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三猿霊媒師  作者: うさぎ
本編
1/26

一、三猿霊媒師

この物語はフィクションです。


※ 同人誌になりました。

内容の変更はありません。

詳細は、活動報告を読んでください。

 黒川鉄矢が講義を終えて席を立つと、足下のほうから「おい」という声がきこえてきた。見下ろしてみるとそこには、猿をデフォルメしたようなぬいぐるみに良く似た、謎の生命体が一匹、ちょこんとふんぞり返って見上げていた。

 

「ミザル」


 誰にもきこえない小さい声でつぶやくと、間髪入れずにため息をついてから、落とし物でも拾うかのように猿をつまみ上げる。「あ、こら! 何をする!?」という抗議の声は一切の無視で、そのまま流れるような自然な動作で肩に乗せると歩き出した。


 ――召集は今日か?


 自分の肩に触れている部分に意識を集中し、思考を流し込む。するとそれが相手ミザルに伝わり、その答えが口にされた。


「いや、今度の休日だ。修行として動物園に行くんだとよ」

「は?」


 思わず顔をしかめてミザルの顔を見ようとしたが、この生き物は霊的な存在であり、一般人には見えないため、やめる。端から見れば不審者だ。だが、出てしまった言葉は戻せないので、咳払いをしてごまかした。


「修行だよ、修行。動物園だか何だろうが、巫女が修行って言ったら修行だ」

 ――わかった。


 ミザルは存在が見えないのを良いことに、大あくびをしている。常に付けているアイマスクの上から目を擦りながら、そのうち鼻でもほじるんじゃなかろうか。


「伝わってるぞー?」

 ――わざとだ、許せ。

「いや、許せって……そうさらっと言われちゃうとなんていうか……」

 ――許してくだちゃーい。

「何それ!? 何そのクールな見た目とのギャップは!?」


 そんなやり取りに内心笑いながらも、自分がこうしてミザルのような霊的存在が見えるようになった経緯を振り返る。



 元々霊能力を秘めていた黒川は、ある日を境にその力が完全に覚醒してしまい、それを制御できるようにするために、少し山奥の方に存在する峯霊寺ほうれいじと呼ばれる寺にて、夏休み期間中ずっと修行していたのだ。

 修行僧(仮)は黒川の他にも二人いた。美術系専門学生の植田 環生たまき(♂)。そして、黒川の通う大学の附属である高校の二年生、三村優(♀)。

 三人揃って『三猿霊媒師』と呼ばれるようになったのはいつ、誰からだったろうか。少なくとも、自分たちの霊能力から当てはめてみれば、たしかにその命名は的を射ていると思う。

 見えざるものが見える、黒川鉄矢。聞かざるものが聞ける、植田環生。言わざるものが言える、三村優。

 言わざるものが言えるというのだけは、正直ピンとこないのだが、三猿霊媒師を指導する巫女曰わく、これらがそれぞれの持つ主な霊能力だという。


 修行内容は実に辛いものだった。一日のスケジュールはすべて巫女に管理されており、朝四時には起床、四時半には水垢離みずごりを済ませて般若心経を唱える。その後、座禅。朝食を取り、後片付けはその日の当番制でローテーションした。その他、外に出て体操やマラソンをしたり、合間に自由時間はあったものの、大概は学校の課題や食事の買い出し、清掃や写経をしたりするうちに時間が過ぎていった。

 最も辛かったのは、修行第一日目から行われた三日断食だった。「食べるものすべてに感謝を」の精神で始まったそれは、一日目が過ぎた翌日からが本当の試練だった。実は二日目が一番辛いのだ、あれは。

 なんとか時間通りに行われた座禅だったが、隣からもそのまた隣からも、もちろん自分からも時折腹の虫が鳴り響いてやまなかった。その状態で走れとか、一体どこの鬼畜だ。三村優などあまりの体力のなさに、半分目が逝っていた。途中で見かねた巫女は「一人が倒れたら連帯責任! 二人で両脇抱えて、かたちだけでも走るかっこうなさい!」と狂ったように叫んでおり、男二人で泣きながら少女を担いで走っていた。マラソンコースが、周囲に誰もいないような山奥の敷地内で本当に良かったと思う。

 断食明けのお粥があんなに美味しいとは思わなかった。感謝の一言につきる。


 そんなこんなで八月三一日。すべての過程が終了し、どこか充実感に浸っていた三人は、修行期間中にあったことを感想文にしているところ、驚愕の光景を目撃する。

 空中をふわふわと浮遊する三匹の猿たち。アイマスクをしたミザル、イヤホンをぶら下げたキカザル、マスクをしたイワザル。まさに三猿を可愛らしくデフォルメしたような霊的存在だった。


「じゃじゃじゃじゃん! おめでとうございます、これがあなたたちの修行した成果。高級霊界から参りました、お猿さん天使たちです!」


 お猿さん天使? そういうのってありですか? といろいろと突っ込みたいところもあったが、三猿天使たちの無邪気な笑みと、巫女――大元織の感極まった涙ながらの拍手に包まれて、まあ、良いのかなと考え直した。


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