4.思慕
なぜ女らしく振る舞えないのだろう。見た目だけ大人びても、仕方がないのに。どんなに大人らしくしようとしても、結局は気を引かせたくて空回りしてしまう自分自身が、ひどくもどかしくて情けなかった。
クロは一見淡泊で冷酷な印象を受けるけれども、実はとても義理人情の言葉が似合うような、優しい人なのだ。こんな捨て子の自分を見捨てずに、親代わりとなってここまで育ててくれた。知らないことは何でも教えてくれたし、怪我をしたときも、病気になったときも、心細いときは気が済むまで一緒にいてくれた。初潮が来たときだって
――そんなに気にすることはない。大人になったんだよ、良いことじゃないか。
どうしたものかと戸惑いながら、恥ずかしい気持ちに加えて、何だか身体中がだるくて、胸が張って痛いのと下腹部が重くて気持ち悪いのとで最悪だった自分に、嫌な顔一つせずにいろいろ声をかけては慰めてくれた。
あぁ、どんなに見た目が成長しても結局そんなふうにしか思われてないのか。クロにとって自分は所詮、拾った子どもでしかないか。ことある事にぽんと出る彼の言動に、そんな現実をまざまざと見せつけられる毎日。
それでもクロがどうしようもなく好きだった。これからもずっと好きなままだろうと思う。いつまでこんな関係を続けていけるのかとびくびくしながらも、今日もまた親に甘える子どものような振る舞いしかできない自分に嫌気が差す。
そのうち一緒にいるのがたまらなく辛くなって、こちらからお別れするようなときが来るんじゃないかと、漠然と感じていた。そして、クロはそんなこちらの思いをお見通しで、離れるのを今か今かと待っているんじゃないのかと、そんな疑念まで抱くこともあった。
たまに最悪の瞬間を夢に見ることもあって、そういうとき夜中に目が覚めると、決まってクロが心配して頭を撫でてくれていたりした。そんなクロを鬱陶しく払いのければ、ため息がきこえて離れていくのが暗闇の中でもわかって、自分がやったことなのにまた悲しくなって静かに泣いた。たぶん、泣いていることにも気づかれているのだろうが、そのままそっと泣かせておいてくれる優しさが、また余計に悲しかった。
どんなにあがいても、クロは自分の親だった。
その日、鬼夜が何かの拍子で少しの間クロから離れた間に、どこぞの女が数人近寄ってきて、クロと他愛のない話しをしだした。戻ってきてそれに気がついた鬼夜は、面白くないものを見てしまったと露骨に不機嫌な顔をした。
「何やってんの」
クロを取り囲んでいた女たちは、鬼夜の低い一声とまるで殺意を含ませたような狂気じみた睨みに、瞬く間に散らばって行ってしまった。殺意の目はその一瞬きりで、女たちが消えるといつものふてくされた子どものような顔に戻り、「行こう」とクロの着物の裾を引っ張って歩き出す。クロはそんな鬼夜の様子を、困惑したような難しい表情をしながら見つめていた。
「鬼夜、甘味処に入ろうか。好きなもの選んで良いぞ」
気を取り直すように言うが、いつものように食いついてこない。ますます困った顔をしながらも、クロは負けじと言い募るように「餡ころ餅!」と指差してみるが、それでも鬼夜の歩みを止めることはできなかった。
月のものが近くて気が立っていたのか、昨夜見た夢が悪いのか。その夢の中で、クロは鬼夜の知らない間に美しい大人の女と結ばれていて、「お前も早く好い人を見つけなさい」と言う。二人とも幸せそうにしながら、どこか遠くへ歩いて行ってしまう。そして二度と帰ってこないのだ。
いつも見るような夢だった。それが今日、現実でも知らない女たちがそばにいるのを見てしまったものだから、もしかしてあの中の誰かと本当にそうなるんじゃないかと思うと、もう気が気ではなかった。
どこに行くあてもなくただ歩き続けた。もしも立ち止まったりしたら、クロは他の女を好きになってしまうかもしれないと、そんな強迫観念みたいなものに捕らわれていた。我知らずに泣いていて、ここまで来ると、もはや病気かもしれなかった。
人通りの少ないところまで来ると、歩みが緩やかになった。あぁ、やっと落ち着いてくれたかと思っていると、鬼夜は独り言のようにぽつぽつと話し出した。
「クロは、一番身近な大人で、子どものあたしを守ってくれた。いつもそばにいてくれて、安心できた」
「そうだな、鬼夜はいつまでも俺の可愛い娘だよ」
心なしか裾をつかむ手にさらに力が入った。と思ったら、するっと力が抜け落ちたように手が離れる。不思議そうにしながらも、クロは自分の言動で鬼夜がまた傷ついたことに気づかない。うつむいた鬼夜はクロから一歩離れると、ゆっくり顔を上げた。視線が合うようで合わない、虚ろな目は何も写していない。
互いに気まずい沈黙が流れたが、それでも何かを言おうか言うまいかためらうようにかすかに動く彼女の口元を見ていると、なんとかきいてやりたいという思いがクロを辛抱強く待たせた。
「クロ……」
やっと絞り出された、蚊の鳴くような声と、静かに合わさった視線。その目には、弱々しい声とは裏腹に決意の意志が見えた。
「好きだよ」
「……」
「一緒にいるのに、クロはいつも違うところを見ている。あたしを見ているようで、実は見てはいない。あたしの知らないどこか遠くを……たまに何かを思い出したような顔をして、一人で悲しそうにしている。何とか支えになりたいけど、あたしは子どもだから、きっと支えきれない……クロのあの顔を見てしまったら、何も言えなくなる」
ついに言ってしまったと、鬼夜は内心震え上がっていた。場合によってはこれきりかもしれない。こんな思いを知られたら、もうそばに置いてはもらえないかもしれないと。それでも……
「それでも、あたしはクロが好きだよ」
沈黙がさらに重苦しくなった。クロの表情は完全に消えてしまって、何も汲み取ることができない。その無表情はこの上なく恐ろしかった。
もう死ぬしかないのかなと思った。




