7.鵺
鬼夜はクロの話を、静かにきいていた。その青黒い瞳から、こらえきれずに流れ落ちた涙が枕元を濡らす。クロの悲恋にますます心を傷めた鬼夜は、どう声をかけて良いのやらわからずに、ただ泣き続けるしかなかった。
今日は泣いてばかりだねと、しばらくしてから鬼夜はクロの額にひとつ口付けると、「ありがとう」と言って出て行って、それきり戻っては来なかった。
そのことにようやく気づいたクロは、慌てて外に出てあたりを捜し回ったが、結局見つからなかった。鬼夜は本当に行ってしまったらしかった。
心なし、乾いた笑い声が虚しく漏れる。鬼夜は娘同然だった。いつしか、夕との間に生まれて来られなかった子どもの、生まれ変わりのように思っていた。
ふと視線を感じて振り向くと、見知らぬ男がじっとクロを見つめていた。闇の中で、その男は不気味に浮き上がっているようだった。
「こんばんは」
男は真意が読めない薄ら笑いを浮かべながら、そう挨拶してきた。
「こんばんは。ここらへんを異国風の女が通らなかったか?」
「さぁ? どうだろうか。お前さん、名前は?」
「……クロだ」
「へぇ、クロって鉄のクロかい?」
やけに怪しいので、ますます警戒態勢に入るクロにかまわず、男は続けた。
「いや……」
「そうかい。わたしはてっきり……いつも金臭いからな」
「何の話だ」
男の眉根が片方上がる。
「お前さんは金臭いんだよ。一体、あと何人残っている? 鬼部を全員殺す気なんだろう」
「あんた、何者だ?」
「あえて名乗るなら、鵺だ」
鵺。得体の知れない存在か……もはや怪しい以外の何者でもなかった。
「去れ。二度と現れるな」
「おや、ずいぶんな物言いだね。せっかく人が助け舟を出そうとしているのに……」
「余計なお世話だ」
クロは自ら去ろうと踵を返した。すると、鵺は静かだが鋭い声を発した。
「鬼夜も鬼部の仲間だよ」
身体中の血液が凍りついて、そのまま逆流しているような錯覚が生じた。こいつは何をほざいているのだ。
「覚えていないのかい? お前さんの愛しい夕が殺される瞬間を。あまりに辛過ぎて記憶が欠如したのかね、可哀想に……」
「……何が言いたい」
「赤髪に青目のやつがいただろう、あの中に」
必死になって記憶をたどる。あの日、あのとき、あの瞬間、あの場にいた全員の顔を思い出す。忘れないようにずっと目に焼き付けた、憎いやつらの顔を……そうして、愕然とした。
あぁ、たしかにいた。そんな異国風の容姿のやつが。まさか、まさか……
「そいつの娘が、お前さんの拾ったお子だよ。おそらく口減らしで捨てられたんだろう。世の中は厳しいからね」
鵺はへらへら笑いながらさらに続けた。
「でも、血はちゃんと流れているよ。昼間見ただろう? あの殺気立った目を。自分の執着したものは、どんな手段を使ってでも必ず手に入れようとする」
「違う! あいつはそんなんじゃない!」
「どうかな。血は争えないよ」
いつの間にか、鵺はクロのすぐ隣に音もなく立っていて、その乾いたような瞳にクロは思わずたじろいだ。
「ほうっておいたら、また犠牲が出るかもしれない。どうする?」
――鬼は異性に化けて誘惑することもあるよ。気をつけなね。
なぜ今そんな言葉を思い出すのか。これではまるで……
「まぁ、すべてはお前さん次第だがね」
そう言って鵺は忽然と姿を消し、あとに残されたクロはその場に呆然と立ち尽くしていた。
彼の中で、音を立てて何かが崩れ落ちていくようだった。




