カタパルトラッシュで射出して
燃え盛る都市を見下ろし、カタパルトはたそがれていた。
自分が石を投射し、砕いた城壁や建物。
破壊することしか、物を飛ばすことしかできない自分。そんな自分にうんざりする。
今まで数々の都市を落としてきたが、そのたびにカタパルトの胸には虚無感が訪れていた。
都市を落として、それで何になるのだろう。
自分が行ったことで、誰かが幸せになったのだろうか。
むしろ不幸を生むことしかできないのではないか。
巡る思考は常に否定的なものであった。
そんなカタパルトに手を置き、語りかける一人の中年の男性がいた。
彼はこのカタパルトの整備士であり、操縦者である男だ。
「よくやってくれたな。お前のおかげで、味方の損害が減らせた」
いつものように語り掛ける中年の男。
しかし、カタパルトの心は晴れなかった。
自分の力によって味方の被害は減り、敵に大きな損害を与えたということは。
幸福を産み、不幸を産んだと言うこと。
そこにある事実は人が死んだと言うことだけだ。
皆が幸福を望むのなら、最初から戦争などしなければよろしい。それならば最初から死人など出ない。
なのになぜ、自らを生み出した人類は戦争を辞めぬのか。
カタパルトには全く理解できない。
「よう、今回もやってくれたなあ」
明るい口調で話しかけてきた男が青銅製の斧を持ち、快活に笑いながらカタパルトに近づいてきた。
「ああ。このカタパルトは本当によくやってくれている」
「俺たち突入組も、カタパルトのおかげで命拾いしたぜ」
この二人の男がこのカタパルトを褒め称えるのは当然のことであった。
設計段階での想定飛距離を12パーセントも上回るこのカタパルトは、他のカタパルトとは一線を画す存在となっている。
「でも、このカタパルトも今回の戦でお役ごめんなんだって?」
「そうだ。新兵器が開発されたそうでな」
新兵器の噂はこの戦がはじまる前から流れていた。
火薬という粉を武器に転用したものだそうだ。火薬は熱や衝撃で爆発的な現象を引き起こす。取り扱いに注意が必要だが、非常に強力なものだそうだ。
その火薬の爆発力で石や砲弾を撃ち出す兵器が開発されたらしい。
「そうか。――俺もいつまでも斧を使ってるわけにはいかなくなりそうでな」
この斧を持った男は、鉄製の武器が当たり前になった今の時代においても、いまだに青銅製の斧を使い続けるこだわりの強い人間だ。
その彼が青銅製の斧を手放すことになるとは。
話を聞いていたカタパルトは異常に腹が立ってきた。
人類は人を殺すために発展しているというのか。自分は何のため、誰のために戦っていたのか。
今まで抱いていた疑念に火がつき、怒りという炎が燃え上がった。
「そこまでして殺しあいたいのなら、俺が貴様らを皆殺しにしてやる」
声帯のないカタパルトから発せられた怒りに満ちた声。
声を聞いた二人の男は震え上がった。
怒りに満ちたカタパルトの声に呼応したかのように集まる他のカタパルトたち。
集まったカタパルトは次々と合体していき、大型の人の形を取った。
「な、なんだこれは……!?」
「夢でも見ているのか……?」
非現実的な光景が目の前に広がる。
二人の男は腰を抜かし、ただその非現実を眺めることしかできなかった。
―――
「我が国のカタパルトが合体し、巨大な人型を形成。我が軍を襲っている」
伝令の言葉を聞いたとき、首都にいた軍司令と国家元首は伝令の正気を疑った。
そして、同じ報告が次々とあがってくると、今度は自分の正気を疑った。
現実を直視できない二人を美少女の軍参謀は叱咤した。
「貴方がたがうろたえては部下は動きようがありません。冷静になりなさい!」
美少女の軍参謀に叱咤された軍司令と国家元首は、なぜかすっきりとした表情で立ち直った。
「参謀の言う通りですな。前線の部隊の状況を教えてくれるか?」
立ち直った軍司令が現状を把握しようと努める。
「前線の部隊は壊滅。我々に動かせるのは次期主力として用意していたカノン部隊とマスケット部隊のみです」
