3章 入国ⅰ
「グリッテル平原への視察、頼めるか」
「そうおっしゃると思ってました」
三方に本が積まれた執務室。そこでパンタ・ベルカナは一人の男と面会していた。
男が顔をしかめる。
「……随分と物分かりがいいんだな」
「ガルフかロプニルであったなら丁重にお断りしようと思ってたのですが。
期待を裏切って頂き何よりです、コーグル様」
コーグルと呼ばれた青年、コーヌングル・ウォーデンは正面を見据えて不服を述べた。
「愛称は改めろと言っただろう」
「ああ、そうでしたね。申し訳ありません。
何しろ私、コーグル様がこんっっっな小さい頃からのよしみなものですから」
「お主、それではコーグル様が母胎にいらっしゃる時の大きさではないか」
コーヌングルの後ろに控えていたフリーカレグ・ウルが思わず突っ込みを入れた。
愛称を連呼されて、コーグルはますます不機嫌になった。
「漫才はやめろ。
第一パンタ、お前と出会ったのは私が六歳の時だっただろう。
話を戻して悪いが、行くのか行かないのか、どっちなんだ」
うふふと顎に手を当てながら、
「もちろん行かせて頂きます」
とパンタは言った。
そこでようやくコーグルは顔に安堵を浮かべる。
「……そうか、すまない。
それで、護衛の兵だが……」
そこでパンタは、ぱっと手の平をコーグルの前で開いた。
「五人、で結構です。コーグル様」
コーグルは机に乗せている両肘よりも前に身を乗り出した。
「いざという時、どうする」
「いざという時、少ない方がいいでしょう」
何を、とは言えなかった。この時勢ではよくあることだ。
睨み合いを先に降りたのは、コーグルだった。
「……仕方があるまい。好きなのを連れて行け。
人選はお前に任せる」
「ありがとうございます。
私が担当している兵士の鍛錬、留守中お願い致しますね。
フリーカレグ殿も、私が居ないからと言って、お酒はなるべく控えるように。
後ウルファーを何頭かお借りしてもよろしいですか?」
「う、うむ」
「当然だ」
矢継ぎ早な要求に二人が頷くのを確認して、では取り急ぎ支度致します、とパンタは礼をした。
パンタに再びコーグルが声を掛ける。
「しかし、グリッテルとはな。敵ながら目の付け所がいい。
パンタ、お前もよく分かったな。
やっぱり、三十路ま――」
どすんっっ
コーグルが目の前を見ると、短剣が見事に樋まで突き刺さっていた。
わずかながら汗が噴き出る。
「……年の功、とおっしゃって下さい」
「……お前、その短気、どうにかした方がいいぞ」
「心外です。これでも部下には穏やかな方だと言われているのですよ?」
皆、見る目がないな、と心の奥底でコーグルは呟く。
「パンタ、とっとと発たんか」
フリーカレグが溜息をついて言うと、
「長話、し過ぎてしまいましたね。
それでは行って参ります」
と今度こそパンタは踵を返した。
「何かあったら、すぐに救援を呼べ。
五十人程なら都合がつく」
「はい、それでは」
その言葉を最後に、扉の閉まる音がした。




