6章 スリュムⅲ
うっかりだ。
蓮華は沈んだ気分だった。
一通りの買い物をすませ、さぁ帰ろう、と帰途に就こうとした。ここまではいい。
うっかり武器屋の天幕を見つけ、うっかりスタークのそばを離れてしまったのだ。
……つまりは、迷子だ。
だって、見たくなるよね! ずっと刀を習ってきた身としては! 洋刀なんて、見る機会あまりないし!
蓮華は言い訳で頭を一杯にした。
しばらくぐるぐると足で円を描いていると、近くの広場に人だかりが出来ているのに気が付いた。
何だろう。
蓮華は人垣の隙間からひょいと頭を覗かせた。後から押し寄せてきた人に押され、リータルでは背が低いであろう蓮華は、そのまま前まですぽんと抜けた。
怒号が響く。
「……てめぇ! ざけんじゃねぇ! 俺達に喧嘩売っといて、まともな体で帰れると思うなよ!」
……喧嘩だ。
蓮華は咄嗟に後ろに引き返したくなったが、一番前だとそう都合良くはいかない。
仕方がなく、観戦を決め込むことにした。
見たところ、チンピラのような男三人に対して、全身をローブに覆った男が何か言ったようだ。見えているのは、鋭く吊り上げられた藤色の瞳だけ。
口元もマスクで見えることはなかったが、ローブの男が嘲笑を浮かべるのが分かった。
「なまくら刀持ったなまくらに、なまくらっつって何がわりぃ。
剣で稼ぐつもりなら、振り方をガキの頃からもっぺんやり直してくるんだな。
ああ、それともまだ童貞か? てめぇら」
……うっわぁ、口悪い。
あまりの物言いに蓮華はこりゃ怒るわ、とチンピラを味方したい気持ちに駆られた。
男三人は顔を真っ赤にして怒りに肩を震わせている。
「……このっ……、なまくらかどうか、てめぇの目で確かめてみやがれ!」
「ひゃはぁ、死ねぇ!!」
「いくぜこの野郎!!」
チンピラ三人がローブの男に向かって駆ける。
次の刹那。
「がぁっっ」「ぐぎゃっっ」「ごげぇっっ」
男達は三方ばらばらに吹き飛んでいた。
ある者は腹を抱え、ある者は鼻がひしゃげ、またある者は口から泡を吹いていた。いずれにせよ全員失神していた。
早すぎて何が起こったか観客は分からず、どよめきが広がる。
蓮華に見えていたものを説明すると、こうだ。
ローブの下から鞘ごと抜き、左手の剣で一人目の脇を狙って剣を振り上げた。そのまま柄で二人目の顔面を殴りつけ、間髪入れず右手の刀身を思いきり三人目の腹に叩き込んで吹き飛ばす。
双剣使い。ものすごい早業だ。
蓮華は心の中で嘆声を漏らした。
すると人混みの中からローブの男がもう一人現れた。
二人で何事か話した後に、この場から去ろうとして、人混みがその方向へと割れた。
と、その時、蓮華は最初のローブの男が、視線をこちらに向けているのに気付いた。
紫の瞳を間近に感じる。
しかしすぐに男は踵を返して、後から来たローブの男の後を追った。
……気のせいだよね。
気付けば人だかりは消え、そこには蓮華と気絶した三人、それと男が一人、取り残されていた。
男が誰ともなしに呟いた。
「はぁ……、助かった」
「何が?」
「わっ!」
誰かが傍にいるとは思わなかったのだろう。男は蓮華の問いに驚愕の声をあげた。
「あ、ご、ごめん。驚かせるつもりじゃ」
謝罪の言葉を並べると、蓮華の容姿を見て安心したのか、男が再び口を開いた。
「い、いや。僕こそごめん。
……さっきのチンピラさ。
僕、絡まれちゃって、かなりの額で武器を買わされそうになったんだよね」
「……それをローブの男の人が助けてくれた、と」
「うんそう」
気弱そうな男はへにゃ、と笑った。
口ほど悪い人ではなかったのかもしれない。
蓮華は男達が去った方角を見る。
と、そこで、目的の男を見つけた。
「あ、スターク!」
「レンガ!」
紙袋の山がこちらへやってくる。顔が見えない。
蓮華はスタークに駆け寄って詫びを入れた。
「ごめんね。荷物持ちさせた上に勝手に離れて。
見つかって良かった」
「いえ、俺もすいませんでした。
周りを確認するのを怠ってしまって……」
やはり顔が分からない。
一刻も早く帰らねば、おばちゃま達に私は殺されてしまうだろう。
その考えに及んでぞっとする。
「じゃ、じゃあ帰ろうか」
「はい」
こうして蓮華の波乱の散策は終わりを告げた。
気付けば、もう夕闇が迫っていた。