「カノンとマスケットを動かせるなら我々の勝ちは確定したようなものだな」
国家元首は現状を楽観的に解釈しているようだ。
しかし、軍司令の顔色からは余裕が感じられない。
「そうはおっしゃいますが、カタパルトの化け物にカノンとマスケットを当ててしまうと、隣国との戦争計画に支障が出てしまいますぞ」
「たしかにそうだな。おい参謀、何かいい案はないのか」
「確かに隣国との戦争のことも考えねばなりませんが、カタパルトの化け物に全ての戦力を注ぎ込み打倒するのが良いかと。中途半端に挑んで戦力を無駄に消耗することは避けるべきです」
軍司令は深く考え込む。
たしかにカタパルトの化け物の戦力が未知数である以上、全戦力をもって挑むのが正しいように思える。
しかし、全戦力をぶつけて敗北したら、勝っても戦力が削られていれば隣国に国土を蹂躙されるだろう。
慎重に考えねばならない状況に、彼は決断を下すことができなかった。
国家元首は何も考えていない。
そんなことより参謀のカップの大きさがCなのかDなのかを見極めようとしている。
そんな国家元首だが、無能なわけではない。彼は自分の専門外のことは、専門家に任せることのできる男なのである。この場では、自分の意見は場を混乱させるだけだと判断したため、参謀の胸を見つめているのだ。
場が静まる。
やれることは全戦力をもって、カタパルトと戦うことだとこの場にいる全員が考えていた。
だが、失敗したときのことを考えてしまい、誰も決断を下すことができなかった。
―――
辺りは投石により全ての建物が破壊されていた。
地獄が地上に現れたら、こんな光景なのだろうな。
青銅製の斧を持った男はそう考えていた。
横にはカタパルトの操縦者の男もいる。
「カタパルトのヤツ、あんな風に考えていたなんてな」
「アイツは俺らと違って話せなかったからな。色々溜まっちまったのかもしれねえ」
カタパルトの魂の叫びを聞いた二人は責任を感じていた。
カタパルトのことをもっと考えていたらこの事態は防げていたかもしれない。
「おい、どこへ行こうってんだ?」
操縦者の男が何も言わず首都の方へ向かって歩き出していた。そんな操縦者の男に、斧男が声をかける。
「俺はカタパルトの整備士で、操縦者だからな。おかしくなっちまったアイツをなおしてやらなきゃいけない」
「なるほどな。なら、俺は突入部隊だ。常に最前線にいないといけねえな」
そう言って肩に斧を載せる。
二人の男は首都へ向かったカタパルトを追いかけ、夕日に向かって歩き出した。
―――
「私が全責任を負う。軍司令、参謀、お前たちの考えるとおりに対応しろ」
参謀のカップをDと断定した国家元首が威厳のある声で言い放った。
国家元首が決定を下したことにより、防衛戦の準備がはじまった。
この一戦にこの国の命運がかかっている。戦に関わった全ての人間が、頭ではなく心で理解していた。
急遽配置された大量のカノンとマスケット兵たち。防衛線は首都の目と鼻の先である。
彼らの訓練は十全ではない。
だが、それでも兵士たちは逃げることを許されない。
彼らが逃げれば首都は、彼らが愛する国はカタパルトの化け物に蹂躙されてしまうだろう。
ある者は恐れで震え、ある者は虚空を見つめている。
夜が訪れ、月明かりに巨人の姿が映る。決戦の時は来た。
―――
「放てッ!!」
軍司令の声で戦は始まった。
カノンは轟音を響かせ、次々と砲弾を射出する。
マスケット兵たちは統率の取れた動きで、硝煙の香りと乾いた音を撒き散らす。
カノンの砲弾はカタパルトを的確に捉え、巨人のような体を少しずつ撃ち砕いていく。
カノンの射程距離はカタパルトより長く、強力な砲弾をより短い間隔で撃ち込めたため戦闘は優位に進んでいる。
いや――進んでいるように見えた。
「これが火薬とやらを使った新兵器の力か――」
カタパルトはほくそ笑んでいた。
カノンとやらは確かにより遠くに物を撃ちだすことができるかもしれない。
だからなんだと言うのだ?
