13章 遠征ⅲ
炎とはこんな赤い色をしていただろうか。
前から風に流されて頬を掠める火の粉に、蓮華はぼんやりとそんなことを思った。
前衛部隊――魔法ではなく、武器を用いて戦う兵士の後ろ姿は、蓮華と同じく魔法を唱え続けている背中に阻まれて見ることが出来ない。武器特有の金属音は、叫び声、魔法から生じる爆音、そして、大量の悲鳴で鈴のような微かな音にしか聞こえない。
おそらく今は奇襲の甲斐もあってかこちらが、優勢なのだろう、と蓮華は判断した。隊列が徐々に前進しているからだ。
あぁ、こんなものでいいのか、と蓮華は思う。命の奪い合いが、こんなにも――
と、蓮華の横を何かが掠めた。それに、短く息を呑む。
腕だ。
千切れた腕がすぐ隣に、ぼとりと落ちた。桃色のゼリーがぐちゃぐちゃに詰められたような断面に、視線が釘付けになる。初めて見るもののはずなのに、映像が、脳内に直接焼き付けられる感覚を蓮華は覚えた。
「――レンガ!」
唐突にフォルナの叫び声が聞こえて蓮華は正面に迫っているものに気付いた。氷の刃。蓮華は咄嗟にパンタに叩き込まれたことを思い出す。
近くに武器等の対象物が迫る場合は、決して避けようと思うな、だったか。蓮華は今は下半身となっているウルファーをふとももでがっちり制止させ、素早く唱える。
「――ウーファ、ヘンディ!」
最早紙をなぞる余裕はなかった。何百回と繰り返した模様を空中に描き出す。失敗すれば蓮華の体を容赦なく氷の礫はえぐるだろうが、生きるために最善の方法を蓮華は反射的に選んでいた。
そんな蓮華の必死さを汲んだのか、瞬く間に炎が蓮華を覆った。音を立てていくつかは水蒸気へと変わるが、炎の襲撃を受けなかったものは蓮華の横を鋭く掠めていく。
ぴっと乾いた音を立てて、蓮華の頬の皮が破られた。蓮華が違和感を感じて頬をぬぐうと、手に少量の赤が付く。
ぼんやりしてる場合じゃない。
「大丈夫か?」
「何とか」
駆け寄ってきたフォルナに短く返すと、蓮華は懐から陣の紙を取り出した。フォルナはそれを一瞥して自分の配置へと戻っていく。
もっと威力の大きなものを。蓮華はまだ描いたことのない画数の多いものを素早く探す。
もっと、大人数を殺せるものを。
頭の芯では、うるさいぐらい拒否の警鐘が鳴り響いていたが、その声に耳を傾ける余裕など、今の蓮華にはなかった。
炎の煤にまみれ、あちこち服は擦り切れ、幾つかの切り口からはうっすらと血がにじみ出ている。満身創痍だ。 そんな身体で、蓮華は状況とはあまり関係ないことを思う。
――これがもし、刀の打ち合いであったならば、動けなくなる弱点も簡単に治ったかもしれないな、と。




