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出資者との出会い

「よし……踏破完了である」

 その日から数えることわずか7日、世界を照らす二番目の月が顔を出した頃。魔王スゴロクは『始まりの街』近隣に点在する洞窟のマッピング作業をあらかた終えていた。

 街より南東、霧に覆われた深き森の地下迷宮だけはままならなかったが、れっきとした理由が厳然と存在するゆえに妥協した。

「さりとて志は志。どうしたものか」

 考え考え『始まりの街』に求めた仮宿の道中、にわかに空が掻き曇り、遠雷えんらいとどろいた。春の雨が彼を打ち始めるのにそう時間はかからなかったが、結界を少々強めれば済む。彼は魔王である。

「とはいえ……」

 周囲の立樹や砂利道を包むようにしとしとと降る雨はなんとも優しげで、これを魔力で弾き飛ばしてしまうのはなんと味気ないような気がする。

 『春の雨に濡るるも善き』とうたった詩の一節を思い出す。本は常に彼の味方であり、また彼も本との縁ふかく過ごしてきたのであった。

「ふむ。雨も悪くないな……魔界より情けのあるようだ」

 一週間のうちに通いなれた街道を外れてみたのは、雨を楽しむついでの単なる気まぐれである。町外れには金持ちの屋敷があるとも聞いていたので、興味がなかったわけでもないのだが。

「御免。どなたかおいでか」家主は不在のようだ。召使も出てこないのはおかしい。「もし」

「まぁ、この雨に。お入りあそばせ」

 甲高く幼い声が響くと、ドアが音もなく開いた。相変わらず家主の姿はない。

「奥におります、取って食べたりいたしませんわ」

 くすくす笑う声に従い、スゴロクはドアをくぐった。奥の窓――応接間に、確かに人影があった。

「ようこそ、旅の方。アヴァリータと申します、お見知り置きください」

 開口一番、娘は告げた。テーブル対面の安楽椅子を揺らしつつ、目だけで礼をする。悪戯な身ごなしだった。

「スゴロクと申す冒険者です。屋根をいっとき、お借りしたく」

「遠慮なさらないでね。今は私しかいないし」

 今は、か――スゴロクは思考する。どう見たって人間とも思えぬ魔力が、幼い身体から放たれている。

「やぁだ、わかっちゃうのね?」

「ご無礼をお許しあれ」

許します、とクスクス言って、アヴァリータは紅茶のカップに口をつけた。

「私これでも魔物なの。……って言ったら信じる?」

「もちろん」

「ふーん。あなた変わってるのね。奇異奇異稀有稀有だわ」

 ひとことで五回も妙な奴だと言われてしまった。「言葉遊びがお好きなようだ」

「ええ。なんでも好きよ、以前は何でもかんでも欲しがっては迷惑をかけていた。欲の深い女だった、って気づいたのも半年くらい前だけど」

 ぺろりと舌なんぞ出してみせる娘の話を聞けば、欲の深い貴族だったらしい。心の隙間を魔物につかれ、人間の肉体を奪われてしまったそうだ。

「私は救われたの。そのはまだ他所よそを旅しているけど……『勇者』に推薦すいせんしたいくらい」

「推薦制なのですか?」

 やだあなた知らないのとクスクス笑い、「ある程度実力があれば推薦でも何でもいいのよ。当世の『勇者』は資格試験。ま、超人的な才能が必要なのは確かだけどね」

 なるほどと手を打つ。

「ところで、あなたもフツーじゃないわよね。何者?」

 あまり気取けどられたくはなかったが、最早仕方あるまい。「魔界の国を治めています。いわゆる『魔王』ですな」

「ふぅん。じゃ、私らも敬語使わなきゃかな」

 物語によく登場する、狡知こうちを持ち人語を解する高等魔物らは、大概が『魔王』のもとに集って忠誠を誓っている。

 が、実際はそうでもなかったりする。そんな奴は滅多めったにいないし、いても無条件の忠誠なんぞ誓ってはこない。「特段構いません、レディ」

「じゃあいいわ。で、魔王スゴロクさんはどうして人間界にやってきたの?」

 かいつまんで事情を説明する。「んー、世界征服目的の旅かぁ。おもしろそうだけど、そうね……その側近さんの言う通り、あなたの大義は失われている」

 実際に世界を歩いてみればわかることだけど、と言いつつも、書棚から一冊の本を浮かせてテーブルに広げて見せる。

 亞人あじんの勇者たちが貴重なお宝を持ち帰るまでの物語だ――少女の言うところ、これが実話らしい。

「この冒険旅行記が超のつくほど大流行してね、だいたい30年くらい前かしら。それ以来、人間界での亞人の地位は大・向・上! ってワケ」

「うむむ、お恥ずかしい限り」

「あは。読んだ本がちょっと古かっただけでしょ、あなたはぜんぜん悪くないわ」それに、と付け加える。「まだ旅を続けてるってことは、新たな目標もあるンじゃなくて?」

「すわ読心じゅ「考えればわかるわよ、似合わないボケお止しなさい」

 苦笑を浮かべるスゴロクに、「話してみてよ。年下だけど相談に乗るわ、魔王のオジサマ」少女はニッコリとオッドアイを細めて言った。

 オジサマの部分だけ訂正を求めてから、魔王は胸中の希望と夢を述懐した。

 聞き終えた孤高の令嬢は嫣然と笑み、

「国ひとつ分の会社かぁ。ま、不可能ではないでしょうね。詳細な世界地図を作るってのもいいと思うわ、夢がある」

「そう言っていただけると心強いですな」

 問題はまず客層だと思う、と言いつつ、クッキーをかじる。魔物然とした小さな牙が見えた。

「冒険する人とそうじゃない人。貴族や王族と騎士や軍人……それぞれ、求めているものは違うと思う。欲望の権化ごんげだった私が言うんだから間違いないわ」

「自虐ネタはお止しなさい」

「こうでもしなきゃ恥ずかしすぎるっつの。もう少し人の心の機微を知らないとね?」

「……善処します」

「おもしろい人。どんなお店になるのか、楽しみができたわねん」

 アヴァリータはうきうきとしつつクッキーを平らげると、書面にサラリとサインを描いた。

「決めた。少しだけど、あなた達の会社に出資させていただくわね。一応書類も預かっておいてちょうだいな。会社名も考えて記入をお願い」

 即断即決を旨とする魔王スゴロクも、流石に驚く。「よろしいのですか」

「ええ。久しぶりのお客様だし……何よりあなたは魔族や魔物の軍を持っているのでしょう? 私ね、今ひとつだけ欲しいものがあるの」

 お金じゃ買えないものよ。大きなクマのぬいぐるみを抱き寄せると、赤と紫のオッドアイが妖しく寂しげに輝いた。

「ご安心ください、お嬢様」スゴロクは宣言した。「わが魔王軍――いいえ、『ワンダーダイス社』が、かならずやご期待に沿いましょうぞ」

 女将との酒席で付けた愛剣のめいを書面にも書き込んだ。

「『ワンダーダイス』。出資者第一号として期待していますよ。良い会社にしてくださいな、スゴロクのオ・ジ・サ・マ」

 もう一度だけ訂正を求めてから、魔王はきびすを返した。


2015年 07月29日 16時33分 投稿

2015年 08月05日 09時18分 誤字修正

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