5章 談話の後ⅰ
沈黙が落ちた。
しかしそれは一瞬で、男性の声が再び響く。
「ここまでが、私達が公言出来る内容だ。
さて次は貴殿の番だ。何があったのか。何故私達の領域へと侵入したのか、だ」
蓮華は河原からのあらましを二人に話した。
気付けば見知らぬ土地に居たこと。黒い鎧の兵士からただ走ってこの地へ逃げてきたこと。兄と離ればなれになったこと。何となく言うのが憚れて、金色の女性のことは言えずに終わった。
「なるほど……。
にわかには信じられんが、おおよその流れは分かった。
それで貴殿達への今後の対処だが……」
男性がそこで言葉を一旦区切る。
しかし、蓮華には漠然と予想がついた。
「明日、ここを出ていってもらう」
大体予想通りのその言葉に、ベッドの端に座っていた樹莉は立ち上がった。
「そんな!!」
樹莉の反応とは対極的に連華は落ち着き払っていた。
「……それは、やっぱり私達が信用出来ないから?」
そう推測したのは、会話の最初にあるべき一連の流れがないからだ。
蓮華達は、自己紹介を済ませていなかった。
「……そうだ。もう私達には他国に麦一粒でも与える余裕はない。何せムスペルとニヴルの同時侵攻を受けているのだからな。
ここで情報が洩れれば、確実にヨーツンは崩壊する」
そんなにここの旗色は悪いのか。
それを口にすることも躊躇われて、蓮華はやむなく承諾した。
「そういうことなら仕方ないか……。
分かった、大人しく従う。
どちらにせよ兄さんを探さなきゃいけないし」
樹莉はまだ逡巡した様子だったが、その言葉を受けて続けた。
「……そっか、そうだね。
……分かりました。
私も従います」
二人の承諾を認めた男性が告げる。
「……明日の正午まではここへの滞在を許可する。
市街に出ると言うのならば、スタークという男を貴殿達の見張り兼護衛に当たらせる。
後は何かあるか」
もうすぐ会話が終わろうとしているのを見越して、蓮華は言った。
「一つだけ」
「何だ」
「その、……貴殿っていうのやめてもらえないかな。
正直、何度か笑いそうになっちゃった」
言った後で、もっと早く言えば良かった、と少し後悔した。
「それにしても、随分と寛大な処置をなされましたね」
医務室を出て開口一番のパンタの台詞にコーグルが応じた。
「……何だ。
私があの二人を拷問にでもかけて、もっと情報を引きずり出そうと躍起になる、とでも考えていたのか」
それにパンタが笑う。
「いえ、まさかそんな無意味なこと。
そうではなく、街へ降りるのを許可したことです。
コーグル様もお年頃ですからね。やはり若い女性には甘いのかなー、と思いまして」
尚もからかう口調で言葉を重ねた。それにコーグルはいつも辟易する。
パンタが続ける。
「でも、姉の方は少しニフを彷彿とさせましたね」
「……それは私も感じた」
執務室に戻るにつれ、人がまばらになる。
そこで、パンタは瞬時に顔を切り替えた。
「虚偽を、語っていると思いましたか」
目的地へ向かう足を少し緩め、コーグルがそれに返す。
「……可能性は低いな。
諜報員として来るならもっとましな嘘をつくだろう。荒唐無稽ではあったが……、一応話の前後に破綻は見受けられなかった。
それに何より」
コーグルは声のトーンを落とす。
「国境付近に、ムスペルの兵士が居た、という情報をあえてこちらに伝える意図が分からない」
「やはりそうですか」
「しかしそれが事実だった場合、憶測は現実のものになったと見てほぼ間違いないだろう。
……最悪な事態だな」
その呟きと共にコーグルが目の前の扉を開く。
活路もこの扉のよう簡単に見出せないものか。コーグルは思案した。
パンタの声が静かに告げた。
「はい。まさか……
ムスペルとニヴルが、手を結ぶなんて」