5.寝物語
あれからどうなったのか、鬼夜ははっきり覚えていなかった。ただ、溢れ出した涙が止まらなくなって、呼吸が苦しくなって、クロに支えられて……気がついたら布団の中にいた。
「……クロ?」
擦り切れてしまうのではないかというくらい、何度も何度も呼んだ、愛おしくて大切な人の名前。いっそのことほっておいてくれれば諦めもつくのに……人を傷つけるような優しさはいらない。そう思ってしまうのは、自分がどこまでも幼いからだろうか。
あたりを見回すと、部屋には鬼夜一人だった。か細いため息が漏れる。顔を合わせるのもなんだか嫌で、このままいなくなってしまいたいと思いながら、また目を閉じた。
浮上する意識の中で、誰かが髪を撫でている。誰かってクロしかいないと直感したので、狸寝入りを決め込む鬼夜に気づいているのかいないのか、クロは囁くようにつぶやいた。
「こうしていれば本当の親子みたいなのにな……夕、どうすれば良いと思う? 俺が夕以外の女を、夕以上に愛せるのか。ましてや娘同然の女を……」
知ってしまった。クロの中には、すでに思い人がいたのだ。それなのに自分は馬鹿みたいに……
「ごめんな……」
クロが謝る必要はない。馬鹿な女を拾ってしまっただけのことだ。気が狂う前に、別れたほうが良い。
かすかに身じろぎすると、クロはすぐに気がついた。そして、娘に対するみたいにそっと抱き寄せてくれた。
「ごめん」
そう言って髪を撫で続けてくれた。それはひどく優しい手つきで、また泣きそうになった。
「クロ、謝ることはないんだよ。もう大丈夫、大丈夫だから」
ちゃんと笑えているだろうか。これ以上は甘えられないだろう。鬼夜はゆるく抱き寄せられたまま、闇に慣れてきた目をクロに向けた。彼女の赤みがかった黒髪が、彼の指先からさらさらと流れ落ちる。
「さようなら、する前に、クロの大切な人の話を、ききたいな……クロに愛されている人が、どんな人か、知りたい」
精一杯の虚勢だった。本当は知りたくない。けれど、知らなければきっといつまでもクロという人に捕らわれて、諦めがつかないだろう。いい加減に解放されなければ、自分は本当にどうにかなってしまうだろうから。
髪を撫でる手が止まって、クロが考えあぐねている様子なのがわかった。自分の好きな人の話をするのは、やはり気恥ずかしくて、抵抗があるのだろう。それでも、しばらくたってから腹を据えて話はじめたクロは、心底優しい人だった。
おそらくこれで最後になるだろう、クロとの寝物語を、鬼夜はいつまでも忘れないと思った。