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始まりの街へ

「ともあれ、これよりは余が初めて経験する自由なる旅である。如何致すか」

 魔王軍の全技術を駆使して作り上げた『封魔のローブ』を翻し、魔王は人間界の小さな町の門を見上げる。

 はるか東に鬱蒼たる森、西を見やれば近くに王城らしい壮麗な建物が見渡せる。

 彼ら魔族の身体能力は人間のそれとは比較にならない。その王ともなれば、色々と大雑把な分、一つ一つのパワーが桁外れなのだ。

「始まりの街、とな」

 魔界への経路の身を記した簡潔な――彼に言わせればいい加減なことこの上ない――地図は、この町より始まっていた。

 最初の観測地には相応しい。魔王は洋々とヒノキの門をくぐった。

 小さくも賑々しい街である。

 清潔な道の端にはそれと同じ印象の商店が軒を連ね、『勇者』や『冒険者』を目指す若者たちに歓待を示している。

 リンゴどうかねと差し出された老婆の手を優しく取り果物を受け取る。少し多めの代金を支払い、その場で噛み付いた。

「美味いリンゴです」強い甘みと控えめな酸味が舌に心地よい。高機能の変身魔法は、味覚をも人間のそれに変えたのだろう。「「これはどこから仕入れているのです?」

「はるか北、雪国の首都じゃ。あそこの林檎は人間界いちかも知れんのう」

「分かり申した。御馳走様です、ババ殿」

 しゃくっと齧った酸味を楽しみつつ、魔王は街道を歩く。途中で出会った者達の話を彼なりに整理し書き止めるべく立ち止まった軒下に、不貞寝しているらしい小さき者を見つけた。獣人――ロデルとは違う狼族の少年だ。彼も勇者を目指してここに居るのだろうか?

「もし」興味を引かれた彼は、寝たふりを決め込む少年に声をかける。「昼からは暑くなりますよ」

「んぁー? 俺はダルいんだ、ほっといてくれ」

「そうはいかない。その姿、『雪狼』の血筋だろう。丈夫さには自信があろうが、あまり熱されると直ぐに倒れるぞ」

「げっ! マジかよー!」

「少々誇張した」悪く思うなよと笑って、魔王は続ける。「何を不貞寝ふてねなどしておったのだ」

「……冒険者の試験にまた落ちた。もう実家サ帰ェって農業でもやろうかなって思うけど、なんか踏ん切りつかねぐてさ」

「なるほどな。童っぱ、冒険者とはそれほど良いものなのか。何か特典でも貰えるのか?」

「わっぱって、そりゃアンタもじゃねぇか」

「失敬」

「いやまぁ、別にいいんだけどもよ。有名な冒険者になってよぉ、故郷の家族に楽させてやりてぇンだ」

 魔王は相槌を打って話を引き出しつつ、相手を観察した。小柄だがしなやかな肉体である。狼族の特徴だ。

 どんな力を持っているのかは大概目を見ればわかるのでそうしてみるが、試験とやらに連続で落ちるほど能力のない少年ではなさそうだ。

「童っぱが……獣人だから、か?」

「ははっ、今時そりゃねぇべさ! アンタは知らねぇかもしれねぇけど、獣人の地位はものすげぇ向上してるだぜ」

「ほう。先んじて我が見解を改めるべきかもしれん。はてさて、ならば童っぱに足りぬは大方……魔法力だな」

 水を向けると詠唱が小難しくてできないとボヤく。

「気を悪くするなよ。それは試験の受け方が問題である」

「どういうこったべさ」北国の訛りを最早隠さず、少年は瞠目する。童っぱはどうやら戦士向きである、と魔王は応える。

「一般論だが『冒険者』には『勇者』ほどの万能さは求められておらん。極論、モグリでもやっていけるようになっているのだ。加えて公的試験の制度が変わっていないなら、ひとつの能力に特化した部門があるはずである」

「ええと、つまり……」

「相棒を探すことだ。童っぱの足りぬ所を補い余りある者を。無論、童っぱと気の合う奴でなければうまくやれんぞ? ああ……狼族であれば異性がよいだろうな」

 魔王軍にいる狼族の将軍ヴォルフガングは単独でも十二分に強靭だが、理知と冷静さで彼を補佐する妻の存在があってこその実力であるとも言えた。

 夫婦仲もこれ以上ないほど良い。狼族は女性もなべて豪放ごうほうだが、反面夫と認めた男に尽くす貞淑さを持っている。

「わかった、やってみるべさ! あんがとない」

「及ばぬ。その代わり、ひとつ教えて欲しい」

「なんだべ」キョトンとする北国の少年に、

「ずいぶん後になると思うが……実家の農園を訪ねてもよいか?」

魔王は笑顔で尋ねた。種と芯だけになったリンゴが右手で浮いている。 

2015年 07月17日 15時36分 公開

2016年 04月28日 14時27分 誤字修正

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