三、動物園
植田 環生は難しい表情をしながらカメラを構えるも、すぐにそれを下ろす動作を繰り返しては「あーもう、駄目駄目!」と声を荒げている。そのカメラの先には、黒川鉄矢と三村優がこれまたぎこちない雰囲気を漂わせながら、猿山の檻の前に突っ立っている。
「二人とも、もう少し近づきなって。なんでそうカチコチになっちゃうのかなぁ? って写り慣れていないからなのはわかるけどさぁ……せっかくの記念撮影なんだから、もう少しなんとかならない?」
中肉中背のどこにでもいるような平凡な顔立ち。その平凡さになんとか抗おうと、焦げ茶色に染め上げた髪を乱暴にワシャワシャと掻き乱しながら、カメラの向こうの二人に対して「チーズ。チーーズ。チーーーーズ!」と辛抱強く声をかける。結果、まあまあ頑張った感じの(ひきつった)笑顔の作品が撮れた。
先日の三猿天使もとい大元からの召集。その後与えられた修行内容は「動物を愛する、三人の親睦を深める」というものだった。親睦ならば夏休み中のあの期間で深まっただろう。とは思ったが、実はそうでもなかったらしいと、環生は落胆していた。
夏修行の最終日、お互いにハイテンションの勢いで熱い握手まで交わして別れた相手は、今日久しぶりに会ってみれば、初期の第一印象へとものの見事に逆戻りしていた。
黒川は相変わらず、こちらが気圧されそうなくらいの長身で、むかつくほどの端正な顔立ちだったが、表情が乏しい上に、その切れ長の目がさらに冷たい雰囲気を漂わせている。一方の優は身長一四〇と大変な小柄で、くりくりとした目の愛くるしい童顔に、黒い短髪のジャージ姿から、一体どこの中学生(下手すると小学生)ですかとききたくなってしまうような容姿。まさに巨人と小人である。実にシュールだ。
その後、近くにいた人に頼んで三人の記念撮影も行った。先ほどの写真は予行演習のつもりだったのだが、二人が上手い具合に笑えているとはとても思えない環生だった。
「黒川。最近はどうだったよ?」
そそくさと猿山を離れた二人に苦笑しながらも、黒川に声をかけてみる。彼とは同い年だし、夏修行の最終日には大元の手によって「内的兄弟の同盟」なるものを、何の予告もなくほぼ強制的に結ばれた仲でもある。環生自身はそれを嬉々として受け入れていたし、別れ際の黒川が見せた爽やかな表情から、てっきり同じ気持ちだとばかり思っていたのだが……
「まあ普通だ」
「素っ気ねえな? 仲良くしようぜ、兄弟!」
肩を組むには身長差があって難しいので、パンッと軽く背中を叩く。そんな様子を知らない人が見たら、普通に仲の良い友だち同士なんだなと思うが、実際に二人の間に流れているのは「緊張」の二文字だったかもしれない。なぜだか互いに、短い時間で距離感が振り出しに戻ってしまっていた。
「環生の言うとおりだぞ。今日の目的は三猿の親睦会だ」
近くを浮かんでいたキカザルが口をはさんでくる。イヤホンをしているのにきこえているんだ、この猿。
「はいはい、動物愛護もね」
「なんか適当だなぁ……本当に大丈夫か?」
黒川とキカザルの会話をききつつ、あたりを見渡してふと気づく。
「優は?」
「あっちでハシビロコウとにらめっこしている」
きょろきょろとしている環生にイワザルが尻尾で彼女のいる方角を示した。行ってみれば小さなシルエットが遠くからでもわかり、その姿はやっぱり可愛いと思う。本人に言うと微妙な顔をされてしまうので言わないが。
優とハシビロコウのにらめっこ。これもこれでなかなか微笑ましい。優は写真撮影時には外していたマスクをし直しており、せっかくの可愛い顔が半分隠れている。夏の間は暑くてしていなかったが、本来はマスクが大好きなマスクマンなのだそうだ。もったいないと思う。
それでも可愛らしいそのにらめっこを、環生はこっそりとカメラに残した。あくまでこっそりなのは、優の過保護者にばれたときに怖いからだ。これは自分のためだけに撮っておこう。頭上から「盗撮」「ロリコン」とか物騒な単語がきこえた気がしたが、空耳だ。
「あ、見つけた」
撮影後、何食わぬ顔でそう声をかけると、優はこちらをちらっと見上げた。
「迫力満点だよね、ハシビロコウ」
一緒になって眺めると、優は「そうだね」とつぶやいた。そして、
「私に似ていると思って」
そう言い置くと、すぐにその場を離れてしまった。後ろを見ると、いつの間にか黒川や三猿天使がやってきており、環生は先ほどの発言に首を傾げつつも、優に続いて彼らの元へと足を向けた。
大元率いる三猿霊媒師は結成してから日が浅く、まだまだ修行中のひよっこなので、実際に霊媒師としての活動は現在行っていない。その代わりに大元や、あるいは峯霊寺の次期当主となる人物が「霊媒相談所」というものを立ち上げ、霊界絡みで困っている人々の助けをしているのだそうだ。今こうして三人が動物園にいる間にも、誰かからの依頼を請け負っているのだろう。
環生は初めて大元と出会ったときのことを思う。三人の中で、彼女と最も古い付き合いなのが植田環生だった。凜としたたたずまい。真っ直ぐに澄んだ瞳。並外れた霊力。そんな彼女に、一体何度生命を救われたのかわからない。ときに「師匠」と呼ぶほどに尊敬の念を抱き、そして感謝している。峯霊寺のうら若き巫女。
ハシビロコウ:「動かない鳥」として有名な大型鳥類。巨大なくちばし、鋭い目つきでなかなか迫力があります(もっと詳しく知りたい場合はウェブで)。
【小話】
「そういえば、イワザルたちはみんな雄なんだよね? どこかに雌もいるの?」
写真撮影後、黒川と環生が二人して話しているのを遠くから眺めながら、優はイワザルに尋ねた。雄でこんなに愛らしい容姿ならば、雌だとどんなに可愛いのだろうかと想像しながら。
「雌はいない。雄だけ」
「え……?」
「今のところ、まだそのときではないから」
イワザルはあまり多くを語らない。本当にイワザルなのだなと思う。多くを語らないゆえによくわからないことも多いのだが、まだそのときではないのなら、その通りでそれがすべてなのだろう。優はそっと天使を抱きしめると、ふさふさの毛並みを数回撫でた。