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三猿霊媒師  作者: うさぎ
おまけ2
21/26

6.鬼部

 クロがかつて、まだ烏と名乗っていたとき、その女性と出会った。村の生き残りたちと決別し、一人で生きていくことになった烏は、しかしながら当然一人で生きていくことなどできずに、道端で野垂れ死ぬ瞬間を待っていた。すべてがどうでも良くなったような虚ろな目は、数多の道行く人間を写しては消していった。

 そんな中で、ある旅の商人の娘が烏に手を差し伸べた。薄れ行く意識の中で、白く細長い手がそっと烏の頬を撫でて離れた。気がつくと、烏はむしろに寝かされており、商人の夫婦とその娘に見つめられていた。


「良かった、元気になって」


 そう言って、夕と名乗るその娘は心底嬉しそうに笑った。しかし、烏は助けてもらったことに対して素直に感謝することはなかった。


「余計なことを」


 烏はどこまでも、人間らしい感情が欠如しているようだった。そんな烏に、夕の両親は呆れかえったが、夕自身は辛抱強く世話を焼いて、そばに居続けた。


「烏、ほら、かわずを捕まえたよ! 可愛いねぇ」


 可憐な顔を興奮でほんのり赤くさせながら、烏にかわずを見せつける。可愛いと言いつつも、「今晩のおかずにしようね」とはしゃぐ、そんな夕を「あぁ、はいはい」と追い払うようにしながらも、烏はそのかわずをちゃっかり受け取り、二人で焼いて食べた。


「ここが海だよ。初めて見た? 大きいでしょう! 浜によせる波がきれいだねぇ」


 浜辺で砂を飛び散らせながら走りまわる無邪気な夕を、烏はどこか冷めた目でただ遠くから見つめていた。


「耳をすませてみて。草木が風にそよそよ動いて、まるで歌を歌っているみたい。気持ち良い風だね」


 暑い日差しの中、木陰に入って休憩していると、本当に気持ち良い冷たい風が二人の間を駆け抜けていった。烏の汗ばんで張り付いた前髪を、夕の手がさらりと払っていった、その感触が不思議に残った。


「お花がきれいだねぇ。烏に見つめられて、嬉しそうに笑っているようだよ。たくさん咲き誇っていてすごいねぇ」


 夕はいくつか花を摘んで、冠を作ると烏の頭に乗せて「似合っているよ」と微笑んだ。


「星が降るようにたくさん輝いて、まるで心が洗われるみたい。明日も頑張れそうだね、烏?」


 満天の星空の深々とした姿に、烏の心にも何かが芽生えはじめ、夕の言葉にひとつうなずくと、小さく微笑んだ。


「雨だな」


 烏が夕に話しかけると、夕は嬉しそうに「そうだね」と言った。


「湿った土が、良い匂いをさせている。新しい生命いのちが芽生える音がきこえてきそう」


 そうして雨宿りをしながら、二人して静かに耳を傾けていた。

 烏は夕のおかげで、人間らしい感情を覚えていった。


 ある日、烏が森のからすを見つけてから、ふと思い出したように「慈烏じうって呼んで」と言った。夕が「慈烏」と呼ぶと、照れくさそうに振り返って「ありがとう」と言った。


 いつしか時は流れて、思春期を迎えていた二人はねんごろな間柄になっていた。どちらかともなく「好きだ」と言って、慈烏と夕は婚約した。夕の両親がやっていた商いを慈烏も受けついで、二人は両親のもとを離れた。慈烏の聡い頭はすぐに仕事の要領をつかみ、それなりに二人で生活していけるようになっていた。

 何度も肌を合わせては、お互いに将来のことを考えて語り合って、希望と期待を込めた目をきらきらとさせていた。

 すべての物事は順調に進んでいるように見えた。


 鬼部おにべと呼ばれる盗賊集団の噂をちらほら耳にするようになった。かつて慈烏の村を襲った奴らも、どうやら鬼部の一派らしかった。


「鬼かぁ……」


 夕はめずらしく眉間にしわを寄せた、険しい表情を見せながらつぶやいた。


「強いモノ。邪しきもの。まつろわぬ、法を犯す反逆者。この世界を脅かす異界の存在。姿の見えない、この世ならざるモノ。『モノ』って言うのは、怨恨を持った霊のことで、つまりは怨霊であり、邪悪な意味を持つんだって」

「相変わらず、夕は物知りだな」


 のんきに感心していると、夕はふと慈烏のほうに向き直って両手を握ると、念を押すように言った。


「鬼は異性に化けて誘惑することもあるよ。気をつけなね」

「俺が夕以外の異性に惑わされたりするものか」


 そう言って慈烏は夕を強く抱きしめると、その愛らしい唇に口付けた。


 その数日後、ちょうど滞在していた村で夕たちは鬼部に襲撃され、慈烏以外の、夕を含む村人たちが惨殺された。慈烏は二度も生き延びる代わりに、鬼部たちによってかけがえのない大切な人を奪われたのだった。


 それからの慈烏は、またかつての烏のような雰囲気をまとわせた陰気な青年となり、流れ者の何でも屋としてあちこちの国を渡り歩いた。

 大切な人を奪った鬼部たちを探し出して、復讐を果たそうと。

 そういうことがあってしばらく経ってから、慈烏はクロになって、そのさらに数年後、鬼夜に出会った。


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