顔で記録装置を受け取る。

「余には大事な事なのだ。ひとつ頼むぞ――」

「わかったよ。今からどこへ行くの?」

「次の街へ――未だ見ぬ場所へ向かう。どこかで巡り合うこともあろうが……幸運をな、シオン殿」

「うん、スゴロクさんもね!」

 ニカッと笑って手を振り走り去るのを見送ってから、魔王も街の出口を目指す。

「沈黙は美徳。なれど……フフ、危なかったな」

 事あるごとに口を滑らせて『勇者』と呼びそうになるのをこらえるのは、この男をしてもなかなかの試練と言えた。




2015年 07月31日 16時14分 公開

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