始まりの街にて(1)
「お邪魔する」
「はいな、いらっしゃいませー」
入店して周囲を見回すと、ギルドを兼ねていると言う酒場は空っぽであった。
「皆、ちょうど出張ってましてなぁ。愉快な連中ですさかい、顔合わしてもらいたかったんやけど……」
「お気遣い感謝する。だが、そうだな。挨拶代わりに驚いてもらうか」
いつもの悪戯心を起こしてにやりと笑んだスゴロクは、『物置』と呼ばれる空間から剣を取り出す。
ヒマな時間だったはずである。「……来るがいい!」
床に転移術の紋章が描かれた。約束どおり丁寧に着飾った側近が姿を見せる。
「お呼びでしょうか」
「うむ。足労であった。こちらは……」
「やーん、かわいぃぃ~!」
言葉を遮って、女将は側近を抱きかかえた。「にゃっ!?」
娘は驚いて、されるがままに頭や耳を触られてあたふたする。大人しく真面目な性格上引っ掻いたりはしないものの、必死で魔王に助けを求め、まなざしを送る。
「お気持ちは分かるし余としても嬉しいが、そのくらいにしてやって欲しい」
「ああ、すんまへん、大変に失礼しました」
女将は抱えていた娘を椅子に座らせ、自らも深呼吸をして心を落ち着かせた。
「こちらこそ失礼致しました。お名前をお伺いできますでしょうか?」
「ヴィエネッタ=ハルウミどす」
「あるじがお世話になっております。ロデル=カッツェと申します。お見知りおきください、ハルウミ様」
どこかの国で『赤』を意味する語をもじってつけてくれた、彼女にとっては宝物のような名前だった。
「あるじ、ゆーたら……ご夫婦ちゅう解釈でええんかいな。スゴロクはんもスミに置けまへんなぁ」
「婚約は済ませている。余の国ではその際に誓ったことを実行せねば、妻を娶る資格がないという事になっている。余も男の端くれ、あまり待たせぬうちに済ませたいと思っているところさ」
「差し支えなかったら教えてくれはります? なんか、どえらい事やってくれそうやけど」
嫣然と笑まれるが、まさか『世界征服』だ、などとは言えない。半獣の地位も上がっているというのが本当なら、厳密には魔王スゴロクにとっての大義は失われたことになるのだし。
「余は――この世界の果てを知りたいのだ。少なくとも余の治める国に於いては、それを記した書物も地図も見つかっていない故に」
「国王さん自ら旅に出てきたわけですな。はて、ウチらに出来る言うたらば……せや!」
ヴィエネッタは手をポンと打った。
「冒険者さんなら、旅の途中で色んなおもろいモンを見つけなさるはずよって。それをこのギルドで買わしてもらう言うんはどうでっしゃろ?」
「相分かった。出来うる限り質の高い品を卸させてもらおう」
「ひとつよろしゅうに。何かのみはります?」
「甘いワインを頼む。妻を労わねば」
「あらあら、ごちそうさんですなぁ」
魔王の視線の先では、真面目な側近が顔を赤らめ、静かに微笑んでいる。
2015年 07月25日 11時46分 公開
2015年 07月27日 16時16分 誤字修正
2015年 07月29日 11時02分 誤字修正
2016年 04月28日 14時31分 誤字修正