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始まりの街にて(2)

「スゴロク様、もうお休みになられていますか」

 女将の希望で宿泊することになったロデル=カッツェは、ふかふかベッドから身を起こした。

 目が冴える。幼い頃から慕っていたとはいえ、この王とひとつの部屋で眠るなどは初めてのことである。

「どうした。まさか枕が変わると眠れぬではあるまいな?」

「からかわないでください、もぅ」

 素直にムクれる可愛い婚約者のベッドに座り、半身を起こした頭をでてやる。ロデルは嬉しそうに喉を鳴らすと、

「考えていたのです、世界の果ての事を」

「世界は広い。女将に聞いただけでも――この周囲にさえダンジョンがあり、小さき村や集落があると言う。少し足を伸ばせば別の国にたどり着く」

 夜目が効く半猫の娘は、愛する美丈夫びじょうぶに寄りかかった。女と見紛みまごう王の黒髪が首の辺りをくすぐる。

「違う国あらば違う人種があり、そのぶんだけ考え方も異なる。獣人や半人種族の地位は、世界規模で上昇していると聞いた。本の知識や歴史を学ぶだけでは解らぬ事だ」

「そう思います、王」

「であれば、余は傲慢ごうまんであったのか?」ゆっくりと抱き寄せる。「世界をはかり変えようなどと」

「そうかもしれませぬ。ですが、ロデルは嬉しゅうございました」

 おのれを磨くという目標を立てて以来、以前にも増して軍の皆々と親しく接する機会が増えた。さまざまな考え方を学ぶべきという点では、自分もこの王と同じだと思う。

「考えてみたのです。なぜ争いを好まない貴方様が、急に世界征服をお望みになられたか」

「むぅっ……」

 白状する瞬間がやってきた。

 幼かった赤毛の猫娘を拾い上げ、育ててきたのは魔王自身である。父の如く師の如く接してきたつもりだ。だが……。

「ひとえに……そなたのため、である」

 純粋とも言える好意をぶつけられてなお眉ひとつ動かさぬほどの冷血漢ではない。

「で、ありますならば。魔王さまが直々に人間界と事を構える理由は失われました」

「そうなる。かくなる上は是非もなし、地図を作り物品を売り、我が国と人間の世界を共に富ませ栄えさせることに腐心ふしんせねばならない」

 そうすることでそうすることで世界が持つ多様性を維持できる。『勇者』と『魔王』の戦いなどは、たった一側面にしか過ぎない。

 人間界など瞬時に滅ぼせる力を持っていても、そうすることにはどこか気が進まなかった。だから気の合う『魔王』達とのゲームにきょうを求めて来たし、気まぐれではあるが孤児を引き取り育てても来た。

 もともと『魔王』など器ではないのかも知れぬ――その実感はしかし、苦渋ではない。求めていた気高い花をようやく見つけたような涼やかな感傷であった。

「スゴロクか。即興にしては余に合った名前であった」

 魔界にもその遊戯は存在する。軍の中にはやたら上手い者もいる。が――。

「まこと、何があるか解らぬものだ」

 自他共に認める引き籠もりの魔王が、気づけばサイコロ次第出たとこ勝負の冒険者である。

「よろしいではありませぬか。『王の力』あらば、大抵の障害は灰燼かいじんするでありましょうし」

「『勇者』との戦いは他の魔王に譲ってやるとするか」

「いっそのこと、何処かへ国を移しませんか?他者の襲撃は我が国が魔界に在るゆえです。我ら魔族ならすぐに順応もできましょう」

「おもしろいことを考え付く。お前の裁量でやってみよ、資金が要ればゆるりと用立てる」

「喜んで拝命致します」

 満足と肯定を頷きで示し、「未だ眠れぬか?」

「恥ずかしながら、目が冴えております」

「ならば、無理に眠ることもない。お前はもう大人なのだよなぁ」

 引き取った子ども等を育てるのはがいして面白い事の連続だったが、寝かしつけるのには流石に手を焼いた。軍の者の助力でようやく成った『子育て』であった。

「まさか『娘』を『女性にょしょう』と意識することがあろうとは思うべくもなかったが」

「あら、わたくしはずぅっと、お慕いして参りましたのに」

「そのように悪戯者の顔をしては色気が足りぬぞ? くくっ」

 魔王は喉を鳴らして笑い、騎士のように娘の手を取ってくちづけた。

「今はこれで納めよ。色恋沙汰はゆるりとな、ロデル」

「は。惜しゅうございますが……よき夢を」

 おのれの身体に寄りかかって眠る顔を見て、魔王は迂闊にも幸せな気分になってしまうのだった。

2015年 07月28日 11時58分 投稿

2015年 07月29日 10時58分 誤字修正

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