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三猿霊媒師  作者: うさぎ
おまけ2
16/26

1.烏

本編の下書き的な何か。

2014/8/13~8/19の間に執筆、ムーンにて掲載していましたがR15です。

わかりにくい部分を一部修正しましたが、あくまで下書きとして急いで書いてしまったものをほぼそのまま載せているので、文章は落ちています。また、本編とは内容的に異なる部分があります。

以上を了承した上でお読みください。

 男は捨て子だった。捨てられるより前の記憶はなく、気がついたら田園に泥だらけで、汚らしく転がっていたという。

 真っ黒な身体を洗うと、それはそれはきれいな容姿の男児となったが、その整った顔立ちに表情は乏しく、切れ長の鋭い眼孔はかえって冷たい印象を与えた。

 また、性格にも獰猛性がひそんでおり、普段は大人しくまわりを観察するようにじっと見回していたかと思えば、急に狂暴化することもあった。そんな彼を、拾った老夫婦は「からす」と呼んだ。

 老夫婦は烏を「この穀潰しが」とののしりながら、ことあるごとにこき使い、朝から晩までろくな食事も与えずに働かせた。だがある日を境に、烏は寺子屋へとやられ、読み書きを叩き込まれるように学ばされた。


「あのお子は本当に、烏のようだよ。薄気味悪いくらい、妙に頭が良い」

「だな、あれは容姿端麗だし、うまい具合に育てればきっと高値で売れる」


 ある晩の会話を盗み聴いた烏は、そういうことかと納得し、それから素直に寺子屋で学び続けた。あの老夫婦のもとから離れられるならば何でもやろうと思っていた。

 人間は信用ならない。信じられるのは自分だけだ。烏は誰にも心を開こうとはしなかった。


「烏。烏は慈烏じうとも言って、大きくなったら育ててくれた親烏に恩を返す、それは情の厚い生き物なんだぞ。お前も今養ってくれている人たちに、将来は孝行できると良いな」


 何も知らない顔をしながら、寺主はそんなことを言う。偽善者が、と思った。


「そうだ、お前をこれから慈烏じうと呼ぼう。名前はそれを表すにふさわしいものでないといけないからな。お前は冷たい、怖いと嫌われやすいが、そんなことはない。とても澄んだきれいな目をしているよ」


 余計なお世話だ。烏は無視して学び続けた。


 結局、烏が売られることはなかった。何の前触れもなく、烏たちの村は襲われた。村人は必死に何とか守ろうとしたが、抵抗した者は呆気なく殺され、金品・食物をごっそり奪われた。

 烏の老夫婦も殺された。寺子も寺主も殺された。烏とその他数人が命からがら逃げ出した。財産はなく、野垂れ死ぬしかないだろうと嘆いている者もあったが、それがどうした、死ぬときは死ぬと、烏だけはひどく冷静だった。


「慈烏!」


 一人の女が、烏の大嫌いな呼び名を呼びながら肩をつかんだ。その女は昔、流行病で生き延びたものの、その後遺症で顔中あばたの醜い女――寺主の娘であった。


「慈烏!」


 泣きながら叫ぶので、鬱陶しかった。「うるさいな」と払いのけると、女はふらふらっとその場に崩れ落ちた。


「あんた、何も感じないの? 何とも思わないの? おとっつあんは、あんなに良くしてくれたのに……あんなに気にかけてくれたのに……」


 ぼろぼろとこぼれ落ちる涙を拭うこともせずに、女は烏を見上げて睨みつけた。


「この恩知らず! 薄情者! さっきだって、おとっつあんが庇わなければ、あんたは死んでた。それなのに……あんたがいなければ、おとっつあんは死なずにすんだ! お前のせいだ! お前のせいだ! お前のせいだぁ……」


 いつまでも泣きじゃくる女を、一緒に逃げて生き残った者の一人が駆け寄ってなだめた。


「それはあれが勝手にやったことであって、俺は助けてほしいと思ってもいなかった。自業自得だ」


 一瞬にしてその場の空気が凍りつくのがわかった。構うものか。烏は、ひどく冷たいさげすみの目を相手に向けた。


「何ならお前、この場で俺が殺してやろうか。あれと同じところへ行ける……」


 思い切り横面を殴られた。視界の空がひっくり返り、口の中一杯に鉄の味が広がる。


「烏。どうやらお前とはここまでだ」


 こうして、烏は一人で生きていくことになった。


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