自分は今まで沢山の不幸を撒き散らし、人を死に至らしめてきたのだ。
こんなものに負けるはずなどない。
少しずつ体を砕かれながらも、少しずつ防衛線に近づく。
腕にあたる部分が吹き飛び、腰にあたる部分の一部が吹き飛ぶ。頭にあたる部分はとうの昔に吹き飛ばされた。
それでもカタパルトは歩みを止めなかった。
そしてカタパルトは自らの射程圏内にカノンたちを捕えた。
―――
「すげえなカノンってやつは。このままカタパルトはバラバラになっちまうんじゃないのか?」
斧を持った男と操縦者の男が首都まで辿りつく。
カノンの猛攻を視界におさめ、その威力に慄いた。
「それならいいんだがな。もうすぐカタパルトの射程内にカノンが入るぞ」
カタパルトの操縦者の目測が正しければ、カタパルトの化け物があと一歩踏み込むだけで射程に入る。
ゆっくりと踏み出した足が大地に着地する。
その瞬間、合体しているカタパルトたちが一斉に大岩を投擲した。空から大量の大岩が降り注ぐ。空が三、大岩が七だ。
投擲された大岩によってカノン、マスケットたちは一瞬で壊滅した。
鋼鉄の意志で戦っていた兵士たちが恐慌状態に陥り、逃げ惑う。
この戦いは敗北で終わる――誰もがそう思った。このカタパルトを止められる者などいないと――誰もが思った。
だが諦めていない者たちがいた。
カタパルトの前に立ちはだかる斧の男と操縦者の男。そして、美少女の参謀である。
「カタパルトよ……お前はあの時言ったな。『そこまでして殺しあいたいのなら、俺が貴様らを皆殺しにしてやる』ってな。だがそれは違うぜ。俺たちは殺しあうために戦っているんじゃない。大事な物を守るために戦っているんだ」
「操縦者として恥ずかしいよ。お前の気持ちを汲んでやれなかったことがな。だが、だからと言ってこんなことをして良いわけがない。俺はお前の操縦者だ。責任を持って、お前を止めるぜ!!」
カタパルトの動きが止まる。
全てを蹂躙するためだけに動いていた彼が、二人の男の言葉に耳を傾けている。
そんなカタパルトの前に出てくる一人の美少女。参謀である――が口を開く。
「私を覚えてない? 私は貴方を覚えているわ。昔、私の住んでいた町が襲われたとき、兵士に乱暴されそうになった私を――貴方は岩を投擲して助けてくれたわ」
カタパルトの脳裏に、彼女の面影のある一人の少女が思い浮かぶ。
「貴方に助けられた私は、誰かを守れる人間になりたいと思って一生懸命勉強して……この国の参謀になったわ」
カタパルトの戦意は失われた。
今まで自分がしてきたことを、彼女は肯定してくれたのだ。
自分は何かを壊すことしかできないと思っていた。しかし、彼女は自分に救われていたのだ。
そんなことに気づかずに、自分は守るべき自国の人々に岩を投げつけてしまった。
怒りは急速に冷え、合体していたカタパルトは次々と崩れていく。
残ったのは中心にいたカタパルトだけであった。
「今だッ!! 放てッ!!!」
美少女の参謀が大声を上げる。
建物の影に隠れていたカノンたちが一斉に火を噴き、カタパルトを吹き飛ばした。
「悪く思わないでね。私、あんたみたいな時代遅れの兵器、見たこともないわ」
こうしてカタパルトによる反乱は鎮圧された。
この戦いは長く語り継がれ、人々の胸に「なぜ人は戦争をするのか」という命題を突きつけ続けたのだった。